ジェル|“最強のエンタテイナー”が歌う理由

遠井さんシリーズでやれないことを音楽で

──ここからはアルバム用に書き下ろされた新曲について話を聞かせてください。まず1曲目の「黒のユートピア」ですが、アルバムのオープニングを飾るだけあって、ジェルさんらしさが前面に出た曲だと感じました。

「ポーカーダンス」や「Sコート」に通じる雰囲気の曲ですよね。僕、キレイな恋とか純愛も好きなんですが、男女の葛藤とか、人の心の弱さをテーマにした恋愛の曲も大好きなんです。「黒のユートピア」は特にドロドロした感じの愛情がテーマになっていて、それをアダルトな感じで歌うのが“ジェルっぽさ”なのかなと考えています。

──“遠井さんシリーズ”では主に笑いを提供する表現を得意としていますが、歌の場合はちょっと大人びた艶やかさを表現していますよね。

確かに、全然タイプが違いますね。不思議と歌だと笑いに走らないんですよね。これは自分でも意識していなかったことかもしれませんが、“遠井さんシリーズ”ではできない表現を音楽で消化している感じもあります。それに“遠井さんシリーズ”でアダルトな恋愛をやってしまうと規制が入ってしまうかもしれないので(笑)。音楽だったら表現に規制が入りにくいんですよ(笑)。

──なるほど(笑)。アルバムにはじんさん、梅とらさん、八王子Pさん、syudouさん、AyaseさんといったボカロPたちからの提供曲も収録されています。作家の人選はジェルさん自ら行ったんでしょうか?

僕と、すとぷりのリーダー・なーくん(ななもり。)で相談して決めました。昔からボカロが大好きですし、僕からしたら皆さん憧れの方々なんです。そんな人たちが僕のことを考えて曲を書いたという事実だけでも感無量で、曲をいただいてからずっと聴き続けています。

──各クリエイターが自分の持ち味を発揮しながらも、ジェルさん専用の曲として寄せているイメージがあります。

本当にその通りで、じんさんならじんさんらしいサウンド、梅とらさんなら梅とらさんらしいサウンドを出しつつ、しっかり音域を僕に合わせてくれているんです。自分で曲を書くことが多かった僕としては、プロのクリエイターの方々に曲を書いてもらう醍醐味を感じさせてもらいました。本当にどの曲も大好きですね。

思いを届けたいから歌う

──収録曲のうち「空想エレクティカ」は、ななもり。さんとのコラボ曲です。ななもり。さんはすとぷりの中でプロデューサー的な立ち位置でもあるため、アルバムを作るうえでいろんなやり取りがあったと思いますが、コラボ相手としてのななもり。さんはジェルさんにとってどういう存在ですか?

とにかく心強いですね。「忍恋」や「非リアドリーム妄想中!」など、これまでも何度か“ななジェル”コンビの曲を歌ってきたんですけど、今回の「空想エレクティカ」はそのどれとも違う感じなんです。明るい曲とも言えるし、ちょっと暗い曲とも捉えることができる、ちょっと不思議な楽曲なんですよね。僕には僕の解釈が、なーくんにはなーくんの解釈があったので、2人で曲の解釈を語り合いながらレコーディングしました。

──またアルバムには、すとぷりの水色担当・ころんさんのオリジナル曲「Monopolize」のカバーも収録されています。

これはリスナーさんからしたら驚く選曲かもしれないですね。ころんくんの代表曲と言える「Monopolize」を、あえて選んで歌わせてもらいました。メンバーのオリジナル曲だからこそ、それぞれの個性がしっかり出ると思うし、同じすとぷりのメンバーだからこそ、曲に込められた思いにすごく共感できるんですよ。だから今回は自分の曲だと思って歌うことができました。

──ころんさんをはじめとして、すとぷりの各メンバーがソロアルバムをリリースしたり、ソロライブを開催したりと、個々の活動を積極的に展開しています。ジェルさんは各メンバーのソロ活動の充実化をどう捉えていますか?

「みんなすごいな、僕も負けてられないな」という思いが強いですね。各メンバー、それぞれ得意の方向性が全然違うんですが、全員に共通していることがリスナーさんへの思いだと思っていて。みんなリスナーさんを第一に考えているからこそ、自分が得意なこと、自分が一番面白くできるコンテンツで勝負していると思うし、みんなが書く歌詞や言葉にはリスナーさんへの思いがめちゃくちゃ詰め込まれている。全員がリスナーさんに思いを届けたいから歌っているんだと思います。

──ジェルさんにとっての「歌だからこそ伝えられること」はどんなことですか?

言葉で表現できることには限界があると思うんですよね。いくら語彙力があってもそれは同じで、ただ文字を読むだけ、書くだけでは伝えきれないことがある。でもメロディを付けて歌うと、人の心に刺さることってあると思うんです。僕は脚本も歌詞も書くけど、メロディが乗るから書けるものもあるんですよね。「これ、セリフだったら言えないけど歌なら表現できるな」みたいな。文字だけだったらきっと物足りなく感じてしまうストーリーでも、曲にすることで深みのある物語になる。今回のアルバムではそういう表現ができたという手応えがあって、いい作品になったなと思っています。