あなたはあなたで大丈夫 氷川きよしの人間愛と哲学

決して人間は強いわけではないし、完璧な人は1人もいないですから

──アルバムの話に戻ると、今回は木根尚登さんが多くの楽曲に参加していますよね。

氷川きよし

木根さんには今回楽曲提供だけでなく制作にも参加していただきました。木根さんは誰に対しても優しいですし、それがメロディの1つひとつから伝わってくるんです。どの楽曲もすごく愛があって、考え方もすごく好きなので、「木根さん、ぜひ手伝ってもらえませんか」とご相談したら、引き受けてくださって。私にとっては木根さんと一緒に制作した作品、という思いが強いですね。

──木根さんとはこのアルバムのコンセプトについて、どんなお話をしました?

木根さんと話し合ったときは、回復力、しなやかさを意味する「レジリエンス」というワードが出てきました。やはりコロナ禍に入ってから、精神的につらい思いをされている方が多いですよね。決して人間は強いわけではないし、完璧な人は1人もいないですから。みんな未完成で戦っている、そんな中で苦難を乗り越えて生きていくことをテーマにしたいと話しました。

──各楽曲のコンセプトはどんな形で決めていったんでしょうか?

詳しく紹介していくと、「Jeanne d'Arc~聖女の微笑み~」はタイトル通りフランスの軍人、ジャンヌ・ダルクをテーマにしています。女性だけど男として生き、短命で亡くなった彼女の生涯をフィーチャーしたいなって。映画「ジャンヌ・ダルク」の冒頭、彼女は修道院のお姉さんが殺されたことで使命感や命について突き付けられ、「自分自身で変えなきゃ」と考えるようになるんですけど、その姿にすごく共感できて。デビューしたての頃、求められているイメージと向き合っていくのに苦労した時代を思い出しました。でも努力することで変わることができたし、自分で意識しないと変わらないと実感しましたね。そんな体験とジャンヌ・ダルクの生涯から「強く生きていきましょう」という思いを込めた応援歌です。

人生を振り返り、経験を凝縮したアルバム

氷川きよし

──「Labyrinth」は前作の収録曲「Papillon」「不思議の国」と同じく塩野雅さんが作詞および作曲を担当しています。

「Labyrinth」も自分の人生と重ね合わせた曲ですね。「これでいいのかな?」という迷いから抜け出せない様子を、迷宮に例えています。30代はまさにそのループから抜け出せなくなってしまって、このままでいいのか悩みましたね。雅さんは帰国子女で、ヨーロッパ的な思想やアイデアを持っていて、まさにイメージ通りの楽曲を作ってくださいました。この曲に限らず、制作をお願いするときはその方の個性が発揮できるよう心がけています。

──「小夜月」は人を愛するつらさを表現した「枯葉」と同じく、中村真悟さんが手がけたナンバーです。この曲では“別れ”をテーマに掲げていますね。

中村さんは悲劇的な内容の歌詞をよく作ってくださる方で。胸がえぐれそうなほど苦しい恋をうまく表現してくれて、すごかったですね。自分の琴線にものすごく触れました。苦しいしもう死にたい、でも力強さも垣間見える「小夜月」は、アルバム「You are you」のテーマにも合致しています。やっぱり誰かを好きになれないと、いい歌は歌えないんですよ。

──「紫のタンゴ」は「ボヘミアン・ラプソディ」の日本語訳も担当した湯川れい子さんが作詞しています。

湯川先生には長年よくしてもらっていて。「紫のタンゴ」はこれから先、何十年経っても歌えるような曲として書いてくださいました。最終的には人って、男だろうが女だろうが人間なんですよ。恋愛関係になっても、最終的には人として向き合うことになる。その人間哲学をこの曲で教わりました。

──「9月に逢いたい」「You are you」の2曲は氷川さんご自身が作詞された楽曲ですね。

「9月に逢いたい」は応援してくださるファンの皆さんに向けた曲ですね。9月は私の誕生月なので、そこと絡めて作詞しました。「You are you」は木根さんに作曲していただきましたし、ミュージックビデオも素敵な内容になりそうなので楽しみです(※インタビューは7月下旬に実施)。

