ギリシャラブ|故郷への思いから、“形なきものの恐怖”を描き出す

ギリシャラブの2枚目のフルアルバム「悪夢へようこそ!」が4月3日にリリースされた。

昨年1月に志磨遼平(ドレスコーズ)が監修するレーベル・JESUS RECORDSに所属し、5曲入りCD「(冬の)路上」を発表したギリシャラブ。同作発売後は自主企画「ギリシャより愛をこめて」をはじめ、拠点である京都以外でのライブ活動を積極的に展開してきた。そしてJESUS RECORDS所属後、2枚目の作品となる2ndフルアルバム「悪夢へようこそ!」が完成。音楽ナタリーではバンマスを務める天川悠雅(Vo)を迎え、本作のコンセプトや彼の書きつづる歌詞、今後の活動について話を聞いた。

取材・文 / 高橋拓也

新編成の結束力を高めた「(冬の)路上」

──前作「(冬の)路上」は志磨遼平さんが監修するレーベル・JESUS RECORDSからのリリースとなりました。この作品のレコーディングを経て、バンド内で何か変化はありましたか。

「(冬の)路上」はもっと早く制作する予定だったんですが、ベーシストの埜口(敏博)が亡くなったことやバンドの体制が大きく変わったこともあって、レコーディング自体やるかやらないか悩んでいたんです。でもこの作品を作ったことによって、メンバーのみんなとの結束力が高まったので、結果的によかったと思います。

──「(冬の)路上」は新体制になってからあまり時間が経っていない中、制作に踏み切ったと当時お話ししていましたね。

「もっと新体制になじんでから作ったほうがいいんじゃないか」という考えもあったんです。それで志磨さんにも相談してみたら「作ったほうがいいよ」と背中を押してくれて、僕らも思い切ることができたんです。

──紆余曲折を経て完成した「(冬の)路上」の反応はいかがでしたか?

演奏面では「イッツ・オンリー・ア・ジョーク」(2017年発表の1stフルアルバム)の頃に比べて、「すごくグルーヴィになった」といろんな人に言われましたね。「イッツ・オンリー・ア・ジョーク」は大学の軽音サークルの部室を借りてレコーディングしたので、いわゆる自主制作的な質感の作品だったんです。「(冬の)路上」は志磨さんが紹介してくれたスタジオで制作したこともあって、もっと洗練されたサウンドに仕上げることができました。

──「(冬の)路上」発表後はレコ発企画のほか、昨年6月と今年1月に自主企画「ギリシャより愛をこめて」を開催したりと、ライブ活動も活発化しました。ステージパフォーマンスについても、変わった部分はあったのではないでしょうか。

去年からお客さんの数がすごく多くなったこともあって、ただ自分が作った音楽を演奏する、という感じはなくなりました。それもお客さんの顔色を伺うんじゃなく、自然と一緒に楽しむことができるようになってきて。メンバーも最近「ライブが楽しくなってきた」と言ってましたね。

──以前は緊張感が強かった?

緊張感というよりはもっと閉鎖的な感じ。僕自身あまりライブを観に行ったことがなかったので、そこまで重要なものだと思っていなかったんです。レコーディングもライブも演奏するのは一緒で、単に観客がいるかいないか、ぐらいの違いとしか認識していなくて。その意識がこの1年ですごく変わりました。

──今年1月に行われた企画「ギリシャより愛をこめて Vol.4」の東京公演は1stアルバム「イッツ・オンリー・ア・ジョーク」収録曲のほぼすべてを披露するものとなりました(参照:1.19「ギリシャより愛をこめて Vol.4」について(セットリスト(仮)を公開します)|天川|note)。なぜこのタイミングで「イッツ・オンリー・ア・ジョーク」収録曲中心のライブを行おうと思ったのでしょうか?

1つには去年の12月に「イッツ・オンリー・ア・ジョーク」の配信がスタートしたことがあります。あと、あのアルバムは今でも反響があるんですけど、ライブでは一度も披露していなかった曲もけっこうあって、お客さんに「ライブでやらないんですか?」と聞かれることが多かったんです。それを試してみたかったのがもう1つの理由ですね。

天川悠雅(Vo)

理想のサウンドは波形で追究

──「(冬の)路上」は志磨さんと共に都内のスタジオで制作されたそうですが、2ndアルバム「悪夢へようこそ!」はバンド初の音源「商品」(2015年発表の5曲入りCD)と同じく、京都・music studio SIMPOでレコーディングが行われました。東京には一度も行かず、京都のみで制作したそうですね。

実は「商品」のクオリティについて、自分たちでは納得していないところがあって。もちろんスタジオの設備やエンジニアリングではなくて、当時の自分たちの技術が追いついていなかったのが心残りだったんです。もともとギリシャラブは「商品」の制作をきっかけに活動をスタートしたバンドなので、4年経って、信頼できるメンバーが集まった今、改めて同じスタジオで制作してみたくなったんです。

──「イッツ・オンリー・ア・ジョーク」、「(冬の)路上」ではそれぞれ異なるスタジオが使用されましたが、これまでの作品制作を経て変わった部分はありましたか?

