この曲が生まれた時期は何かとすごく怒っていた
──同じく、そのビルボード公演で先行披露された「無視」についてもお話を聞かせてください。当日のMCで、こちらは“怒り”をテーマに、人とのすれ違いについて描いたとおっしゃっていました。
この曲では「無視」というすごく強いワードを平気で歌っているように見えて、実はけっこう強がっていたり本当は寂しさを感じていたりしていて。「もし引き止めてもらえたならば、違った今があるかもしれない」というような思いが見え隠れしている楽曲なのかなと思っています。「無視」もMVを撮影したんですけど、そういう主人公の思いがMVの世界観とリンクしていて、撮りながら私も「そうそう、『無視』ってこういう曲だよな」とすごくしっくりきた感じがしました。
──生田さん自身、怒りがピークに達すると相手を無視してしまう?
そうですね(笑)。特にこの曲が生まれた時期は何かとすごく怒っていて、それでいろんなところで心を閉ざしたり言葉を発するのをやめてしまったりしていたんです。でも、そういうモヤモヤを抱えながらも「この思いをこのまま終わらせちゃうんじゃなくて、少しでも生産性のあるものにしたいな」という考えに至って、なんとか曲につなげていきました。たぶん自分の特性として、ただ沈み込んでいたくないというか。いくらでも沈んでいくことはできるけど、どうしたら少しでも気持ちを引き上げられるかなとか、どうしたらちょっと視点を変えられるかなとか考えた結果、こういうポップな曲調になったんだと思います。あとは、私と同じようにモヤっとしながら負のスパイラルから抜け出せない人が、この曲を聴いたり歌ったりしたときに心が少しでもスカッと晴れたり、新鮮な空気を感じたりしたらいいな、という気持ちもありました。
──ビルボード公演ではもう1曲、「黄昏マジックアワー」も先行披露されました。これまでの生田さんの楽曲にはなかったタイプの、すごく壮大な作風で、個人的にもお気に入りの楽曲です。
うれしい。この曲はデモの段階で1番の仮歌詞がある状態だったんですけど、その時点ですごく好きだなと思って。さらに、自分から見える景色や世界観を自分の言葉でも届けられたらいいなという思いもあったので、作詞に参加させてほしいとスタッフさんにお願いしました。
──言葉の選び方も曲の壮大さにすごくフィットしている印象があって、個人と向き合った「上出来」や「無視」とはまた魅力が伝わってきます。
確かに、自分はどちらかというと感情を起点に言葉を紡いでいくことが多いけど、この曲に関しては心と向き合うというよりも情景を思い浮かべて、そのときに感じたことを描きました。実際、何年か前に夕暮れどきに川面に映る太陽柱を目にして「すごくきれいだな」と思いながらも、なんだか切なさを感じたことがあったんです。そのときの情景や感じた思いをいつか歌に込められたらいいなと思っていたので、そういう意味でも個人的にもすごく好きな曲です。
人間らしくていいね!
──「上出来」同様、EP序盤の熱量を高めるうえで欠かせない「アンサンブル・シャングリラ」は、sumikaの片岡健太さんの書き下ろし楽曲です。
「Venue101」の番組にsumikaさんがゲストで出演されたパフォーマンスに感動し、その後ライブにお邪魔させていただき、片岡さんには「ファンの皆さんと一体になれるようなライブで盛り上がる楽曲をお願いしたいです」とお伝えしました。実際に私のライブに来てくださって、私がステージに立つ姿やファンの方の様子を生で体感してくださったので、きっとライブで披露する姿を想像して作ってくださったんだなと。そういう愛情が伝わってくる楽曲で、いただいたときはすごくうれしかったです。しかも、片岡さんの持つ引き出しの多さと職人性にすごくびっくりして。ただ単に「盛り上がる曲」というだけじゃなくて、そのうえでどんな曲調がいいのか、クラップがあったほうがいいのか、掛け合いがいいのか、お客さんに歌ってもらうパートがあったほうがいいのか、フレーズを繰り返すような形がいいのか……こんなふうに考えるんだって、その作り方に触れて驚きましたし、打ち合わせも今までにない形で進んでいって、すごく面白かったです。
──歌詞のテーマに関しては、片岡さんとどんなお話をしましたか?
