ナタリー PowerPush - 平井堅

攻め続ける「Ken's Bar」店主の珠玉カバー盤第3弾

“ワガママ枠”と“怨念枠”

──今回リリースされる「Ken's Bar III」は3枚目のコンセプトカバーアルバムとなります。全体の自己評価はどうですか?

自己評価かあ……。うーん、ちょっと難しいけど……「がんばったな」って(笑)。そう言ってあげたい。だって「すごくいい出来です!」とかって自分ではちょっと言いたくないっていうか……。

──いや、平井さんが自信を持って人にオススメできるような大満足の仕上がりであれば、こちらもうれしいです。

あ、でも満足はしてますよ。やっぱり自分で悩んで決めたことだから悔いはないです。向上心としてはキリがないけど、今の自分としてやりたい曲、やりたいアレンジ、やりたい歌唱。それは全部できたと自負しております。

──自分で特に気に入っている曲を挙げるとしたらどれですか?

えーっと……そもそもアルバムの選曲は、洋楽と邦楽のバランスだったり、バラードとアップテンポのバランスだったり、そういうバリエーションを保つことと、マニアックにならないようになるべくたくさんの人が知っている聴きなじみのあるものを、と自分なりに思って選んでいて。その中で、「II」ぐらいから1曲は“ワガママ枠”っていうか、今自分が気分的にやりたい曲の枠っていうのを1つ設けているんです。それが今回「Love Is Blind」なんですけど。

──おお。

この曲は、このアルバムの中ではマイナーなほうだと思うんですけど、入れるのに最後まですごく悩みました。もっとメジャーな洋楽のほうがいいかな?って。でもやりたい欲がとても強かったので。

──なぜですか?

単純になんか歌いたい気分だったとしか言いようがないんですけど……まあ“怨念枠”っていうか。

──“怨念枠”?

怨念っていうのは、常に僕の美学の一端を担ってるジャンルで。前作「II」でいうと「わかれうた」(オリジナル:中島みゆき)だったり、自分の楽曲でいうと「哀歌(エレジー)」「告白」だったりするのかな。マイナー調で怨み節で、もうとことん悲しみや愛の底なし沼に沈んでいくような、そういう世界がもともとすごく好きなんです。「Love Is Blind」は、日本人ならきっと好きなこの旋律と、英語が不得手な僕でもグサグサ来るこの歌詞。さらにメロディにちょっとシャレオツ感が入っていて、今自分がやりたいものとしてバチッとハマる曲だったんですね。とにかくなんだろうな……泣きたかったんでしょうね。この曲を歌いながら。

──なるほど(笑)。

「泣きたかった」って泣いてはないんですけど(笑)、浸りたかった。この曲の世界に。

──この曲はベース1本で歌われていて。亀田誠治さんがプロデュースしているのは今作ではこの曲のみですね。

そうですね。今回、1つの楽器と僕の歌っていうのも挑戦したことなんです。アレンジに関してはロバータ・フラックとの曲(「KILLING ME SOFTLY WITH HIS SONG」)を除いて突飛な編成のものが多かったので、亀田さんの出番があまりなくて。でもレコーディングの後半にやっぱり亀田さんと何かしたいなと思って。初めてですね、ベースだけでお呼びしたのは。

醜いものをも出すことが僕にとっては健全

──今おっしゃっていた“怨念”というのは、平井さんがずっと好きでこだわっている部分でもありますよね。「告白」や「哀歌(エレジー)」みたいな曲はほかの歌手にはなかなか作れない、平井堅の“らしさ”のひとつだと思います。

ありがとうございます。

──そこに惹かれる理由ってなんだと思いますか?

ニッチっていうかひねくれ者というのはあると思います。キレイキレイなものってあんま惹かれなくって。やっぱり陰と陽、表と裏があってこそ美しいと思うし、すべてが善なわけでもないし、すべてが愛なわけでもない。僕は嘘のないものが素敵だなと思うので。まあ「がんばろう」「つながろう」的なものが今すごくあふれているから、そうじゃないところを突こう、みたいないやらしい感情もなきにしもあらずだけど……醜いものをも出すことが僕にとっては健全というか、美しい気がするんですよね。

──世の中、キレイにつじつまが合っていることのほうが少ないですもんね。

そうですね。別に世捨て人を気取ってるわけでもないんだけど。映画でも、ハッピーエンドでフワーッと終わってく作品に対してどこか引っかかったりするんですよ。例えば主人公の男の子がクライマックスで本当の愛に目覚めて、ケンカして離れた彼女のところに迎えに行くというエンディングがあったとしますよね。すごく感動するんだけど、観終わって30分くらい経つと考えちゃうんですよ。その後の倦怠期になった2人のこととか、本当に向こうも同じ気持ちなのかなとか(笑)。

──ははは(笑)。

だからそういうものより、不安を残さないもののほうがいいですね。ちょっと自分でも何言ってんのかわかんなくなってきたけど(笑)。

コンセプトカバーアルバム「Ken's Bar III」 / 2014年5月28日発売 / アリオラジャパン
初回限定盤A [CD+DVD] 5400円 / BVCL-590~1
初回限定盤B [CD2枚組] 3888円 / BVCL-592~3
通常盤 [CD] 3240円 / BVCL-594
平井堅(ヒライケン)

1972年大阪生まれのシンガーソングライター。大学在学中にソニーミュージックのオーディションに入選したのをきっかけに、1995年にシングル「Precious Junk」でデビュー。2000年にリリースしたシングル「楽園」がヒットを記録し、その卓越した歌唱力と完成度の高い楽曲で一躍トップシンガーの仲間入りを果たす。2002年には童謡「大きな古時計」のカバーで世代を超えた人気を獲得。その後も「瞳をとじて」「POP STAR」など多くの楽曲をヒットチャートに送り込んでいる。また「Ken's Bar」と題したアコースティックライブシリーズを自身のライフワークとして定期的に開催しており、同タイトルのカバーアルバムも3作発表。フェイバリットアーティストはダニー・ハサウェイ。