古内東子×宮川純インタビュー|2人が明かす“贅沢なレコーディング”の裏側

古内東子のアルバム「Long Story Short」がリリースされた。

本作は古内にとって2年ぶりとなるアルバムで、彼女の代表曲「誰より好きなのに」も手がけた小松秀行が全曲のアレンジを担当。レコーディングには小松のほか、佐野康夫(Dr)、FUYU(Dr)、平陸(Dr)、中西康晴(Piano)、松本圭司(Piano)、宮川純(Piano)、石成正人(G)、吉田サトシ(G)、植田浩二(G)をはじめとした豪華ミュージシャンが参加している。

本作の発売を記念して、音楽ナタリーは古内と、レコーディングに参加したピアニストの1人である宮川にインタビュー。お互いの出会いから、レコーディングを通して感じたそれぞれのミュージシャンとしての魅力まで語ってもらった。

取材・文 / 村尾泰郎撮影 / 笹原清明

アコピすごい!

──まず、お二人の出会いから伺いたいのですが、古内さんは新作をリリースする前に宮川さんと一緒にライブをやられていましたね。どういう経緯で宮川さんに声をかけたのでしょうか?

古内東子 何年も前から活躍ぶりは噂に聞いていて、気になっていたんです。そんな中で身近に感じるようになったのが、ベーシストの山本連くんと一緒にライブをやるようになってからでした。

宮川純 僕が連くんやギタリストの小川翔くんとLAGHEADSというバンドをやっているんです。自分以外のメンバー全員が東子さんのライブに参加していて、僕だけ参加したことがなかったんですよね。

左から古内東子、宮川純。

左から古内東子、宮川純。

古内 それで4、5年前かな。まだコロナの影響があった頃に、1人でライブに行こうと思ったことがあって。何かよさそうなライブがないかな、と探して見つけたのが、六本木のAlfieというクラブでの公演でした。若手のジャズミュージシャンが参加していて、そこに純くんも出ていたんです。それまで、純くんはシンセやローズを弾いている印象が強かったけど、この日はアコースティックピアノを弾いていて、「アコピすごい!」と驚いて純くんの印象が変わりました。その出会いは大きかったですね。ちょうど純くんの真後ろの席に座って観ていて。

宮川 そのことをあとから聞きましたけど、ライブのときに知らなくてよかったですよ。知ってたら緊張してたと思う。

古内 当時、私は「体温、鼓動」というピアノトリオのアルバムを作っていたんです。そのレコーディングで、純くんのライブに行ったことを話したら、参加していたピアニストの方に「なんでこのアルバムに純は入ってないの?」と言われて(笑)。

宮川 それ、たぶん森(俊之)さんですよね? 僕も森さんに会ったときに「なんであのアルバムに参加してなかったんだ?」って言われました(笑)。でも、その頃は古内さんとはまだ、ちゃんと知り合ってなかったので。

──なるほど。ライブを観たことをきっかけに、古内さんは宮川さんに声をかけた?

古内 そうです。私はピアノとのデュオとかトリオとか、小編成でライブをやることがあって、そういった公演が決まったときに声をかけさせていただきました。純くんが普段やっているようなタイプの曲とは違うけど、そこをあえてお願いするのが面白いと思って。でも、純くんは曲のストーリーをちゃんと理解してくれて、私に合わせてくれながらも曲に新しい風を吹き込んでくれた。頼んでよかったと思いました。それに小編成のライブだと、相手のこともよくわかるんですよね。

古内東子

古内東子

宮川 僕はライブを通じて東子さんの曲の魅力をダイレクトに堪能させてもらいました。とにかく、どの曲も完成度がすごいんですよ。それに東子さんの弾き語りのピアノが素晴らしくて。

古内 そんなこと言ってくれるのは純くんだけですよ(笑)。

宮川 みんなそう感じているけど、口に出していないだけだと思いますよ。歌とピアノが完全にリンクしていて、歌の呼吸にピアノが寄り添っている。特に東子さんのピアノから出るリズムがめちゃくちゃタイトで。僕は弾き語りのシンガーのサイドをやらせてもらうことも多いんですけど、弾き語りのシンガーが弾く鍵盤のリズムにこんなに安心感を感じたことはないです。

古内 うれしいです。リズムがいい、と言われるのはすごく好きなので(笑)。でも、それは純くんがいるから意識しているところもあります。1人で弾き語りをするときはぐちゃぐちゃだから。

宮川 そんなことはないと思いますよ。東子さんがプレイヤーとして素晴らしいからこそ、ライブやレコーディングにも演奏技術の高いミュージシャンを呼べるんだと思います。東子さんは楽器を演奏する人の視線を持っているんですよね。

宮川純

宮川純

初めて東子さんの曲の全貌がつかめました

──古内さんは新作の準備をしているとき、早い段階で宮川さんの起用を考えていたのでしょうか?