「(冬の)路上」は初めて東京に出てきて、初対面の人たちと制作する状況だったので緊張感があったんです。対して「悪夢へようこそ!」はすごくリラックスしながら制作できました。music studio SIMPOには小泉(大輔)さんという長年付き合いのあるエンジニアがいるんですけど、彼が今作でも関わってくれたことが大きいと思います。小泉さんは最初に僕たちの音楽性を評価してくれて、「商品」も彼が新しいレーベルを発足するとき、「なんか作品出してよ!」と誘ってくれたことが制作のきっかけになったんです。

──今回のレコーディングには志磨さんは参加されましたか?

制作に入る前、曲作りの段階でいろいろ相談に乗ってくれました。レコーディング自体には参加せず、「自由にやりなよ」と言ってくれました。

──天川さんはアルバム「悪夢へようこそ!」について、“形のないものに対する恐怖”が感じられる作品になったとコメントしていました(参照:ギリシャラブ、“空洞”を歌った2ndアルバム「悪夢へようこそ!」発売)。このようなコンセプトはアルバム制作前から決まっていたのでしょうか?

具体的なコンセプトは作りながら固まっていきました。例えば自分自身の思想や精神的な事柄って、それについて語るよりも、行動やふるまいからにじみ出てくることがありますよね。僕は音楽も同じだと思っていて。今ギリシャラブで表現したい歌詞やサウンドを盛り込んでいくうち、“形のないものに対する恐怖”を表したアルバムになったんです。

──前作「(冬の)路上」は作品全体を通して音が厚く、ダイナミックなアレンジが施された中、どの部分でどのパートを際立たせるか考えて構築された作品になっていました。一方「悪夢へようこそ!」は音数を減らしつつも、要所要所で特定の楽器の音色が強調されるよう、巧みに計算された作風となっています。

まさにそんな音作りを目指しましたね。今回ミックスでは自分たちの楽曲と、よく参考にしている海外のバンドの曲をDAWに取り込んで、波形を取り出したんです。それを見比べて、空間や隙間を生かしたサウンドにできるよう調節しました。

──ちなみに参考にした楽曲は?

いろいろ使いましたが、Deerhunterの「Breaker」(※2015年発表のアルバム「Fading Frontier」収録曲)は特に参考にしました。

──演奏方法やサウンドではなく、波形を参考にするというアイデアは面白いですね。

とは言っても、音のバランスを調節したのは小泉さんですけどね(笑)。けれど自分たちも、「こういう波形だとこういう音になる」っていうのは把握しておきたかったんです。

──皆さんは楽曲を制作する際、最初は音数を多めにして徐々に減らしていくのか、初めから少ない音数で仕上げるのか、どちらの手法を取っているんでしょうか?

最初は音数が多くなることがほとんどですね。なのでメンバーと一緒に行うアレンジは音を抜いていく作業が大半かもしれません。

折衷みたいなことはやりたくない

──「悪夢へようこそ!」はミニマルなリズムパターンが特徴的な「空洞について」、シンセの音色を前面に押し出した「愛の季節」、天川さんのボーカルがラップスタイルとなっている「おれは死体」「イントロダクション(Reprise)」など、新たなアプローチが多く盛り込まれた作品になっています。

サウンドについては、今回から取坂(直人 / G, Syn)がNordのシンセサイザーを使うようになったことが大きいですね。取坂は今回のアルバムに収録されている10曲中、8曲はギターを使わず、シンセだけ弾いてるんです。ラップスタイルのボーカルもずっとやってみたくて、今回のレコーディングで感触はつかめた気がします。ロック以外のジャンルの音楽性を試してみたい欲求は常にあるんですけど、技術的に難しい部分もあって。そのせめぎ合いは結成時からずっとありますね。

──そんな中でもギリシャラブらしさを担う、隙間を生かしたサウンドはしっかりと残されているように感じました。志磨さんがコメント内に挙げていたフレンチエレクトロ、ディスコポップなどの要素をギリシャラブ流に解釈したというか。

むしろ当てはめるしかなかった、ってところはあったかも(笑)。「おれは死体」はもっとトラップみたいなこともやろうと思ったんですけど、ドラムを打ち込みにしたくなかったし、そもそも打ち込みだけだったら僕1人でやればいいわけですからね。それから「イントロダクション(Reprise)」はDeerhunterっぽい曲調にヒップホップやR&B風のリーディングを乗せるイメージだったんです。でもロックとヒップホップの折衷みたいなことはやりたくなかった。結果的にギリシャラブがこの手法を試してみたら、ただの折衷にはならない、このバンドらしい曲になったと思います。