2000年に「箱根八里の半次郎」でデビューし、21年連続で「NHK紅白歌合戦」に出演するなど、演歌シーンを代表する歌手として活躍してきた氷川きよし。演歌のみならず「ときめきのルンバ」「虹色のバイヨン」といったキャッチーなリズム歌謡などもリリースしてきたが、中でも2017年に発表したアニメ「ドラゴンボール超」のオープニングテーマ「限界突破×サバイバー」はヴィジュアル系を彷彿とさせる美しい衣装も相まって大きな話題となった。さらに2020年に発表されたアルバム「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」ではロック、バラード、R&Bなどさまざまなアプローチに挑戦。氷川の新たな姿を示す作品として幅広いリスナーにインパクトを与えた。
そして「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」発表からおよそ1年後、氷川にとって2枚目のポップスアルバムとなる「You are you」が完成。音楽ナタリーでは「You are you」に込められた思い、「限界突破×サバイバー」「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」発表後の反響について、氷川本人から話を聞いた。
取材・文 / 高橋拓也撮影 / YURIE PEPE
「Papillon」になった氷川の描く物語
──去年6月にリリースされた「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」はロック、バラード、R&Bなど、ジャンルにとらわれないさまざまなポップスで構成されたアルバムでしたね。
そうですね。そのときの自分が伝えたいものを全部封じ込めたくて、本当は12曲入りだったけど結局14曲になっちゃって(笑)。もう思いがあふれ出ちゃって、熱量のあるアルバムになりましたね。「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」は幼虫からさなぎへ、そして美しい蝶に変わりたい、という気持ちを込めた作品だったので、新作「You are you」では蝶になってからのストーリーを描こうと思いました。
──各楽曲の作風だけでなく、アルバム全体のコンセプトも前作から踏襲されていると。
ええ。例えば大黒摩季さんに作ってもらった「Glamorous Butterfly」はまさに「私は蝶になりました」という歌で、美しい蝶の哲学を表現しています。私の自宅付近にみかんの木があるんですけど、そこにアゲハ蝶の幼虫がいっぱいいるんですよ。けっこうおぞましいんだけど、なんだか取り払っちゃうのはかわいそうだから、そのままにしているんです。それでしばらく経つと、家の周りにいっぱいアゲハ蝶が飛んできて、それがまた本当に美しくて。摩季さんもバラを育てていて、よくアゲハ蝶が来るそうです。そんなお話をしていたら、美しい蝶に女の生き様を当てはめた曲を作ろう、ということになって。「本当の愛を持っている人しか愛せない」という、女の強さみたいなものを表現してもらったんです。この曲では摩季さんの生き様と自分の思いが1つになりましたね。
──なるほど。
そんな感じで、今回は1曲ごとに異なるテーマを考えて構成していきました。檀れいさんの主演舞台「恋、燃ゆる。」の主題歌も手がけてくださった、石丸さち子さんと森大輔さんによる楽曲「Frontier」は、私の活動を振り返るような内容になっています。デビュー当時は私のような茶髪にピアスといった見た目の演歌歌手はいなくて、前例のない道を開拓していくような状況だったんです。デビュー曲「箱根八里の半次郎」がヒットして、ファンの方々、レコード会社や事務所の皆さんがいてくださったおかげで、自分なりの道を作ってくることができました。そういう原点、今まで自分が通ってきた道を振り返るような曲が「Frontier」ですね。
──歌詞も「新しい地図」と「破れた地図」、「新しい靴」と「壊れた靴」など対照となるアイテムが出てきて、思い出を大切にしつつ新たな一歩を進む、という思いが描かれていますね。
これまでの出来事を振り返りながらも、未来に向かってどんな自分になるか、ということですね。あとは、誰かの真似をしたり、同じことをするのではなく、自分の生き方や主張を持っている方はカッコいいですよね。そんな人についても触れています。やっぱり本音でしゃべれないと人生はつまらなくなるし、もったいない。1人ひとりがオープンになることで、自分自身の才能や魅力に気付けることが大事だと思います。
──自分自身の生き方を確立するには、やはり苦労や挫折もたくさん経験するかと思います。氷川さんは「悔しい」と感じた体験は多かったのでしょうか?
もちろん。いっぱい失敗しましたよ。でもそこから経験と実績を積み重ねていったので。自分を大事にすれば才能や個性が生きますし、いろんなことを言われたり叩かれたりしても耐えられるようになって、大きく成長できたんじゃないかと。20代や30代のときに人一倍悩んで、苦労してきたからこそ「Frontier」に説得力を持たせることができたんじゃないかなって思いますね。
自分自身が納得しないまま、人生を終わらせるわけにはいかない
──前作はすごくインパクトがありましたし、氷川さんの音楽について「演歌だけじゃないんだ」「こんな魅力があったんだ」と気付いたリスナーも多いと思います。発表後の反響を氷川さん自身はどう捉えていますか?