──「生まれてきたら愛すればいい」はマンガ家で文筆家のヤマザキマリさんが初めて作詞した曲としても話題になりました。先日公開されたヤマザキさんのコメントでも、「生まれてきたら愛すればいい」という歌詞は「重い扉を解き放ち広い空へ向けて両手を広げているような、そんな氷川さんの声を思い浮かべていたら出てきた」と明かされていました。

マリさんの「テルマエ・ロマエ」は知っていましたし、以前から交友関係があったんですね。そこで「ぜひ詞を書いてみて」ってお願いしたら「いいですね、やりましょう!」とおっしゃってくれました。内容は私に会ったときのイメージを膨らませて、歌詞に反映したと教えてくれましたね。

──それから今作では木根さんの「RESET」、TM NETWORKの「SEVEN DAYS WAR」をカバーしていますが、この2曲を選ばれたきっかけは?

氷川きよし

「RESET」は私が普段考えていることにとても重なる歌詞で、多くの方の心にも響く曲だと思ったんです。とっても大好きな曲なので、私流のアレンジを加えてカバーさせていただきました。「SEVEN DAYS WAR」は「誰かと争いたいわけではなく、自分で自分を見つけたいだけ……」という歌詞なんですけど、初めて聴いたとき、10代の青春が今訪れたような気持ちになって。当時はおとなしい子だったから、なかなか自分の言いたいことが言えなかったんです。この曲でようやく叫べた気がするんですよね。

──そして先ほどご紹介いただいた「Glamorous Butterfly」を挟み、最後の「I Don't Wanna Lie」は布袋寅泰さんのコラボレーションアルバム「Soul to Soul」にも収録された1曲になります。「Soul to Soul」は“音楽で世界を繋ぐ”というテーマを掲げていることもあり、「You are you」にも通じるものを感じました。

1曲目から12曲目まで統一感を持たせつつ、いろんな方の琴線に触れるアルバムになったと思います。私の人生を振り返り、経験したことを1つの作品にできました。音楽はそれぞれ聴いてくださる方の人生、生活に欠かせないものだと思いますので、老若男女、さまざまな場面で聴いてもらえたらうれしいですね。

自分の中の確信や哲学がブレなければ大丈夫

──氷川さんはアルバム「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」の収録曲「Never give up」から作詞に挑戦していますが、作詞家に書いてもらった歌詞と自分で書いた歌詞で違いはありますか?

全然違いますね。レコーディングでも、自分の詞だと嘘偽りのない思い出を歌っているから、のめり込んじゃうんですよ。でもイメージ通り歌詞に落とし込むのは難しいから、作詞家さんはすごいなって思います。下手くそでもいいから、常日頃から書き続けたいですね。

──ここからさらに作詞に力を入れていく?

ええ。その熱い思いが世間に認知されたらうれしいんですが、生きている間にそこまでたどり着けるかな……。

──「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」「You are you」と2つのポップスアルバムを発表した今、さらに目指したいことはありますか?

到達点や目標を定める必要はないと思っています。死ぬまでやっていくだけですね。ちゃんと自分の中に確信や哲学があるから、そこがブレなければ大丈夫かなと。あとは海外でもぜひ活動してみたいです。

氷川きよし
氷川きよし(ヒカワキヨシ)
氷川きよし
9月6日生まれ、福岡県出身。2000年に日本コロムビア創立90周年記念アーティストとして「箱根八里の半次郎」でデビュー。「大井追っかけ音次郎」「きよしのズンドコ節」「一剣」「ときめきのルンバ」など数々のヒット曲を発表し、デビュー年から連続21回にわたって「NHK紅白歌合戦」に出演している。2017年にアニメ「ドラゴンボール超」のオープニングテーマ「限界突破×サバイバー」発表後は演歌以外の音楽ジャンルも本格的に手がけ、2020年6月には自身初のポップスアルバム「Papillon(パピヨン)-ボヘミアン・ラプソディ-」をリリース。翌2021年8月には2枚目のポップスアルバム「You are you」を発売する。