音楽ナタリー Power Push - 「ハイレゾ音源大賞」特集 いとうせいこう×ハイレゾ音源配信サイト運営陣 座談会

今こそ「1人」というぜいたくを

アマゾンの交響楽と黒魔術

いとう いろいろ言ったけど、「これはできるはず」とか「そういうタイトルはある」とか、今日はそのあたりも教えてほしいですね。

祐成秀信(e-onkyo music)

祐成 先ほどせいこうさんがおっしゃっていた「誰もいないところにマイクを置いて、その場所で鳴っている音を録る」というアイデアに近い作品は、2011年にe-onkyo musicでオノセイゲンさんが発表されていて(「Amazon Forest Evening」)。この作品はアマゾンの奥地にDSDレコーダーを持ち込んで、一晩かけて録音したものなんです。少しずつ早送りして聴いてみると、鳥や虫の鳴き声がどんどん変化していって面白いですよ。

いとう へえー、もう交響楽の域だ! さすがセイゲンさん、孤立してますね(笑)。でも、映像と組めばシリーズ化できる気もするな。

遠藤 昨年リリースされた芸能山城組のハイレゾ音源「交響組曲 AKIRA 2016」にも、実はうっすらとアマゾンの密林で録音された超高周波音が乗っているんです。単体だと人間の耳にはほとんど聞こえないような音なのに、それを加えることによって元の音源よりもさらにリラックス効果が高まるとか。

いとう なるほどね。そこまでいくともはや黒魔術だよね(笑)。でも面白いなあ。そういうところにハイレゾの可能性がある気がする。俺はもう少しポップな方向に持っていきたいけど(笑)。

祐成 ハイレゾに対して早くから理解を示されていた1人が小室哲哉さんで。今でこそ各サイトのラインナップも充実していますが、e-onkyo musicが立ち上がった当初はアーティストのスタジオマスター音源なんて門外不出だという考え方が一般的だったんです。そんな中、当サイトで最初に配信を行ったのは小室さん率いるglobeなんですよ。

飯田仁一郎(OTOTOY)

飯田 小室さんは自身のスタジオで鳴っている音とCDの音の差異について、ずっと言及されていましたよね。

いとう なるほどね。確かに一生懸命ミックスしたあとで、CDを聴いてがっかりするっていう気持ちはわかりますね。

ハイレゾは「体験」のゾーンにある

いとう 今回ハイレゾ音源を聴いてみて、演劇のジャンルにも相性がいいのかもしれないと思って。芝居って空間が大切だから、ハイレゾだとそういう臨場感がすごくリアルに再現できる気がする。いずれにせよ、ハイレゾは音楽の分野だけではない未知のポテンシャルを持ってるんじゃないかと感じましたね。

実川 その通りだと思います。ハイレゾにしろVRにしろ、それぞれのフィールドで開発はどんどん進んでいて。まだハイレゾが成せる技やその役割って、ほんの一部しか垣間見れていないんだろうなと。

いとう 単純に音がいいってことだけじゃなくて、もう「体験」のゾーンに入っているってことですよね。若い人たちにも「ハイレゾじゃなきゃつまんねえな」と思わせるためのコピーというか、打ち出し方さえ整えばいい気がする。その魅力を伝える1つの方法として「ハイレゾ音源大賞」をやっているわけでしょう?

実川聡(レコチョク)

実川 ええ。「ハイレゾ音源大賞」の大賞候補作品はその月にリリースされたすべてのハイレゾ作品なので、邦楽も洋楽もあれば、新譜もカタログ曲もあるんですね。それゆえ選考に苦労することもあるんですが(笑)、幅広い作品の中からリスナーが興味を持つ1枚が見つかれば、それをきっかけにハイレゾと出会ってくれればいいなと思っています。

飯田 YouTubeやストリーミング配信サービスで音楽を聴いている若いリスナーには、音楽を「買わない」スタイルが根付いてきていると思うんです。そんな中で、ハイレゾは我々の抵抗の1つの形というか。

いとう 「YouTubeだけでは聴こえない音がいっぱいあるよ」ってことだよね。ちょっと話はずれるけど、YouTubeって何万回とか再生数が出るじゃないですか。あれってしょうがないことなんだけど、俺は消費してる感じがしてがっかりしちゃうんだよね。「みんなも聴いてるんだ。じゃあ俺が聴かなくてもいいか」って、大事じゃなくなっていくというか。ハイレゾにはレコードを聴いていたときのような、数字には還元できない豊かさみたいなものがあると感じた。「自分だけが一人占めしてる」感覚というかさ。忘れがちじゃないですか、「この瞬間、Suchmosの演奏を自分だけが聴いてる!」みたいな気持ちって(笑)。

蔦壁 そうですね。「豊かさ」という点でいうと、今って楽曲にしても歌詞にしても「広く浅く」がとにかくウケない時代になっていると思っていて。「好き」とか「愛してる」という言葉がもう、リスナーに刺さらなくなっているんですよね。

いとう そうだよね。やっぱり宇多田ヒカルもRADWIMPSも、「その言葉遣いすげえな!」って驚かせる歌詞だと思う。奥深さや豊かな情報性を持った作品と、それらと向き合う1人だけの時間。これこそリッチと呼ぶべきなのかもしれない。少なくとも俺はそういうタッチのものを体験したいと思いますね。やっぱり「Alone」シリーズいいな(笑)。今こそ「Leave me alone」ですよ。

いとうせいこう考案の「Alone」をテーマに、物思いにふける面々。
ハイレゾ音源大賞
ハイレゾ音源配信サイト「e-onkyo music」、「mora ~WALKMAN®公式ミュージックストア~」、「OTOTOY」、「VICTOR STUDIO HD-Music.」の5サイトが、その月にリリースされたハイレゾ音源の中から1作品を推薦。毎月変わるセレクターが最も印象的だった作品を「ハイレゾ音源大賞」に選定する。
いとうせいこうが選んだ2017年1月度の1枚はこちら
いとうせいこう

1961年3月19日生まれ、東京都出身。早稲田大学在学中からピン芸人としての活動を始動し、出版社の編集を経て、音楽や舞台、テレビなどの分野で活躍。1988年には小説「ノーライフキング」を発表。その後も執筆活動を続ける一方で、宮沢章夫、竹中直人、シティボーイズらと数多くの舞台・ライブをこなす。2009年7月、□□□に正式メンバーとして加入。2016年9月にはTINNIE PUNXとの連名で発表したアルバム「建設的」が30年の時を経て再発され話題を呼んだ。2017年2月18日より、みうらじゅんとのトークイベント「ザ・スライドショー」の模様を収めた記録映画「みうらじゅん&いとうせいこう 20th anniversary ザ・スライドショーがやってくる!『レジェンド仲良し』の秘密」が公開される。