ジェル|“最強のエンタテイナー”が歌う理由

ジェル(すとぷり)が1stフルアルバム「Believe」をリリースした。

動画配信サイトを中心に活動し、若い世代から多くの支持を集めている6人組の“エンタメユニット”すとぷり。オレンジ担当であるジェルは自身で脚本を書き、声優も担当する動画“遠井さんシリーズ”がYouTubeやTikTokで話題を呼ぶなど、音楽活動以外でも多岐にわたる表現方法に挑戦している。1stフルアルバムには彼が自ら作詞作曲したオリジナル曲や、じん、れるりり、梅とら、八王子P、R Sound Designによる書き下ろしの提供曲が収められているほか、初回限定ボイスドラマCD盤に“遠井さんシリーズ”のボイスドラマを収録。リスナーを楽しませるエンタテイナーとしてのジェルの魅力が詰まった作品が完成した。音楽ナタリーでは本作の発売に合わせてジェルにインタビューを行い、アルバムの収録曲や“歌”という表現方法に対する思いを聞いた。

取材・文 / 倉嶌孝彦

喜んでもらうためにはなんでもやる

──ジェルさんのことを“遠井さんシリーズ”の投稿者として認知している人も多いと思います。“歌ってみた”やゲーム実況とは異なる、自ら脚本を作ってキャラクターの声も演じるというちょっと特殊な動画を作り始めたのはなぜなんですか?

もともと人を笑わせることが大好きで、それをインターネット上の表現としてやるなら、と思って乙女ゲーム風の動画を作ったんです。最初はすとぷりのチャンネルにメンバーの声マネをした動画を投稿していたんですけど、台本を作っているうちに「これ、自分でキャラクターを作ってシリーズ化したら面白いかもな」と思い付いて。それで作ってみたのが遠井さんの動画なんです。

──演技をしたり、台本を作ったりする技術はもともと持っていたんですか?

実は学生時代に演劇部に入っていて、当時から自分で台本を作るのが好きだったんです。台本に限らず、自分で何かを作るのが大好きで。大阪出身ということもあって、その目的はだいたい人を笑わせることなんですよ。例えば学生時代だと、休み時間に友達を笑わせるネタを披露したり。当時の経験とかノウハウは今に生きているかもしれませんね。

──ジェルさんの投稿動画をさかのぼっていくと、2017年に自身で作詞作曲を手がけたボカロ曲も投稿しているんですよね。その多彩さに驚きました。

楽曲作りに関してはどこかで習ったとかもなくて、やりたいと思ったらできちゃった感じですね(笑)。やりたいことを見つけるとすごく努力するタイプなので、曲を作りたくなったときにめちゃくちゃ勉強して、それで初めて作ったのが「Sコート」というボカロ曲なんです。みんなを笑わせるのも好きですが、自分で作った物語を楽しんでもらいたくて、その欲求を曲作りで満たした感じですね。小説を書くようなイメージで作りました。

──最初に投稿したのはボカロ曲でしたが、翌年にはご自身で歌唱したオリジナル曲「ポーカーダンス」も投稿しています。自ら歌う方向にシフトした理由は?

最初は「(初音)ミクちゃんに演じてほしい」という願望があったからボカロ曲を作っていたんですが、自分が作り出す世界観をちゃんと表現しようと思ったら自分の声を通したほうが早いんですよね。そのことに気付いてからは自分の声や言葉で歌うことを重視するようになりました。これは曲に限らず、遠井さんシリーズの動画を作るときにも共通していることかもしれません。登場するすべてのキャラクターの声を自分で吹き込んでいるわけですし(笑)。

──アーティストとして楽曲や歌を届けるジェルさんと、笑えるエンタメを届けるジェルさん、どちらが本質なんでしょうか?

アーティストかエンタテイナーかと問われたら、間違いなくエンタテイナーですね。すとぷりでも“最強のエンタテイナー”を自称していますから。リスナーさんに喜んでもらえるためならなんでもやる。その中の1つが、歌というアウトプットなんです。

夢のワイヤーアクションが曲に

──1stフルアルバム「Believe」には「ポーカーダンス」をはじめ、ジェルさんがこれまで発表してきたオリジナル曲が多数収録されています。時系列で追うと「ポーカーダンス」の次に発表されたのが「Always」ですが、この2曲はかなり印象が異なりますね。

そうですね。「ポーカーダンス」という曲は舞台とその中に立つ役者を考えて、それを自分が演じて歌う、みたいなイメージの曲なんです。それに対して「Always」は、自分の素直な感情をリスナーさんに伝えるイメージ。物語を作るのと違って、自分が今の活動を始めてどう変わってきたか、リスナーさんへの思いをつづったのが「Always」です。

──その後、ジェルさんの誕生日を記念して作られた曲が「JUMP AND FLY」で、これはジェルさんの作詞作曲ではないオリジナル曲です。

谷口尚久さんに作詞を、山下和彰さんに編曲を手がけていただきました。自分で書いたわけではないのに、めちゃくちゃジェルに合った曲をいただいて、ものすごく気に入っています。実は僕、以前から「いつかライブでワイヤーアクションをやりたい」と思っていて、そういう話を普段からしていたんです。そしたらその願望を叶えるような「JUMP AND FLY」という曲を書いていただいたので(笑)。それが本当にうれしくて。

──提供曲という切り口では、昨年8月に動画が公開された「帝都群青」という楽曲もあります。これはR Sound Designさんが作詞作曲を手がけたナンバーで、ジェルさんが初めてボカロPから提供を受けた曲ですね。

僕の歌声は同じすとぷりのメンバーの莉犬くんやるぅとくんのようなかわいい感じではないので、自分の低音ボイスに合う、夜中にちょっと聴きたくなるようなまったりした曲を歌いたくて。そういう曲をお願いするなら誰がいいかと考えて、「R Sound Designさんしかいないな」と思ったんです。もともと僕自身がボカロに触れていたこともあって、ボカロPさんに関しては昔からいろんな方の曲を聴いていて、R Sound Designさんなら間違いなくいい曲を書いてくださるという確信がありました。アルバムには“Believe ver”として収録されているので、動画で聴いたことのあるリスナーさんにも改めて聴いてほしいですね。

──自分で作った曲を歌うのと、人に作ってもらう曲を歌うのではどういう違いがありますか?

自分で作った曲の場合、自分の中ですべてのストーリーやそこに至る背景まで把握しているんですよね。なので100%物語を理解した状態で歌うわけですけど、人に書いてもらった曲だとそういうわけにはいかないんです。ただそれはネガティブな意味じゃなく、背景を知らないからこそ自分なりの表現の余地が残されているというか。僕は書いてもらった曲を僕なりの解釈で歌うし、リスナーさんにはリスナーさんの解釈で聴いてもらう。誰かの作った世界に入り込んで表現するのも大好きなので、曲を作ってもらって歌うのもすごく楽しいです。自分で作った曲と同じくらい愛着が湧きますね。

──さらにアルバムにはジェルさんが最初に投稿したボカロ曲「Sコート」のセルフカバーも収録されています。ジェルというアーティストの原点とも言える曲に改めて向き合ってみて、どう感じましたか?

「Sコート」に限らず、過去の動画を観て感じるのは、素直にいい作品が多いなということ。自分で言うと恥ずかしいですが、今の自分に書けるかどうか怪しいくらい、いいメロディといい歌詞がつづられているなって。ただ表現力は以前の自分よりも断然上がっているので、今の自分が歌うことで、さらにブラッシュアップされたいい曲になったと思います。