JUJU「昭和洋楽 純喫茶JUJU『時間旅行』」インタビュー|10年ぶり洋楽カバー作で松任谷正隆と描いた“70年代の純喫茶”

JUJUが約10年ぶりとなる洋楽カバーアルバム「昭和洋楽 純喫茶JUJU『時間旅行』」をリリースした。

累計110万以上のヒットとなった“Request”シリーズの最新作となるこのアルバムは松任谷正隆をプロデューサーに迎えて制作された。JUJUいわく「私の礎」という、昭和の世の中で愛聴された洋楽ヒットナンバー10曲が、2人のタッグにより洗練されたアレンジと芳醇な歌声でカバーされている。

アルバムのリリースにあたり、音楽ナタリーではJUJUにインタビュー。10年ぶりの洋楽カバーアルバム制作に至った経緯や松任谷との制作過程、収録曲各曲に対する思いなどをじっくり語ってもらった。

取材・文 / 川口真紀

「私たち全員、その言葉を覚えてますからね!」

──まずは今回のカバーアルバムを作ることになった経緯から教えてください。

松任谷由実さんのカバーアルバム「ユーミンをめぐる物語」(2022年リリース)を松任谷正隆さん・由実さんと作ったとき、アルバムを携えたツアーも、正隆さん演出でやらせていただきました。ツアー最終日のすべてが終わったあとに、正隆さんが「また一緒に何かやりたいね」という話をしてくださったのがすごくうれしくて。その場にいた全員で「今、言いましたよね? 私たち全員、その言葉を覚えてますからね!」って言ってたんです(笑)。そのあと本当に何かできたらとずっと模索しつつ、カバーアルバム「スナックJUJU~夜のRequest~『帰ってきたママ』」(2023年リリース)があったり、オリジナルアルバムの「The Water」(2025年リリース)の制作があったりもして。そんな中、洋楽のカバーアルバムは2016年の「TIMELESS」以来リリースしていないから、10年ぶりに出すのもいいな、そこで正隆さんとぜひご一緒できればな、と思いました。

──「松任谷さん」と「洋楽をカバーする」というのが、大きなコンセプトだったのですね。

そうですね。「正隆さんと一緒にやりたい」というのが1つの筋で、「洋楽で」というのがもう1つの筋。もう1つ、3本目の筋があるんですけど……「スナックJUJU」のママが2024年の8月以降行方不明なわけですよ。「スナックJUJU」を好きだと言ってくださる全国の皆さんからも「ママはいつ帰ってくるんですか?」という心配の声も届いていて。47都道府県で店を開け、水道橋(東京ドーム)でも店を開けたりしてきたから、しばし休みたいという気持ちもわかるんだけど、スナックが閉まったままなのは私たちも非常に嫌だな、という思いがあったんですね。そこで「これはもう大家とママに掛け合って、ママが帰ってくるまで喫茶店でも開いてママを待とう」という話になったわけです。それで大家とママに聞いたら「いいけど、お酒は出さないでね。純喫茶だったらいいわよ」と言ってもらえたんで、今回純喫茶をオープンする運びになりました。それで「純喫茶でかかる曲といったら洋楽だろう」ということで、今回このような内容になったんです。

──洋楽の中でも「昭和洋楽」としたのはなぜですか?

“純喫茶然とした純喫茶”を思い浮かべたときに、昭和の洋楽、中でも1970年代の洋楽がかかっている風景が思い浮かんだんです。昭和の洋楽って当時コマーシャルとか映画、ラジオから流れていて、思い出深いものがたくさんあるし、私の礎を築いたものだなと思っていて。だからこそ切り口もいっぱいあるし。それに私としては「スナックJUJU」同様、この「純喫茶JUJU」も長くやっていきたいわけですよ。なので、まずは70年代を中心にやってみたいというのはありました。その後80年代、90年代の洋楽と続けばいいなと。

──なるほど。

それプラス、正隆さんとのアルバムだから70年代を中心にしたというのもあります。正隆さんは70年代から日本の音楽シーンに“洋楽以上に洋楽的なもの”をどんどん送り出していた方だし、あの当時リアルタイムで入ってくる洋楽を聴いてどう思っていたんだろうな、正隆さんがもしもこの曲たちを自分たちのバンドでカバーすることになったらどんなアレンジをするんだろうな、というのを知りたかったんです。それで正隆さんにお願いしに行ったら「ぜひやりましょう」と言ってくださいました。

JUJU

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意味がわからなくても美しいものはたくさんある。それが音楽の醍醐味

──改めて、JUJUさんが松任谷正隆さんと初めてお会いした時期や経緯を教えていただけますか?

