ナタリー PowerPush - 平井堅

攻め続ける「Ken's Bar」店主の珠玉カバー盤第3弾

僕の人生でなくてはならない曲「いとしのエリー」

──ここからは「Ken's Bar III」の収録曲についていくつか聞かせてください。まずは、サザンオールスターズの「いとしのエリー」について。

ああー……これですね。

──カバーアルバム1作目でKUWATA BAND、2作目で桑田佳祐さんをカバーして、ついに本丸サザンのカバーが収録されましたね。

もうこれはね、本当につらい。ホントすいませんでした。

──いやいや(笑)。

もう重々承知してます。こんな名曲を歌うっていうことに関してはずいぶんと悩みました。あのウエエエエ(桑田佳祐の歌声をマネる)っていう歌声が、僕ら世代はもちろん全日本国民の脳裏にへばりついてますよね。それをですね……「なんだ平井堅が」と、ネットで叩かれる想像なんてもうとっくにしているわけでね。「ボロクソ言われるんだろうな」みたいな思いでレコーディングしてたんですけども(笑)。なんか……開き直って、いいかなーと思って。

──大丈夫だと思いますよ(笑)。

「いとしのエリー」は1979年、僕が小学2年生のときの曲で、「ふぞろいの林檎たち」の主題歌になっていて知ったんです。そこからサザンが大好きになって、青春を捧げ、今こうして桑田さんにもお会いすることができて。自分の人生を振り返ったときに、やっぱりこの曲って絶対選ばなきゃいけない。それぐらい聴いた曲であることは事実で。

──避けては通れない道だと。

そうです。避けたいけど、こんな曲を歌うのは。僕はもともとカバーに関して、原曲と比べられることへの恐怖ってあんまりないんです。そんなこと考えたらできないから。でも「いとしのエリー」だけは、あまりにも桑田さんの歌声が僕自身にこびりついてるから(恐怖が)ありましたねえ。ただ、今は、僕の人生でなくてはならない曲を僕なりの解釈で歌えたという自己満足で満たされているんですよ。自己満足でいいと思っていて。だから僕は満足です。ただ「すいません」っていう(笑)。

──それぐらいサザンの原曲に対して個人的に敬意を持っているということですね。

はい。もう大きすぎて。

──平井さんは若い頃、桑田さんの渋い声に憧れてウイスキーでうがいをして枯らそうとした、というエピソードを聞いたことがあります。

してました。大学生のときはバカだったから、あの声になりたい……って歌手になりたいのになんか矛盾してますよね(笑)。あの声になりたい、歌手になりたい、という気持ちが共存していて。バーボンでうがいして、河原で叫んで、トム・ウェイツとジャニス・ジョプリンと桑田さんのカバーをしてました。で、2日経つとまた元の声に戻ってっていうのをずっと繰り返してました(笑)。

──今はもう自分の声、お好きですか?

やっぱり隣の芝生は青く見えるっていうか、自分とかけ離れた声の人っていうのは憧れますよ。桑田さんはもちろんですけどトータス松本さんの声になってみたいな、とかね。そんなのはたくさんあるけど、こればっかりはもう、自分の声は自分の声なので。今は好きか嫌いかっていうと、うーん、わかんないけど。でも慈しんではいます。悪くないかなと……(笑)。

「タイミング」はすごく苦手なメロディ

──個人的に一番グッと来たのはブラックビスケッツの「タイミング」でした。

あー、それはうれしい。

──“叩き系”と呼ばれる押尾コータローさん独特の奏法と、軽快な歌唱がばっちりとハマったグルーヴィな仕上がりですね。この選曲はどのように?

選曲の後半で、悩んでいるときに気晴らしに友達とカラオケに行ったんです。そのとき、友達がたまたまこの曲を歌ったんですね。発表当時から好きだったんだけど、そのときに改めてめっちゃいい曲だなと思って。それから「ちょっとごめん。『タイミング』もう1回俺が歌っていい?」って言って歌って。「これは曲として最高だよね」っていうことになり。

──「平井堅が歌う『タイミング』」という文字面だけで聴く前から気になってしまいました。

これ、“ちょっとびっくりさせたい邦楽枠”なんです。正直「タイミング」のほかに、ライブで以前やった曲の中にもアップテンポでコミカルな意表を突いた曲の候補があって、すごい迷ってたんですよ。たぶんね、その曲のほうがメロディとしては平井堅っぽいというか、僕っぽく歌える想像ができてたんです。ドラマチックに旋律が動くから。逆に「タイミング」はすごく苦手なメロディなんですよ。サビの部分とか……。

──比較的平坦なフレーズが何回か繰り返されるから?

そう。平井堅が歌うと下手に聞こえるリスキーな曲で。だから「いとしのエリー」ばりにすごく悩みました。でもスタッフの意見もあって「タイミング」を録ることになって。すごく難しかったけど、個人的には満足してます。

──このシンプルなサウンドで聴くからこそ歌メロのよさが抽出されているなと思いました。原曲もひさびさに聴きたくなってYouTubeで調べちゃいましたよ。

僕もレコーディング中、すぐYouTubeで原曲聴いて「うわー……」って落ち込んで(笑)。原曲は3人がかりじゃないですか。しかもビビアン・スーさんの声がいいし、キャッチーなフリもあって。あの原曲の素晴らしさは神がかってますよね。「ビビアン・スーには勝てねえ……」って。

──ついさっき「原曲とは比べない」って(笑)。

言ってたんだけど(笑)。まあ最終的に割り切りました。AメロBメロはちょっと悲しげに淡々と歌ってて、自分なりに原曲とは少し違う世界観を作り上げてやったつもりです。

コンセプトカバーアルバム「Ken's Bar III」 / 2014年5月28日発売 / アリオラジャパン
初回限定盤A [CD+DVD] 5400円 / BVCL-590~1
初回限定盤B [CD2枚組] 3888円 / BVCL-592~3
通常盤 [CD] 3240円 / BVCL-594
平井堅(ヒライケン)

1972年大阪生まれのシンガーソングライター。大学在学中にソニーミュージックのオーディションに入選したのをきっかけに、1995年にシングル「Precious Junk」でデビュー。2000年にリリースしたシングル「楽園」がヒットを記録し、その卓越した歌唱力と完成度の高い楽曲で一躍トップシンガーの仲間入りを果たす。2002年には童謡「大きな古時計」のカバーで世代を超えた人気を獲得。その後も「瞳をとじて」「POP STAR」など多くの楽曲をヒットチャートに送り込んでいる。また「Ken's Bar」と題したアコースティックライブシリーズを自身のライフワークとして定期的に開催しており、同タイトルのカバーアルバムも3作発表。フェイバリットアーティストはダニー・ハサウェイ。