kemu / 堀江晶太|ボカロP、コンポーザー、バンドマン いち音楽家のあくなき表現欲求

去る5月31日、PENGUIN RESEARCHのベーシスト兼コンポーザーとして活動中の堀江晶太が、ボカロP・kemuであることを公表した。と同時に、kemu名義では4年ぶりとなる新曲「拝啓ドッペルゲンガー」をニコニコ動画およびYouTubeにて公開し、大きな反響を呼んでいる。

堀江はkemuとして2011年11月にニコニコ動画に「人生リセットボタン」を初投稿すると、2012年1月には自身のサークル「KEMU VOXX」を結成。投稿した楽曲すべての再生回数が100万以上を達成する快挙を成し遂げたが、2013年5月に「敗北の少年」を投稿して以降、Vocaloidシーンから姿を消していた。

なぜ彼は今、kemu=堀江晶太であることを明かしたのか。ボカロP、バンドマンであると共に、LiSAやベイビーレイズ JAPANなどさまざまなアーティストへ楽曲を提供する作編曲家でもある堀江の音楽家としての素顔に迫った。

取材・文 / 須藤輝

このタイミングを逃すといつ発表できるかわからなかった

──いきなりですが、なぜこのタイミングでkemu=堀江晶太であることを公表したのですか?

そもそもなんですけど、KEMU VOXXが結成された当初から、メンバー同士でも関係者さんたちとの間でも、いつかはkemuも堀江晶太という名前に統合したいっていう話はしていたんです。それを前提とした活動ではあったので、結局、時間が経ってしまって今になっただけというところではあります。

──そうだったんですね。

はい。なぜ今か、しいて言うなら、単純に5月31日が僕の誕生日だったので。以前から「そこに合わせて新曲を投稿しようか」「いや、まだ間に合わないから見送ろう」みたいなことが何度かあったんですよ。今回はちょうど音源も完成してたし、逆にこのタイミングを逃すとまたいつ発表できるかわからないしってことで、関係者と話して。

──で、5月31日に「拝啓ドッペルゲンガー」がアップされるや再生数がぐんぐん伸びていますが、ご自身はこの反応をどう受け止めてらっしゃいます?

ありがたいことに、反響が大きいのは確かだなと。ただ、僕は今のニコ動やYouTubeでどのくらい再生されたらすごいのかとか、あんまりよくわかってなくて。

──今朝(6月7日)、ニコ動を見てきたら50万回再生に届きそうでしたね。

えっ?

──えっ?

いや、僕はサークルのメンバーから「10万いったよー」って聞いたところで止まってたんで。うん、1週間で50万弱はすごいと思いますね。

──ご自身ではニコ動をご覧にならないんですか?

はい。昔から、投稿したらもう見ないんですよ。知り合いがオススメしてくれた動画とかは観るようにしてますけど。だからニコ動の動向も、人に聞かないとわからなくて。

──評価とかも気になさらない?

自分でネットを見たりせず、人から聞きます。より客観的な意見として。身内の音楽関係者からも、音楽とは関係ない人からもなるべくたくさん意見を集めて、そこから判断するようにしてます。

ボカロ曲は弾けなくても歌えなくてもいい

──2013年にkemu名義での活動を休止して以降、堀江さんは作編曲家として、また2015年からはご自身のバンド、PENGUIN RESEARCHのベーシストとして活動してらっしゃいますが、それらのボカロ曲への影響は?

kemu / 堀江晶太

当然、ありますよね。楽曲提供の仕事が自分のバンドにも影響してるし、その逆もあるし。それは今回みたいなVocaloidにしても同様で、各々のフィールドの引き出しが相互に影響してくるものだなって強く感じていて。だから、何か1つやってる間にそれ以外の創造性が失われるとか、ネタが枯れていくとか、そういう気持ちには今まで一切なりませんでした。

──「拝啓ドッペルゲンガー」は、今まで発表されてきたボカロ曲に比べてだいぶヘビーですよね。PENGUIN RESEARCHの1stフルアルバム「敗者復活戦自由形」で、堀江さんは「初めてドロップチューニングを解禁した」とおっしゃっていたので、その流れなのかなと(参照:PENGUIN RESEARCH「敗者復活戦自由形」インタビュー)。

はい。周りからもそう言われますし、僕もそう思います。もともとラウドロックやメタルっぽいサウンドは好きではあったんですけど、「自分が作るものではないかな……」ってどこか温存してたところがあって。おっしゃる通り、それもここ1、2年で自分のバンドで激しい曲も作ったし、楽曲提供でもそういうオファーをいただくうちに、自分の中の引き出しに加わったかなと。で、加わった以上は使いたいし、あまり考えすぎず、今好きなものを詰め込んでみました。

──リズムパターンも複雑ですし、曲展開もめまぐるしいですよね。

もともと僕は歌モノを作るときに、おおよそ4分以内の曲をいかにボリューミーに、聴き応えのあるものにするかっていうのを基準にしいて。具体的には、理想は3分40秒くらい、長くて4分半くらいの曲の中にいろんな要素を組み入れて、かつ全体の方向性はブレずに、ものすごい質量のある濃い曲を作りたいと思ってるんですね。そういう、1回聴いて満足できるし、何回も聴きたいと思えるような破壊力のある曲っていうのは、ボカロに限らず常に意識してることです。

──その作曲における基準は同じだとしても、例えばボカロとバンドで勝手が違う部分はありませんか?

決定的に違うのは、ボカロに関しては実際に楽器を弾けなくてもいいということですね。バンドはライブがあるし、人間が演奏できなきゃいけないんですけど、ボカロは誰も弾けなくていいし、人間が歌うことも考えなくていい。だから、KEMU VOXXは人間ができないこと、もしくはやろうとしないことを容赦なくやる場にしたいなと思って。それは、僕のルーツがゲーム音楽にあるっていうのと関係してるかもしれません。昔から、MIDIで打ち込んでるフレーズは、技術的に無理だろうが本来その楽器では出せない音域だろうが関係なく、耳で聴いてカッコいいと思った音を採用していたんで。そこはバンドとは明確に音の作り方を分けてる部分ですね。

kemu / 堀江晶太(ケム / ホリエショウタ)
5月31日生まれ、岐阜県出身。10代の頃より作編曲家として活動し、上京後に音楽制作会社に入社する。2011年にボカロP・kemuとして、イラストレーターのハツ子、動画クリエイターのke-sanβ、アドバイザーのスズムからなるKEMU VOXXを結成し、動画共有サイトに楽曲を投稿。いずれも大きな反響を呼ぶ。2013年に独立して以降は、LiSA、ベイビーレイズJAPAN、茅原実里、田所あずさらに楽曲を提供。アレンジャー、コンポーザーとしての地位を確立させる。PENGUIN RESEARCHのベーシストとして、2016年1月にシングル「ジョーカーに宜しく」でメジャーデビューしバンドマンとしても精力的に活動中。