2009年に、由実さんがやられていたテレビ番組にゲストで呼んでいただいたのが最初です。そこに正隆さんもプロデューサーとしていらしていて。そのときは歌ゲストとして由実さんと「ANNIVERSARY」を歌わせていただいたんです。そして次の回(2011年放送)ではトークゲストとして呼んでくださって。どっちもしびれる体験でしたね(笑)。そのあと由実さん、秦 基博くん、私、というラインナップのライブを正隆さんが企画演出されて、そのときに初めて正隆さんとお仕事をご一緒しました。今もそうですけど、正隆さんも由実さんも国宝級の人じゃないですか。だから本当に白目剥くぐらい緊張してました(笑)。だけど、「この3人で全国ツアーをやりたい」と思うくらい、意義のある、楽しいライブだったことを覚えています。それ以来、何かあると呼んでくださったり、ライブも観に来ていただいたりと、いろいろと仲よくさせていただいています。

──その松任谷さんと洋楽カバーアルバムを作るにあたって、数ある洋楽の名曲の中でもこの10曲を選んだのはなぜですか?

ファンの皆さんにとっての“昭和洋楽”のリクエストを募って、そこで多く挙がったものがメインです。できる限り皆さんが聴きたいものを、という思いがあったので、そのリクエストに沿った感じですね。あとは私がどうしてもやりたい曲があったので、それを入れたいなとは思ってました。

──それはどの曲ですか?

キャロル・キングの「It's Too Late」です。子供の頃からこの曲が持っているやるせなさがすごく好きだったんです。全然子供らしくないですけど(笑)。初めて親にねだったレコードが大橋純子さんの「シルエット・ロマンス」だったり、意味もわからずにテレサ・テンさんの「つぐない」をカラオケで歌っていた私からすると、洋楽でもやっぱりどこか諦観が漂う曲が好きだったんですよね。

──比較的有名な曲が並んでいるなという印象も受けました。洋楽をあまり知らない人のために、という思いもあったのでしょうか。

それはすごくあったし、ここ何年か世の中の人、特に若い人たちの洋楽離れが顕著じゃないですか。「歌詞の意味がわからないから聴きません」とか。でも意味がわからなくても美しいものはたくさんあるし、例えばボサノヴァとか異言語で歌われているものってだいたい意味がわからないけれど、なんとなくその言葉の感じとかから気持ちはわかったりするし、意味がわからなくても心地よかったりする。それが音楽の醍醐味だと思うんですね。直接的なものがもてはやされる中で、もうちょっと感覚的なものが広がるといいなという思いもありました。リクエストを見ても、やっぱりこういう有名な曲とともに皆さんの思い出はあるんだろうなと思ったし。あと正隆さんと一緒にやるからこそ、有名な曲をわざとたくさん置いてみたところはありました。正隆さんがこれらの曲を調理したらどうなるんだろう?というのが知りたくて。

──サウンド面でのコンセプトなどはあったのでしょうか?

正隆さんとミーティングをしたときに、「『純喫茶JUJU「時間旅行」』が70年代にも存在していて、その店内にはジュークボックスが置いてあって、70年代の人たちがキャロル・キングの『It's Too Late』だと思ってボタンを押したら、2026年の私たちのバージョンが流れる。そういう“時間旅行”も楽しいね」という話をしたんですね。そこから「レトロモダン」とか「レトロフューチャー」というのを主軸にしたいなと思って、それはお伝えしていました。

──制作時には具体的にどんなやりとりがあったのですか?

正隆さんは「コミュニケーションを取りたい」と言ってくださる方なので、1曲1曲について質問してくれるんですよ。「この曲は誰がどこでどうやって聴いてる感じ?」みたいなことを聞いてくださるので、私があれこれ答えてました。

──お二人で意見を交わしながら進めていったのですね。

そうですね。上がってきたデモに対して、「私がイメージしていたのはこっちの方向だったんだけどな」と思ったことは、そのままお伝えして。だけど「正隆さんはこのアレンジで何を描かれたんですか?」と聞いたら納得できることをおっしゃってくださって。「だったらこれは絶対このアレンジで正解ですし、私はこういう気持ちで歌ったことがないから、それは私もチャレンジしてみたい。だからこれがいいです」というやりとりがあったりもしました。すごくいいコミュニケーションの中でアルバム作りは進んでいったんですけど、それでも正隆さんはもっとコミュニケーションを取りたかったみたいです(笑)。