一青窈「ただやるだけさ」インタビュー「音楽と演技は明確につながっています」

一青窈が映画「猫と私と、もう1人のネコ」で猪突猛進型の母親を演じ、その主題歌として「ただやるだけさ」を台湾の人気シンガーソングライター、クラウド・ルー(盧廣仲)とともに作り上げた。音楽ナタリーでは本映画および主題歌に関連した特集を展開。インタビューで一青は「猫と私と、もう1人のネコ」での役作りに没頭したためにリアルな家庭で起きた出来事や、その流れが楽曲に与えた影響などについて触れている。

また一青は、ほかのアーティストの動向をチェックするのが常であることなど、歌手としての戦略的な視点についても語ってくれた。「もらい泣き」でのデビューから22年、そして国民的人気を誇る「ハナミズキ」から20年。長いキャリアを誇る彼女は今、日本の音楽シーンをどう捉えているのかにも注目だ。

取材・文 / 小野田衛撮影 / 塚原孝顕
衣装提供 / YuumiARIA・PLUIE(PLUIE Tokyo)

猪突猛進型の母親役で実生活に影響が

──3月に配信リリースされた楽曲「ただやるだけさ」は、順次劇場公開されている映画「猫と私と、もう1人のネコ」の主題歌で、一青窈さんは主人公である女子高生の母親という重要な役どころで出演されています。話の順番としては、まず映画出演のオファーがあったところから始まっているんですか?

そうですね。とはいえ、最初はそこまで出演シーンの多い役とは思っていなくて……。台本を読んで、改めて気持ちを固めていった感じです。それこそ「ただやるだけさ」って(笑)。

──映画のテーマはヤングケアラーの問題に翻弄される家族。社会派の作品と言えるかもしれません。

出演にあたり、毒親をテーマにした韓国の本を読んだり、「Mother」(2010年に日本テレビ系列で放送されたドラマ)みたいな作品も観たりしました。いったい、どういう心境の変化があって親の心はねじれていくんだろう?といった部分を、ひたすら研究していったんですね。撮影は福岡で行ったんですけど、同時期に「ただやるだけさ」の歌詞を台本に書き込んでいくような進行でした。

──物語の内容ありきで曲が作られていったわけですか。

ただ、ちょっとした問題が起こりましてね。私が演じるのは猪突猛進型のお母さん(清瀬環)なんですけど、役作りの段階ですごくその役に没頭していたんです。「ガラスの仮面」の北島マヤじゃないけど、毒親が完全に自分に憑依している状態。映画では途中から脳梗塞で半身麻痺になるので、Amazonで買った杖をつきながら生活していましたし。その調子で自分の家でも毒を撒き散らしていたら、リアルな私の家庭が崩壊し始めまして(笑)。

──実人生にも影響を及ぼすようになった(笑)。

何しろ清瀬環という女性はズバズバ自分の意見を主張するキャラなんです。それに感化されて家でも「いや、私はこう思う!」「あなたのそこが違う!」とやっていたら、普段とは180°違う私の姿に旦那が面を食らったらしく。

楽曲の方向性にも影響が

──主題歌である「ただやるだけさ」は通常のシングルと違い、映画のテーマに沿った内容にしなくてはいけないという“縛り”があったはずです。どういった点を意識しましたか?

最初は今の形と全然違う方向性だったんですよ。もっと壮大なバラードで、しみじみ人生について歌い上げるみたいなイメージで。だけど、それだと重すぎるかなと思ったんです。それで、もっと気分を上げていく感じに軌道修正したんです。私、ウイル・スミスが主演している「Hitch(邦題:最後の恋の始め方)」のサントラが好きで、よく聴いていたんですね。ああいう感じで、自分をチアアップさせる軽やかなリズムの曲がいいかなと考えました。

一青窈

──そういう事情があったんですね。

おそらく祝大輔監督としては、“ザ・一青窈”といった感じのバラードを想定していたと思います。でも私自身も、演じている中で自分を鼓舞したいという気持ちになったので、ファレル・ウィリアムスの「Happy」みたいに、クラップを鳴らしながら明るく跳ねるイメージにしました。

──作編曲は台湾のシンガーソングライターでアジアでも絶大な人気のクラウド・ルー(盧廣仲)さんです。ルーさんとはどういったやりとりがなされたんですか?

LINEを使って、中国語と英語でコミュニケーションを取りながら中身を詰めていきました。NIKEの「Just Do It.」というコピーがありますよね。私から「あのイメージなんだよ」ってクラウドに伝えたら、サビに「ただ、やるのみだ」って歌詞が乗せられて、「これで日本語的に合ってる?」って聞かれて。確かに「Just Do It.」ではあるけど、歌ってみてしっくりこなかったんです。そういった感じで微調整を加えながら完成させていきました。もちろんクラウドにも映画の主題歌であることは最初に伝えましたよ。こんな曲想がいいって見本になりそうなのを3曲くらい送って、「OK、わかった」「じゃあリズム的にはこれくらいのテンポで」「うん、歌詞については日本語だから任せるよ」みたいなキャッチボールを続けました。

──歌詞に関しては「とにかく前に進むんだ!」という感じで、いつになくストレートなメッセージが詰まっている印象を受けました。これまで一青さんの書く歌詞は深読みできる内容が多かったですから。

そこは子育てをしたことが自分の中では大きかったと思うんですよね。一緒に生活していると気付かされるんですけど、子供に刺さる曲ってまっすぐなんですよ。「アンパンマンのマーチ」のように込み入った説明は必要とされていない。まっすぐな言葉の強さをそこで再発見した面もあります。

歌うこと、演じることは大きく異なるが“つながっている”

──一青さんがキャリア初期から歌手活動と並行して俳優業にも力を入れていたことはもちろん存じ上げていますが、「歌う」ということと「演じる」ということは、ご自身の中でどのような関係やバランスになっているんですか?

やっぱり演じることに関しては、いまだに「挑戦している」という意識があります。というのも私の場合、最初に出た映画「珈琲時光」があまりにも特殊だったんですよ。スタッフは台湾の方が多かったし、セリフもほぼアドリブでしたし。そのときはそれでよかったんですけど、その後、ほかの映画にも出るようになったら、もちろんセリフはちゃんと存在するし、シーンごとに細かい決まりもある。そのときに「こんな曖昧な感じで臨んでいたら、ほかの方にも失礼だな」と反省したんですね。そして演技をちゃんと勉強したくなったんです。こっそり演技のワークショップに参加したりもしましたよ。野田秀樹さんのところをはじめ、いろんなオーディションも受けましたし。無名塾も受けたけど、年齢が高すぎるということで断られました(笑)。とにかく勉強できることはしたかったんです。せっかくオファーしてもらえるのなら、それに恥じない努力はしたいと思いましたし。

一青窈

──音楽のみに専念するミュージシャンに比べ、俳優業をやることで表現に変化が生まれると感じることは?

もちろんありますよ。私はちあきなおみさんを尊敬しているのですが、医者、娼婦、弁護士……いろんな役を自分の中に下ろせるようになったら、歌でも変幻自在に表現できるようになるはずなので。歌に関してはある程度コツみたいなものはつかんでいるものの、正直な話、演技に関してはまだまだ勉強することが山ほどある状態です。でも、演技を勉強するのは音楽のためでもあるんです。この2つは明確につながっていますから。