石崎ひゅーい「Tokyo City Lights」インタビュー|悩み、抗い、夢を追うすべての人たちへ捧げるエール

石崎ひゅーいの最新アルバム「Tokyo City Lights」は、彼の挑戦が詰まった1作である。長年タッグを組んできたトオミヨウに加え、新たにESME MORI、Carlos K.、KOHD、TENDRE、西田修大、Hiyn、Yaffleといった顔ぶれがアレンジャーとして名を連ね、これまでの石崎にはなかった表現を引き出すことに成功している。

アレンジャーが違えば必然的に1曲ごとのサウンドテクスチャーも異なるが、「Tokyo City Lights」というタイトルでパッケージされると、まとまりのある作品に仕上がるから不思議だ。まるで無数の窓に明かりが灯っていて、その1つひとつにストーリーがある東京という街のように。このアルバムは、東京のみならず、それぞれの街で悩み、抗い、夢を追うすべての人たちへ捧げる、石崎からのエールである。

取材・文 / 蜂須賀ちなみ撮影 / 上村窓

ここからまた再出発する決意を歌った「Season2」

──前回のインタビューで「デビュー10周年のちょっと前から“挑戦の時期”に入った」とおっしゃっていましたが、最近の石崎さんはそれを“Season2”と表現されています(参照:石崎ひゅーい「night milk」インタビュー)。今回のアルバムにも収録されている楽曲「Season2」になぞらえたネーミングですよね?

まさにそうですね。今までは自分が歌の主人公だった気がするけど、最近は「聴いた人がその曲の主人公になれるような歌を歌いたい」と思っていて。そこが自分の中で一番大きく意識を変えたところでした。そうするとメロディの作り方も、言葉の発し方も、ライブのやり方も……すべてが変わってくる。だから「Season2」の歌い方は今までとは違うし、アレンジャーも、ずっと一緒にやってきたトオミ(ヨウ)さんじゃないし、僕にとっては新しいシーズンの始まりの曲になりました。あと、この曲を作ってるときは、ライブ制作やレコード会社のチームが新しくなるタイミングでもあって。新しいスタッフたちとここからまた再出発する、という意味合いも重なりましたね。

──歌詞には、2018年リリースのベストアルバム「Huwie Best」の収録曲「ピリオド」を彷彿とさせる表現もありますね。「結局撃ち損ねたピリオド 未だに抜け殻のメロディ抱えながら」と。

「ピリオド」は、「今の自分の思いに終止符を打ってまた新しい場所へ」みたいなイメージでベストアルバムに入れた記憶があって。同じように「Season2」でも、また違った音楽の人生が始まることを表現したかったんですね。音楽人生は長いですから、自分でもわかりやすいように足跡をつけておくというか。

──「Season2」はYaffleさんが編曲を手がけていますが、今回のアルバムには、さまざまなアレンジャーの方が参加されています。

これは「Season2」から地続きの挑戦です。こんなにたくさんの編曲家の方とアルバムを作るのは初めてでした。僕自身刺激が欲しかったし、ファンのみんなにも石崎ひゅーいを新しく捉えてほしかった。それに、石崎ひゅーいを聴いたことがない人にもちゃんと橋を渡さなきゃいけないなと思って。これだけいろいろな曲があると、聴いている方も面白いんじゃないかと。このアルバムの中から好きな曲を1つでも見つけてもらえたらと思います。

石崎ひゅーい

──制作ではやはり、いろいろな刺激をもらえましたか?

そうですね。「そんなアレンジができるんだ」ってびっくりすることもあったし、「そうか。こうしたいときは、こういうアプローチをすればいいのか」「ここでこの楽器を入れるのか」と勉強になることもあって。本当に皆さん素敵なアレンジをする方々で、歌をディレクションしてもらったのも印象的でした。やっぱりみんな僕とは感覚が違うから、音楽制作の中でそれぞれの人間味を感じたというか。言葉で説明するのは難しいけど、どの曲もそれぞれ面白かったです。僕は中2とか中3でバンドを始めて、何十年も歌ってきたからこそ、型のようなものができちゃってて。ずっとやってきたスタイルを違う形に変えるのって、やっぱりすごく難しい。でも、難しいからこそ「挑戦したほうがいいんだろうな」「やってみたい」と思えるんです。今回の制作では、いろいろなアレンジャーの方に自分にはなかった引き出しを開けてもらって、本当にありがたかったですね。

「日本武道館でやりたい」と口にするようになった理由

──アルバムのテーマについても聞かせてください。いただいた資料に「僕はまだ東京という街で諦めない。答えを与えることは僕にはできないけど、精一杯共に悩み、共に抗う。そんな作品を作ろうと思ったんです」と書いてありました。そう思ったきっかけがあったのでしょうか?

