市川由紀乃|演歌歌手生活30年、ときにはくじけた日もあった。感謝では言い尽くせない思いを語ります。 (3/3)

第2章:演歌Q&A編

一度ハマれば抜け出すことが難しい“演歌沼”。しかし「どこから聴いていいのかわからない」「何に注目していいのかわからない」という人も多いのでは? そこで今回は市川由紀乃に演歌の指南役として質問をぶつけた。「演歌の楽しみ方」を初心者にもわかるように徹底解説!

ポイント1 演歌歌手は軒並み歌が上手すぎる件

──市川さんのリサイタルでも痛感したのですが、演歌ってほかの方も含めて歌唱力が高すぎませんか?

いきなりコメントが難しいテーマですね。自分で「私はこんなにうまいんです」とは言いづらいですし……(笑)。でもほかの演歌歌手の方とご一緒させていただくとき、いまだに「すごい!」と圧倒されることは確かにあります。もし演歌歌手の歌のレベルが高いことに理由があるとしたら、小さい頃からうまい人の歌を聴いてきたというのはポイントかもしれません。「あんなふうに歌えるようになりたい」って憧れて、この世界に入ってくるパターンが多いですし。

──先輩のレベルが高いと、その背中を見る後輩のレベルも高くなるということですかね。

実際、諸先輩方とお話していても、「オリジナルの歌を何度も何度も聴き込んで練習した」ということはよく耳にするんです。大御所みたいな方ですらそうなんだから、やっぱり下の世代も向上心が刺激されるんじゃないでしょうか。

──演歌の方は「先生に就く」という言い方をよくされます。先生からは具体的に何を教わるんですか? ボイトレみたいなイメージなんでしょうか?

私の恩師・市川昭介先生からは、感情面を徹底して鍛えられました。あとは「邪心がある歌はよくない」とも言われたんですよ。邪心というのは「私の歌を聴いてよ!」という押し付けがましい態度。そうじゃなくて「それでは私の歌を聴いてください」というまっさらな気持ちで常に舞台に立たないと、お客様の心には届かないという教えだったんですね。

──歌唱力コンテストとかだと、これ見よがしにビブラートとかキメまくる人がいるじゃないですか。「俺の歌、うまくない?」みたいな感じで。

それは自己満足ですよね。届ける歌じゃないと思います。「自分が気持ちいいだけのうちは相手に届かない」というのが、市川先生の考えだったので。ちなみに今、私にご指導してくださっている幸耕平先生も考え方が非常に市川昭介先生と似ているんですよね。そして幸先生はパーカッションなどを演奏していた方なので、リズムに対してはめちゃくちゃ厳しい!

──リズムの指導はどのように行われるのですか?

速いとか遅いはもちろんですけど、ビブラートのかけ方も問われるんです。「ここはゆっくりでいい」とか「これはポップス寄りだからノンビブラートで歌うべき」とか。演歌歌手がビブラートを聴かせると、どうしても演歌っぽさが強く出すぎちゃうんですよ。だから、ときには抑える必要も出てくる。ビブラートのかけ方って、ニュアンスが重要なんです。「着地してすぐビブラート」というのは幸先生的にNGで、「少しストレートに歌ってからビブラートに入る」というのが求められるんです。本当に細かいんですけどね。

──すさまじく職人的な世界ですね。

ときには先生からスティックで背中をポンポコ叩いていただきつつ歌っています。ひたすらそれを繰り返すことで、リズム面を強化するんですよ。あとよく注意されるのは、歌は感情を込めれば込めるほど後乗りになっていくので、それを「気持ち悪い」と修正されます。

──自己陶酔型の後乗りはダメだと。さりとて機械的に淡々と歌うのも味気ないですよね。

例えば遅れて入っても、着地はきちんと合うように歌うとか。要するに「聴いているみんなが気持ちいい歌い方をするべきだ」というのが先生の考え。そこは常に心掛けているところですね。聴いている方の気持ちが最優先なので。

市川由紀乃

ポイント2:演歌のコンサートはアミューズメント感たっぷり

──9月のリサイタルは目を引く演出の連続でした(参照:デビュー30年目の市川由紀乃、節目のリサイタル「ソノサキノユキノ」大団円)。音楽に特化したバンドやDJのライブに比べて、エンタメ性が高いですよね。

ひと口に演歌といっても、ステージの構成は歌手によってだいぶ違うんです。私も同年代の方や諸先輩方の舞台を観させていただき、勉強になることがすごくたくさんありますし。先輩の場合はヒット曲を多く持っているケースが多いので、セットリストもオリジナル曲を中心に構成するんですね。私なんかの場合は誰もが知っているようなヒット曲が少ないものですから、カバーの割合が多くなりますが……。