世界観について話し合ったというよりは、打ち合わせをしていく中で「普段どんなことを考えていますか?」的なことを聞かれながら会話していきました。例えば、ダメダメなエピソードとか、あんまり人前では言えないことをポロっとこぼすと、片岡さんはそれを「人間らしくていいね!」ってケラケラ笑って返してくださったんです。その肯定力にもすごく救われたし、そういう大きな器があるから歌詞や曲を通していろんな人たちを励ますことができるんだなって、その場で実感しました。
──そう考えると、視点こそ異なるものの「上出来」と通じる部分もある?
「アンサンブル・シャングリラ」というタイトルには、聴いてくれた人と一緒に合奏や合唱をすることによって理想郷を目指していく、みんなを肯定しながら巻き込んでいくという意味が込められているそうで。そういう点では、近いものがありますよね。
ちょっとだけアイドル時代を思い出して……
──「上出来」や「アンサンブル・シャングリラ」同様、「Clap & Clap!」もライブを想定して作られた楽曲なんでしょうか?
そうです。作詞作曲してくださったmeiyoさんにも「ライブで楽しくなる曲をお願いしたいです」とお伝えしました。meiyoさんは「ビートDEトーヒ」(かまいたち濱家隆一とのユニット・ハマいくのデビュー曲)で一度お世話になっていましたが、キラキラした曲調の中にもちょっとネガティブっぽさが入っていて、光と影の両方があるような感じがすごく好きです。この曲ではラップに挑戦しています。まさか自分にラップをする機会が訪れると思ってなかったので、びっくりしました(笑)。
──meiyoさんの楽曲は声で遊ぶようなパートが含まれていることも多いですが、今回で言うとそのラップのパートもそうですし、サビに出てくるかわいらしい「ね?」もまさにそれですよね。
この曲、基本的には「自由に歌ってください」とmeiyoさんに言われたんですけど、「ね?」だけは「とびきりかわいくお願いします!」というオーダーをしっかりいただきました(笑)。すごく恥ずかしかったですけど、ちょっとだけアイドル時代を思い出して、なるべく照れずにがんばりました。
──そういう遊び心も、音楽的な幅が広がり始めた2作目だからこそかもしれませんね。それに、EPの冒頭3曲はどれもライブを想定した楽曲ではあるものの、作風が異なっていて多様性が伝わりました。
ありがとうございます。「Clap & Clap!」はライブで一緒にクラップして盛り上がる楽曲だと思うんですけど、グワーッと熱を帯びる感じというよりは、ふっと肩の力が抜けて気持ちが軽くなる、ヒーリング作用のある楽曲なんじゃないかなと思っていて。自分もあまりガチガチに歌を作り込まず、リラックスして心地よく歌わせてもらいました。「Clap & Clap!」も「アンサンブル・シャングリラ」もこれからライブで披露することでお客さんと一緒に育てていくことになるので、どう成長していくのかすごく楽しみです。
長く音楽を続けていけたらいいな
──EPの新録曲としてはこのほか、椎名林檎さんがシーナ・リンゴ名義で提供したともさかりえさんの楽曲「カプチーノ」のカバーも用意されています。この曲もビルボード公演で披露していましたが、音源はライブとアレンジがだいぶ異なりますよね。
そうですね。ライブでは原曲のイメージに近いアレンジでしたが、音源はかなり現代的といいますか。私はあんまりこういうタイプの音楽に触れてこなかったので、最初はこのアレンジに対してどうノっていいかがわからなかったんですよ。だけど、レコーディングのときに音の聴き方とか、どういうふうにノっていったらいいかを教えていただきながら臨んだら、チームの皆さんから「新しい扉が開けたね」と言ってもらえて。確かに、この曲を通して今まで使ったことのなかったニュアンスや声色を引き出してもらえた気がします。