いろいろあるんですけど……僕は今42歳で、上京してきた頃とはまた違う感覚を持っているなと思っていて。それは僕だけじゃなくて、ファンのみんなや、スタッフのみんなもそう。いろいろな経験を重ねていく中で、夢や理想って形を変えていくものだと思うんですね。例えば僕は、最近ライブとかで「日本武道館でやりたい」と言っていて。そんなことを言うタイプでもなかったんですけど。

──そうですよね。「石崎さん、変わったな」と思っていました。

うちのチームのスタッフはみんな、僕と歳が近いんですよ。一緒に仕事をしていると「みんな満足してないな」って感じるし、楽をしようとしている人なんて1人もいない。そういう姿を見て僕も刺激を受けたんです。

──「ポーカーフェイス」に「大人になっても青春ごっこ なにが悪い?」という歌詞がありますけど、石崎さんの周りにはまさにそういう人が多いと。

そうそう。「ポーカーフェイス」はそのまんま、最近ポーカーを覚えたのがきっかけで書いた曲なんですけど(笑)、本当にそういう人ばかりで。スタッフだけじゃなくて、友達とかも含めてみんなそう。夢や理想を口に出すのってめちゃくちゃ恥ずかしいけど、それでも足掻きながら、みんなやってるんだよなあ……みたいな。今回こういうことを歌にしようと思ったのは、そう感じたのがきっかけかな。夜の街を歩いているとき、マンションの窓の明かりを見て「ここ、めっちゃ人住んでるんだな」と思うことってあるじゃないですか。東京という街は無機質に見えるけど、その光1つひとつにストーリーがあって、それぞれの人生が交錯している。きっとあの明かりの向こうにいる人もがんばっているだろうし、俺もその1人なのかもしれない。そう考えたら、やっぱり「がんばれよ」とは言えないですよね。僕自身が夢や理想とちゃんと向き合いながら作品を作って、「俺も同じだ」と歌うことでエールを送れたら。そんなことを思いながら曲を書きました。

──武道館にはずっと憧れていたんですか?

憧れとかはなかったんですよ。でも、「もったいねえな」と思うようになったというか。これだけいい音楽を作っているし、「一緒にやっていきましょう」って言ってくれるチームのみんながいて、応援してくれるファンのみんなもいるんだから、「やらなきゃダメだろ」と考えるようになってきました。

石崎ひゅーい
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上京当時と現在、東京という街へのイメージの変化

──では、上京当時、東京に対してはどのようなイメージを持っていましたか? 「この街で勝負するんだ」みたいな気持ちはありましたか?

それもなかったですね。大学入学がきっかけで上京して、バンドメンバーも一緒に茨城から出てきたんですよ。当時は「東京の街でやったるぞ」みたいな感じではなく、ただただ「俺らは最高!」「俺の歌はすごいんだ!」みたいな。東京=謎の自信を振りかざすための遊び場という感覚だったと思います。具体的なイメージはないのに、なぜか「売れる」と思ってて。高校生のときに地元のライブハウスをパンパンにしていたので、それで勘違いしちゃったんでしょうね(笑)。だけど東京に来たら、お客さんが1人もいない、みたいな。よくある話ですね……。

──確か、そこからすぐにソロに転向したわけではなかったですよね?

はい。20代中盤までバンドをやってました。シンガーソングライターとしてデビューしたときは「CD100万枚売る」とか言っていた気がするんですけど……よくそんなことを言えたもんだな(参照:石崎ひゅーい「第三惑星交響曲」インタビュー)。すごいな、俺(笑)。シンガーソングライターになったということは、バンドをやめた時点で「自分の音楽をもっと認めてもらいたい」という欲があったということなんですよ。そこから1人での活動が始まって、菅田(将暉)くんと「さよならエレジー」や「虹」を出して、たくさんの人に聴いてもらって。承認欲求みたいなものはそこで少し満たされたと思うけど、それでも今も「なんか足んねえ」って思うんですよね。

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──「認められたい」「まだまだ足りない」という気持ちは、形を変えながらも、ずっと消えずにあると。

自分自身、消さずにいたいんだと思うんですよ。だから武道館でやりたいし、もっとたくさんの人に曲を聴いてもらわないといけない。ダサいと思われても、どう思われてもいいから、自分の中に少しでも残っている火種を燃やしてやっていかないとなって。だから今は、東京という場所を昔よりも戦場のように感じていますね。

──だからこのタイミングで、東京というテーマなんですね。

そういうことです。

──表題曲「Tokyo City Lights」では「もう少しがんばってみたいんだTokyo」と歌っていますが、こういうストレートな言葉も、石崎さんにとっては、昔よりも今のほうがリアルだと。

なかなかあけすけな歌詞ですけどね。「このくらい言ったほうがいいな」「オブラートに包むなよ」というマインドです。自分を鼓舞するような書き方でもあるし、みんなの歌なんだっていう意識もあります。