──そんなことはないはずです。市川さんも確実にヒット曲は持っていますが、確かにカバー曲の多さには驚いたんですよ。

熱心なファンの方はもちろんですが、市川由紀乃をあまり知らなくて初めてコンサートに来たという方にも同じように楽しんでいただきたいんです。「あっ、この曲は私もカラオケで歌う」とか、それだけでも印象は変わってくるじゃないですか。

──バックバンドの演奏力にも度肝を抜かれました。

生演奏の気持ちよさは別格ですよね。その日の自分の呼吸とかを理解したうえで演奏してくださるので、オケのときとは明確に歌が違うんですよ。特に尺八とか三味線は演歌ならではの楽器だと思いますし、優雅な気持ちが満喫できるんじゃないかと思います。

──あとは演歌のコンサートだと、演出面も見どころになると思います。

曲間のMCで楽しませる方も多いですし、衣装替えの際につなぐ映像の内容に凝っている方もいます。私としては、コンサートの最中に時計を気にしてほしくないんですよね。だから休憩を挟まず、なるべくノンストップでやるというこだわりが市川由紀乃スタイル。予備知識なしでも楽しめるように意識していますので、ぜひ一度、コンサートへ遊びに来ていただけたらと思います。

ポイント3:演歌ならではの“人生劇場”に刮目せよ

──コンサートではMCで先生や周囲の方に感謝を述べるなど、感情移入できる場面が非常に目立ちました。物語性というのは演歌において大事になるんでしょうか?

ものすごく大事です。「この歌がどういう流れで作られたのか?」「自分はどういう心情でこの歌と向き合っているのか?」、そういった部分をお客様に提示することで、より深く伝わるものがあるはずですし。そこは演歌というジャンルを語るうえで外せない要素だと思いますね。

──言い換えるならば“エモい”ということになるんですかね。

演歌って、その歌手の人生が現れるジャンルなんです。そこだけはどんなに時代が変わろうとも、絶対に変わらないでしょう。先輩方の歌を聴いていてよく感じるのは、「この方はいろんなことを乗り越えたうえで、今こうして歌ってるんだな」ということ。たどってきた道のりすべてが歌声に現れているんです。おかげさまで、今年、私はデビュー30周年を迎えました。でも演歌界の中では、まだまだひよっこ(笑)。

──改めて深みのあるジャンルですね。

30年前のデビュー曲「おんなの祭り」を今の私が歌うと、当然、声のトーンも違えば感情の込め方も全然違う。当たり前ですよね。人生の中でいろんな経験をして、歌詞の捉え方も17歳のときとは違うわけですから。「清く正しく美しく」って表現がありますけど、演歌の道というのは生き方が否応なしに出るものですから、自分も間違えたことはできなくて。歌とか所作に全部出ちゃうので、表面だけを取り繕えないんですよ。

──含蓄のあるお言葉です。

私の歌手生活はまだまだ続いていきますからね。まっすぐと歌に向き合いながら、これからも精進していきたいと思います。

市川由紀乃

プロフィール

市川由紀乃(イチカワユキノ)

1976年1月8日生まれ、埼玉県出身の演歌歌手。中学1年のときに両親が離婚し、脳性麻痺の障害のある兄とともに母の女手ひとつで育てられる。16歳のときに埼玉新聞社主催のカラオケ大会で優勝。プロダクションのスカウトを受ける。1993年8月、17歳でシングル「おんなの祭り」をテイチクから発表し、デビュー。1994年に「第26回新宿音楽祭」新人賞、「第13回メガロポリス歌謡祭」新人賞、1996年に「第6回NHK新人歌謡コンテスト」優秀賞を受賞する。1998年にキングレコードに移籍し、シングル「一度でいいから」を発表。燃え尽き症候群により2002年4月に歌手活動を休止し、天ぷら専門店「新宿つな八」でアルバイトをする。2006年10月に復帰し、10年後の2016年から、2年連続で「NHK紅白歌合戦」に出場を果たす。2019年には日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞。近年では吉本新喜劇にゲスト出演するなど活躍の幅を広げている。2022年8月にシングル「石狩ルーラン十六番地」をリリースし、9月に東京・LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)でワンマンリサイタル「ソノサキノユキノ」を成功させる。10月にCD7枚とDVDからなるボックスセット「市川由紀乃コンプリート・ベストBOX」を発表。12月21日にはCD、Blu-ray、DVDの3形態でライブ関連作品「市川由紀乃リサイタル2022 ソノサキノユキノ」をリリースする。