おかげでお客様の層が広がったし、私自身の視界もワイドになりました。これまで1カ所しか見えなかったけど、右と左の視界がバッと開けて、色とりどりの世界が見えるようになった感じ。人ってこれまで抱いていたイメージと異なるものを見せられると、「そのままでいてほしい」という固定観念が出てきちゃうんですよね。そこで薄皮をめくるように、私のパブリックイメージを10年近くかけて変えていった結果が「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」に結実したと思います。デビュー時からのイメージと私が本当に伝えたいイメージ、その両方をインプットし続けて、生まれ変わるための第一歩となったのがこのアルバムなんですよ。
──2017年に発表した「限界突破×サバイバー」も氷川さんのパブリックイメージを大きく変えるきっかけになったかと思います。先日放送されたTBS系音楽特番「音楽の日」でも、大量の花火をバックにこの曲のパフォーマンスを行っていて衝撃的でした。この派手な演出を背負える人は、そうそういないんじゃないかと。
やっぱり私は気が強いんですよね。負けん気の強さがあのパフォーマンスにうまく合致したのかもしれない。「花火に負けてたまるか!」「あの爆音に負けるか!」みたいな気持ちでしたから。あまりに花火の音が大きくて、もう歌詞がなんだかわからなくなっちゃいましたし(笑)。実はリハーサルのときは2、3発鳴ったくらいだったからすごく地味で、船に乗ってしっかりコスチュームも用意したのに……って思ったんですよ。でも本番になったらもう、えらくゴージャスで(笑)。
(スタッフ) 全部で700発用意しました。
そんなにあったの!? あとで番組を観てくれた人から「Kiiちゃん(※氷川の愛称)のところ、すごいお金かかってたね」って言われました(笑)。
──(笑)。「限界突破×サバイバー」が広く浸透したことによって、氷川さん自身もフットワークが軽くなった部分があるのでは?
ええ。やっと脱皮できた気がします。ここまで長く活動できた感謝の気持ちがある一方、30歳を過ぎたあたりから「自分自身が納得しないまま、人生を終わらせるわけにはいかない」「自分がやりたいことをやらなきゃ」と意識し始めたんです。「ドラゴンボール超」の主題歌である「限界突破×サバイバー」を発表できたことは、孫悟空が手を差し伸べてくれて「やるしかねえよな!」と言ってくれたような気がしました。
あなたはあなたでいい、“あなた”を伸ばしたい
──「限界突破×サバイバー」発表当初、ファンの方々の反応はどんな感じだったんでしょうか?
私のファンはご年配の方も多いので、これまでの演歌と真逆の楽曲に戸惑う方もいらっしゃるのではないかなと思いました。でも「Animelo Summer Live」に出演したとき、すごく盛り上がったんです。このライブがきっかけで新しい道筋が見えましたね。「もっと自分を出そう」と実感して、より柔軟に活動を行えるようになりました。衣装もどんどんエスカレートしちゃって、「紅白」でもすごく派手な衣装を着たいなって思っちゃったり(笑)。
──あの衣装は放送時、とても話題になりましたね。
最近はだんだん自信が付いてきて、賛否両論あったとしても「それはしょうがない」と考えるようになりましたね。逆に好きになってくれる人が増えるかもしれないし。そんなふうに自信と確信を持てたのは「限界突破×サバイバー」のおかげです。
──その自信をどんどんオープンにできたことも、「限界突破×サバイバー」が広まる要因になったと思います。ほかにはInstagramも、新たなファン層の話題を集めるきっかけになったんじゃないかと。
インスタは外国のタレントさんの投稿をよくチェックしていたから、自分でもやってみたくて。最初は事務所の方と「500人くらいフォローしてくれればいいな」「全然伸びなかったらやめよう」と話していました。でも、これまでの氷川きよし像にとらわれず、プライベートの自分を出したらどんどんフォロワーが増えて、テレビ番組でも取り上げられるようになって。ファッションがすごく好きだからハイブランドを着た写真とか、レディースを着たのとか、いっぱい投稿していますね。
──近年ではいわゆる男性らしさ、女性らしさを強要されることについて、多くの方が疑問を感じています。そこで氷川さんが積極的に「自分らしさ」について発言し、その姿に共感した多くの方がフォローしているのだと思います。
ありがたいですね。自己主張する人がいないからといって、その問題をなかったことにされてしまうのはどうかと感じていて。自分の考えを発言するのは悪いことではないのに、それを誰も教えていない気がするんです。個人の考えを尊重できないと、1人ひとりの命の尊さがわからなくなってしまう。そしてそれを知らない人が増えているから、他人を蔑む人が出てくるし、蔑む人自身も幸せになれない。「自分が理解できないからあの人はおかしい」という考え方は、その人だけでなく、ちゃんと教育しなかったことにも問題があると思います。それを変えていくには行動するしかない。だからこそ、私は音楽で変えていきたいんです。弁論じゃなく、音楽で説得したい。歌詞の1つひとつにその答えをつづっていきたかった。「You are you」を制作したのは、その思いを届けるためでもあります。
──氷川さんご自身の中で「これが正しいんだろうな」という旗印が見えたことも、「You are you」を制作するきっかけとなったのですね。
はい。この作品を聴いてくれた人が、そこまで感じ取ってくれたらいいなって。仕事でも、若い子たちが「自分は向いていないのかな」「ダメなのかな」って悩んでいたりしますよね。でも、あなたはあなたでいいよって。その“あなた”を伸ばしてあげたいんです。
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決して人間は強いわけではないし、完璧な人は1人もいないですから