──おっしゃるように、「カプチーノ」は意外性という点で本作の中で一番でしたし、新境地を伝える1曲だと思います。「bitter candy」というアルバムタイトルにもぴったりですし。
よかった。正直、今回はカバー曲選びにすごく悩んだんです。確かにこの曲はコーヒーとミルクを通じて、苦味と甘みだったり大人な感じと純真さが表現されているから「bitter candy」にぴったりですね。私、椎名林檎さんも東京事変さんも好きなんですけど、この曲は知らなくて。でも、チームの中で「この曲、めちゃくちゃ合うと思います」と提案されて初めて聴いたらどんどんハマっていって、最終的に「これを歌いたい!」と思ったんですよ。収録することが最後に決まった1曲なので、アルバムに合っていると言ってもらえてホッとしました。ちょっと子供っぽいかわいらしさのある「かくれんぼ」から、大人っぽくてスイートな感じの「カプチーノ」への流れも、個人的にお気に入りです。
──その「カプチーノ」から「黄昏マジックアワー」「モンブラン」と穏やかな流れを経て、EPはエンディングを迎えます。今作は曲順にもすごくこだわりが感じられました。
(スタッフのほうを向いて)ほらー!(笑) 曲順もチームで話し合って決めるんですけど、この流れを提案したのは私です(笑)。いいですよね? 今回すごく悩んだんですよ。私、曲順に対するこだわりでこんなに悩むんだって、前作のときに初めて経験したんです。正直、以前はいろんなアーティストさんの作品やプレイリストを聴くときはシャッフル再生することが多かったんですけど、ほかのアーティストさんも同じように悩んで曲順を決めているだろうから、今はちゃんと頭から最後まで、ストーリーに沿って聴くようになりました。そこは大きな変化ですね。
──今作は生田さんのこだわりが詰まりまくった1枚なわけですね。昨年の「capriccioso」でのインタビュー(参照:生田絵梨花×柳沢亮太(SUPER BEAVER)|人に優しくありたい──共通する心の核から生まれた楽曲「だからね」)で「自分にとって音楽が何なのか、まだ今はわからないというか、探している途中です」と話していましたが、あれから1年経って答えとまでいかないまでも、何かヒントは見つかりましたか?
探し続けるというのは、たぶんこれからもずっと変わらないと思うんですけど……例えば自分のやっている演技の仕事って、台本にある言葉をどう表現していくか、その役の思考や視点をどう自分にコネクトさせていくかということだと思うんですけど、音楽の場合は自分自身が何をどう伝えたいか、等身大の自分がお客さんとどう対話するか、常に自分自身が大きな軸になっているんだなと感じ始めているところでして。私の歌を受け取ってくれる人と一緒に人生を歩んでいけたら、それはすごく幸せなことだなと思うので、長く音楽を続けていけたらいいなと今は思っています。
プロフィール
生田絵梨花(イクタエリカ)
2021年末に乃木坂46を卒業。俳優として舞台・テレビドラマなど数多くの作品に出演。2023年12月より上映されたディズニー100周年記念作品「ウィッシュ」で主人公アーシャの日本版声優を務めた。4歳からピアノを習っており、音楽への探求心も高く、コロナ禍のステイホーム期間に独学で作詞作曲を始めた。2024年4月にソニー・ミュージックレーベルズより自作曲も収録した1st EP「capriccioso」をリリース。7月より全国ツアー「Erika Ikuta Tour 2024『capriccioso』」を行った。2025年1月に神奈川・ビルボードライブ横浜で単独ライブ「Erika Ikuta Premium Billboard Live 2025」を開催。3月に2nd EP「bitter candy」をリリースした。
生田絵梨花-STAFF (@ikuta_staff) | X