役作りと同じで“憑依”は大事
──一青さんのアーティスト活動は今後も長く続いていくでしょうけど、これまでと同様に変化しながら続いていくのかもしれませんね。
そうでしょうね。結婚して子供ができたことも、歌詞の面では大きな変化をもたらしましたし。おかげさまで最近は恋愛の曲もガンガン歌えるようになりました。誰か他人のために恋愛の歌詞を書くことが楽しくて仕方ない。
──どういうことでしょうか? 一般的に子供ができてママになると、恋愛的な要素からは自然と遠ざかりますよね。
そうそう、遠ざかる。だから若い子からヒアリングするんです。すると、自分事じゃないから書きやすくなるんですよ。若い子に話を聞いて、ときには自分も泣きそうになりながらセッションしていく……。でも演技の役作りと同じで、憑依していくのが大事。実体験とか聞きつつ、実際にその子とロケハンまでして、その場に咲いている花の種類をメモしたり。実地体験に基づいて歌詞を書くという作業自体はデビュー時から変わっていません。ただ、それが一人称から第三者に変わっただけ。
──なるほど。
もっともヒアリングする相手が若すぎたりすると、恋愛話を聞いていても紆余曲折が少なかったりするんです。人生で大きな挫折とか痛手を負っていないと、歌詞としては暗礁に乗り上げますよね。「昨日、彼氏とスタバ行ったんです」みたいなインスタのストーリーズみたいなキラキラ話を聞いたところで、申し訳ないけどイメージが広がっていかないので(笑)。
他人を研究しないことには、自分が何者であるかもわからない
──キャリアを重ねることで「もう伝えたいことがなくなった」とスランプに陥るクリエイターもいますけど、一青さんの場合はそういうこともなさそうですね。
ほかの人の動きはけっこう気になりますよ。いろんな人の流れを見ながら、そこにないポジションを探している感じです。
──すごく意外です。一青さんはほかの人がどうあろうと関係なく、我が道を行くタイプのアーティストという印象があったので。
いやいや、とんでもない! デビューしたときから一貫して周りは絶えずチェックしています。いわゆるマッピングですよね。当時でいうとMISIAさん、宇多田ヒカルさん、椎名林檎さん、マライア・キャリー……「みんなはこういうことを書いているのか」と調べながら、「だったらこのへんのポジションは空いているかな」って。
──失礼な言い方かもしれませんが、非常に戦略的ですね。
SFC(慶應義塾大学・湘南藤沢キャンパス)出身ということが大きいと思います。大学では「自分の中でXYZの座標を決めてから人に説明せよ」って言われたんですよね。他人を研究しないことには、自分が何者であるかもわからないということです。
──変わったことをやると目立つかもしれないけど、一般的な共感は得にくくなる。一方で周りと同じことをしたところで埋没してしまう。一青さんの場合、そのあたりマーケティング能力やバランス感覚が最初から卓越していたんでしょうか。
26歳でデビューするまでは、Illustratorで自分の資料を作ってプレゼンしていましたから。「こぶしを回せる台湾ハーフの歌手がいます」ということで、勝手に「椎名林檎はこのへん、MISIAはこのへん、一青窈はこのへん」とかX軸、Y軸にグラフ化していたんです。私、(文芸評論家の)福田和也先生のゼミ出身なんですよ。
──えっ、そうだったんですか!
それもあって、いわゆるサブカル的なところにどっぷりハマっていたんです。映画の試写会チケットもいっぱいもらったし、福田先生に言われてCDレビューもがんばって書きました。当時の雑誌でいうと「STUDIO VOICE」(INFASパブリケーションズ)とかは、その分野に詳しいライターさんが特集を組んでくれてたんですよ。「今月は台湾アート」とか「次号は渋谷系」とか。そういったものを参考にしつつ、(レコード店の)WAVEに行ったり、「bounce」(タワーレコードが発行しているフリーペーパー)を読んだりしたものです。でも今は全部Webの時代になっているので、それはそれで大変なんですよ。情報が膨大にあるから、どれを読めばいいのか迷ってしまう。書いている人も雑誌の場合は信用できるライターが多かったけど、ネットだと発信者の素性がよくわからないことも多いですし。
──おっしゃる通りです。
だから今は一周して、古本屋巡りをしているんです。昔の昔の「ブラック・ミュージック・リヴュー(bmr)」とかを読みながら、「果たして今の時代には何を書くべきなのだろうか?」なんて悶々としたりして(笑)。いずれにせよ、今という時代の流れを無視することは不可能ですね。
──一青さんの高度な情報戦略に感服いたしました! 最後にベタな質問で恐縮なのですが、一青さんが「100年後にも続いてほしい」と願うことを教えていただけますか?
音楽以外だと、「きれいな水」かな。100年後も人間がおいしく水をゴクゴク飲めたらいいなって、それは真剣に思う。水って人類の生活にとって必要不可欠なものじゃないですか。私の場合は子供ができてから特にその意識が強くなりました。最後の最後で音楽と演技の話とはまったく関係なくなりましたけど(笑)、きれいな水が飲める環境がこれからも続いたらいいなって思います。
プロフィール
一青窈(ひととよう)
東京都出身の女性歌手。台湾人の父と日本人の母の間に生まれ、幼少期を台湾・台北で過ごす。慶應義塾大学在学時には、アカペラサークルに在籍しストリートライブなどを行った。2002年、シングル「もらい泣き」でデビュー。2003年には同曲で日本レコード大賞最優秀新人賞、日本有線大賞最優秀新人賞などを受賞し、「NHK紅白歌合戦」に初出場を果たした。2004年には、代表作の1つである5thシングル「ハナミズキ」を発表し、大ヒットを記録。2017年にはデビュー15周年を記念して「歌祭文 ~ALL TIME BEST~」をリリースした。また2004年に映画「珈琲時光」、2008年に音楽劇「箱の中の女」で主演を務めたり、2013年に初の詩集「一青窈詩集 みんな楽しそう」を発表したりと歌手の枠にとらわれず幅広い活動を行っている。2024年3月公開の映画「猫と私と、もう1人のネコ」で主人公の母親役を演じ、主題歌「ただやるだけさ」を歌唱した。