古内東子×横山剣(クレイジーケンバンド)対談|相思相愛な2人が語り合う、新作「体温、鼓動」と曲作りの秘訣

2022年にデビュー30周年イヤーに入り、2月21日に通算19作目のアルバム「体温、鼓動」をリリースした古内東子。彼女と縁のある6人のピアノの名手を起用し、ピアノトリオ編成で録音した新作には、デビュー曲「はやくいそいで」の最新バージョンも収録されている。

ナタリーでは、ニューアルバムのリリースとアニバーサリーイヤーの幕開けを記念して、デビュー時から定評がある珠玉のラブソングにますます磨きをかけた古内と、かねてより彼女の大ファンを公言していた横山剣(クレイジーケンバンド)の対談を企画。2人の出会いから曲作りの秘訣までを語り合う濃密な対談をお届けする。

取材・文 / 佐野郷子撮影 / 須田卓馬

ピアノをフィーチャーした「体温、鼓動」

横山剣 まずは、30周年おめでとうございます。

古内東子 ありがとうございます。

──古内さんは、1993年2月21日に「はやくいそいで」でデビューされて、今年の2月で30周年イヤーに突入しました。

古内 はい。剣さんも昨年デビュー40周年を迎えたんですよね。

横山 僕は1981年にデビューしてから40年が経ちました。クールスR.C.という不良のバンドだったんですけどね(笑)。

──古内さんはデビュー30周年プロジェクトの第1弾としてアルバム「体温、鼓動」をリリースされました。

横山 毎日のように聴いていますが、素晴らしいですね。タイトルもまた、古内さんらしくて。

古内 今回はピアノをフィーチャーしたアルバムにしようと思って、ベースとドラムスを入れたピアノトリオでレコーディングしたんです。

横山 しかも、1曲ごとにピアニストが違うというのがぜいたくですね。古内さんも1曲ピアノを弾いていて。

古内 そうなんです。初めて自分でも弾いてみました。この30年を振り返って、今までの私とゆかりのある6人のピアニストの方と共演したんですが、それぞれ個性が異なるピアニストと私の曲の組み合わせが聴きどころですね。

横山 ピアノトリオによって、よりボーカルとメロディが際立つ構成になっていますね。僕好みのコード進行と、歌詞がまたグッとくる。

古内 ありがとうございます。ピアノはどの曲も同じスタジオの同じピアノで録ったんですが、皆さん、タッチも音も違うんですよね。ピアノトリオのシンプルな編成でもすごく豊かで濃密で……。

横山 大所帯のクレイジーケンバンドとは真逆です(笑)。古内さんのデビュー曲「はやくいそいで」も改めて名曲だなと思いました。

古内 30周年記念版としてピアノトリオバージョンで新録したんですが、思えば1stアルバム「SLOW DOWN」の曲は、高校時代に作った曲ばかりなんです。

横山 高校生であの曲のクオリティはすごいですね!

疑似恋愛をしている感覚

──剣さんが、古内東子さんの存在を初めて認識したのはいつ頃ですか?

横山 僕は90年代の頭は、バンド活動は遊びに留め、作曲家としてやっていこうと思っていて、神崎まきさんという女性シンガーの方に楽曲提供をしていたんです。その縁で知り合ったソニー・ミュージックのディレクターの方が「絶対好きだと思う」と勧めてくれたのが古内さんで。聴いてみたら、まさに僕の好きなタイプの曲ばかり! 僕はアルバムでいうと「Hug」(1994年発売)から入って、「もっと」や「Lighter」も大好きなんですが、極めつきが「Peach Melba」でしたね。曲の構成やコード進行はもちろん、古内さんの艶のある声や独特の“古内節”にぞっこんになりました。それから一方的に、片思い(笑)。

古内 うれしいです。

横山 歌詞がまたセクシーで、いい意味で生々しいんですよね。聴いていると、男が勘違いしちゃうというか、自分と疑似恋愛しているような気になってしまうんです。

横山剣

横山剣

古内 そういうふうに言っていただくと照れますね(笑)。初めてちゃんとお会いしたのは、雑誌での対談でしたよね。

横山 「BARFOUT!」での対談でしたね。そのとき、冗談半分で「“ケンちゃんトコちゃん”というデュオを結成しよう」なんて話になったり。

古内 あれは、クレイジーケンバンドが「777」というアルバムを出した頃でしたね。

横山 ということは、2003年ですね。

古内 あっ、でも、その前に青山のCAYで……。

横山 そうだ! 2001年くらいにCAYで開催されていたイベント「LATIN HARLEM」で競演したことがありましたね。そのとき、僕のリクエストで「Peach Melba」を歌ってくれたことは忘れられない。

