音楽ナタリー Power Push - いい音で音楽を

special interview土岐麻子 声のスペシャリストが考える“いい音”

「焦点が合ってる」The Beatlesの音楽

──“いい音”という観点で好きな楽曲、好きな作品はありますか?

定番になっちゃいますけど、The Beatlesですね。いつ聴いても、どんな環境で聴いても……カーステで聴いても、定食屋の小ちゃいスピーカーから流れていても、もちろんスタジオのいいモニタースピーカーで聴いても、iPhoneで聴いても、いい音だなって思うんですよね。曲がいいのはもちろんだけど、ミックスもいいし、録れている音もいいし、なんなんだろうなって思うんです。

──独特ですよね。たまにお店のスピーカーで片方のチャンネルしか聞こえなくて、リンゴ・スターしかいないみたいな状態になったりしますけど、それでも「いいな」と思うことがあって。

そうそうそう。The Beatlesこそ、最初に言った「焦点が合ってる」音楽だと思うんですよ。「これさえ聞こえてればいい」みたいなのが瞬間瞬間でハッキリあるんですよね。ほかのときはずっと下がってるんだけど、ソロのときだけギターがグッと出てきたり。そこらへんの潔さが、結果“いい音”になっているのかなと思います。

土岐麻子

土岐麻子

──もっとジャズの名盤あたりを挙げるのかと思っていたので、The Beatlesはちょっと意外なチョイスでした。

ストレートすぎてちょっと恥ずかしいですね(笑)。でも私、The Beatlesは中学生、高校生のときから聴いてたわけじゃなくて、遅いんですよ。Cymbalsを始めてからだから。なぜ好きになったかというと、Cymbalsでキャンペーンの移動中にタクシーの中で「Taxman」が流れたんですよ。それを聴いて私、「カッコいい新人バンドがいるな」と思ったんです(笑)。ちょうどその頃、Sloanとか、1960年代の音をシミュレーションしたようなバンドがいくつか出てきていたから、これも懐かしめのサウンドを追求した新人バンドなんだろうと。それで沖井(礼二。Cymbalsのリーダーで、現在はTWEEDEESで活躍中)さんに「これ、なんてバンドですか?」って聞いたら「えっ……ビートルズだけど」って(笑)。

──あはははは(笑)。

「えっ、ビートルズってこんなにカッコいいんだ!」って。曲というよりも音がカッコいいと思ったんですね。タクシーのスピーカーから流れてきた「Taxman」の音が。前後にかかっていた曲と比べて、ズバ抜けてカッコよかった。なので“いい音”というと、そのとき聴いた「Taxman」を思い出しますね。

“いい音”で新しい扉を開けた「乱反射ガール」、自ら“客演”した新作「PINK」

──では、土岐さん自身の楽曲で一番の“いい音”を挙げるとしたら?

おっ。そうですねえ……それは本当に難しいですけど、1つのターニングポイントになったのは「乱反射ガール」(2010年5月発売のアルバム「乱反射ガール」表題曲)です。デジタルを駆使した楽曲で、コーラスもたくさん重ねてるんですけど、縦も横も上も下もぴったり合わせたんですね。それまで私は、1960~70年代の音が大好きで、そこに回帰するみたいな感覚が常にあって。例えば「Debut」(2005年9月に発売された初のオリジナルソロアルバム)なら、ブロッサム・ディアリーの1976年のアルバム「My New Celebrity is You」のドラムの音に近付けてほしいと注文したり、ユーミン(松任谷由実)の作品を手がけていたエンジニアさんに、熟練の技でもって昔の音にタイムスリップさせてもらったり。自分の個性は自分の原体験にくっ付いていると思ってたんですけど、そうじゃない自分の新しい扉を開いたのが「乱反射ガール」ですね。

──あの曲は、それまで土岐さんが作ってきた楽曲とは音像が違っていて、インパクトがありましたね。

自分のやりたい音楽が初めて時代と一致して、それでいいと思えた初めての体験でした。

土岐麻子

土岐麻子

──今回はニューアルバム(参照:土岐麻子、年明けに新アルバム「PINK」リリース「皆さんの想像力のお供に」)のレコーディングスタジオにお邪魔しましたけど、どんな作品になりそうですか?

前作の「Bittersweet」(2015年7月発売)は、自分が不惑の年だからということで「都会で暮らす不惑の女性のサウンドトラック ~女は愛に忙しい~」というテーマを設けて作ったアルバムで。普段自分が思っていることを歌詞にしたためて、自分が好きなミュージシャンたちと作り上げる、言葉ありきのアルバムだったんです。そこで言葉としては出し尽くしちゃって、何か言いたいことや伝えたいことは今まったくないんですね。じゃあ今は何がやりたいんだろうと考えたんですけど、全然わからなくて。なので、今回は自分のアルバムというよりは、客演するような気持ちで作ろうと思ったんです。

──客演?

例えばtoeで歌ったときみたいに(参照:土岐麻子の声を味わう究極“外仕事”集リリース / toeの新作に原田郁子ら参加!土岐麻子との伝説的コラボ曲も)。どこかに呼ばれて、誰かの作品にまるまる1枚フィーチャリングボーカルとして参加しているような、そんなアルバムを自分で作ろうと。

──フィーチャリングアルバムを逆指名で作るみたいな。

はい。それで、前々から好きだったトオミヨウさんと組んで作りました。サウンドはトオミさんが今やりたいことを追求してもらって、歌詞は私が書いて。ちょっとテクノっぽい要素が入ってくる曲もあったりして、楽しみながら作ってます。

プロフィール

土岐麻子(トキアサコ)

1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2011年12月に初のオールタイムベストアルバム「BEST! 2004-2011」を発表し、ソロデビュー10周年を迎えた2014年11月に「STANDARDS」最新作となる「STANDARDS in a sentimental mood ~土岐麻子ジャズを歌う~」を発売。2017年1月にはメジャー通算7枚目のオリジナルアルバム「PINK」をリリースする。

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公演情報
ライブツアー「PAINT IT PINK!」(※終了分は割愛)
2016年12月1日(木)宮城県 Darwin
2016年12月23日(金・祝)東京都 恵比寿ザ・ガーデンホール ※チケット完売
「TOKISCHROTROPICALTOUR 2016」
2016年12月10日(土)沖縄県 Output
<出演者> 土岐麻子 / Schroeder-Headz

2016年12月21日更新