古内 はい。今回、アルバムのアレンジを小松秀行さんにお願いしたのですが、ライブで小松さんと純くんと一緒にやったことがあったんです。あのとき、純くんと小松さんは初共演だったんだよね?

宮川 はい。ドラムを入れた編成で、小松さんはベースを弾いていて。あのとき、初めてドラム入りの編成で東子さんと一緒にやったんですけど、リズムセクションが入ったことで僕は初めて東子さんの曲の全貌がつかめました。

古内 そのライブのリハーサルのときに小松さんの様子を見ていて、純くんのことを気に入っているのがわかったんです。その頃、私は小松さんと新作の話を始めていたんですけど、本番が終わったあと、小松さんに「純くん、どうかな?」と言ったら「いいと思う」って即答でした。

宮川 話をいただいて本当にうれしかったです。(同じくアルバムに参加したピアニストの)中西(康晴)さんや(松本)圭司さんと名前が並ぶというのはすごいプレッシャーでしたけど。

──その頃、古内さんの頭の中で新作のサウンドのイメージはできあがっていたのでしょうか?

古内 小松さんに全曲のアレンジをお願いする、ということは考えていました。小松さんは、最近バンドにベースとして参加してもらって、そこからひさしぶりにまた一緒にやるようになったんです。小松さんには最初の段階で、ホーンを入れたアレンジにしてほしいということを伝えました。

古内東子

古内東子

──アルバムにはさまざまなミュージシャンが参加していますが、宮川さんとのレコーディングはどんなふうに進めていったのでしょうか?

古内 皆さんのスケジュールを調整した結果、純くんにはレコーディングの初日に参加してもらうことになったんです。その日参加したほかのメンバーは、ドラムのFUYUさんとギターの吉田サトシくんで、この組み合わせがすごくよくて。

宮川 僕は名古屋から上京して15年くらい経つんですけど、上京した当時からFUYUさんとサトシさんにはお世話になっていて。2人は自分にとってお兄ちゃんみたいな存在なんです。それを知ってて、この組み合わせにしてくれたのかなと思っていたけど、たまたまだったんですね。

古内 そう、スケジュールを合わせたらこうなったの。

宮川 FUYUさん、サトシさんと、「この3人でよかったね」って言ってたんですよ。リラックスしてやれるから。

古内 それで「このメンツでやるならどの曲がいいかな」と考えて「ラジオ」「予感」「No Coffee Day」を選びました。

コード進行だけで成り立つストーリー

──「ラジオ」はアルバムのオープニング曲ですが、宮川さんは曲を演奏してどんな感想を持たれましたか?

宮川 東子さんの曲はデモのディテール通りに弾かないと鳴りが悪くなっちゃう部分がけっこう多いんですけど、この曲は特にそうでした。東子さんの曲はデモの段階で根幹がしっかりできていますよね。

宮川純

宮川純

──デモはしっかり作り込むほうなんですか?

古内 そうですね。まずピアノを入れて、ドラム、ベース、キーボードと打ち込んでいくんですけど、それぞれの楽器がどういう感じで鳴っているのか、そのだいたいのイメージはあります。なんならコーラスも決まっていて、アレンジャーの方にデモを広げてもらうというよりは、自分がイメージした路線で進めてもらう。デモを聴いたらアレンジャーもミュージシャンも「こうしたいんだな」というのがわかるんじゃないかと思います。でも、アーティストによっては「ご自由に弾いてください」という方もいるでしょ?

宮川 いますね。でも、東子さんの曲はデモ通りに弾かないと曲が成立しないんですよ。だからアレンジは必要最低限でよくて、ホーンやシンセも必要な場所に必要な分量しか入っていない。ずっと聞きたかったんですけど、東子さんは曲を書くとき、メロディとコード進行、どっちを先に考えるんですか?

古内 コード進行かな。メロディが先というのは絶対ないです。で、歌詞が最後。

宮川 やっぱりそうなんですね。東子さんの曲って、コード進行だけでストーリーが成り立ってるんですよ。ジャズスタンダードもそうですけど、コード進行がしっかりしているから、そこにメロディを乗せるだけで曲が成立する。アレンジで強弱を付けなくても曲に起承転結があるというか。最近、そういうふうに曲を書く人が少なくなっていて、K-POPとかTikTokで流行っている曲はコード進行がワンループだったりする。音色やリズムを劇的に変えることで曲を成り立たせるというやり方が主流になってきていますよね。でも東子さんは真逆で。ワンループの気持ちよさも確かにあるけど、AORやシティポップは曲に大きなストーリーがあるのが魅力だと思うんです。