古内 あれは今思い出しても夢のような出来事でした。

横山 The Isley Brothersの「Between The Sheets」をラテンアレンジでカバーした歌もシビれました。

古内 なぜ私がその深夜のクラブイベントに出ることになったのかは覚えていないんですが、すごく楽しかった記憶は鮮明に残っています。

横山 野郎どもはもうあのセクシーな歌姫・古内東子さんが出るというだけで盛り上がっていて、僕なんて声もかけられなかった(笑)。

──古内さんがクレイジーケンバンドを知ったのはいつ頃ですか?

古内 たぶん、その頃ですね。剣さんの曲のよさもさることながら、ライブを拝見して、唯一無二の類い稀なる存在だと思いました。

横山 何がうれしかったって、古内さんがライブで、CKBの「クリスマスなんて大嫌い!! なんちゃって♥」をカバーしてくれたんですよ。

古内 大好きなんです、あの曲。クリスマスシーズンのライブだったので、歌わせていただきました。

横山 ライブを観に行った知り合いに聞いて、なんで自分はそこにいなかったんだろうって地団駄踏みましたよ。

左から古内東子、横山剣。

左から古内東子、横山剣。

メロディから出てきた言葉を翻訳する作業

古内 CKBにも素敵な曲がたくさんありますが、剣さんは鍵盤で曲を作るんですか?

横山 そうですね。ギターで作ることはまずないです。僕の場合は、ドライブ中にメロディが浮かぶことが多いですね。古内さんはDX7で曲を作ると聞いたことがありますが?

古内 最初の頃はそうでしたね。私はキーボードで作る曲のほうが好きなんです。

横山 わかります。同じメロディでもテンションが入ることで違う響きになるし、琴線に触れるんですよね。古内さんの曲は僕の好きなコードのオンパレードなので、けっこう盗ませてもらいました(笑)。僕はレコードを聴いているうちに和音の構成がなんとなくわかったんですけど、譜面の読み書きができないから、コードに「夕焼け」とか「夜明け」とか自分で名前を付けていたんです。それがのちにメジャーセブンスだと判明したり。

古内 へえー! それでああいうメロディになるのが素晴らしいですね。

横山 僕はR&Bやソウルでも、甘い、メロウな曲が好きなんです。古内さんの音楽にもそんなAOR的な要素がありますが、歌詞に熱量があるから聴き流すことができないんですよ。

古内 歌詞はデビューすることになってから書くようになったんですが、メロディと歌詞を組み合わせる作業がだんだん楽しくなってきて。曲を聴いて、何を歌っているのかわかるような言葉を選ぶように心がけてきましたね。

横山 それ、大事ですよね。

古内 私はハミングで適当な英語を付けたりすることが苦手なんです。だから、最初からメロディにちゃんと歌詞を付けて、完成させていくタイプですね。

古内東子

古内東子

横山 メロディと言葉が同時に出てきちゃうことってありますよね。「タイガー&ドラゴン」の「俺の話を聞け!」はまさにそうでした。思い付いたら、ほかの言葉に置き換えられない。そういう言霊ってありますね。

古内 わかります。その言葉から、世界を広げていくんですよね。メロディが言葉を呼ぶというか。

横山 そう! メロディから伝わる意志を翻訳するような感じですね。だから古内さんの曲はメロディと言葉に一体感があるんですね。しかも、それがグルーヴやリズムを損なわない。

古内 剣さんは、それをどうやってバンドのサウンドにしていくんですか?

横山 僕はデモの段階で、テンポもアレンジもある程度作り込んでいきますね。それをバンドで置き換えてみて、つまんなかった場合はさらに練っていく。打ち込みはメンバーの音をサンプリングして、クエストラブみたいな音色にしようとかいろいろ試して。

古内 理想とする完成形が剣さんの頭の中にはあるんですね。私もそうかもしれない。

横山 「体温、鼓動」を聴くと、古内さんがプレイヤーの方をすごく信頼されているのがわかります。

古内 そうですね。ベースの小松秀行さんはひさしぶりだったんですが、去年、何本かライブでご一緒して、その流れでアルバムにも参加していただきました。プレイヤーの方の信頼感は、私のようなソロの場合すごく大切なんです。