バンドに対する気持ちも重なった「のびやかに地獄へ」
──新しさでいうと、今回から録音とミックスを渡辺省二郎さんが担当しています。これまではトヨシさんがエンジニアリングを担う部分も多かったので、大きな変化ですよね。
トヨシ はい、今回はドラムテックさんにも入っていただいて。一緒にサウンドメイキングもできたので、よりプレイと制作に集中できる環境で作れたのはすごく大きかったです。省二郎さんに関しては、過去のワークスを聴いて「このアナログ感、素敵だな」と思っていました。前に省二郎さんがミックスの動画をサンレコ(雑誌「サウンド&レコーディング・マガジン」)の企画で出していて、それをずっと自分のパソコンに保存して定期的に観ていたので、今回お願いできてうれしかったです。
──「のびやかに地獄へ」はタイトルからしてインパクトがありますが、歌詞はどのように書いていったのでしょうか?
安納 タイトルにもなりそうな短い言葉を考えることが好きで、今回もタイトルにもできそうな言葉を10個くらいバーッと書いていて。その中に「温度と一部」と「のびやかに地獄へ」がありました。言葉自体はなんの気なしに、意図せず出てくることも多いので、「なんでこれを書いたんだろう?」と面白がりながら考えています。強いメッセージのあるバンドとして受け止めてもらったり、歌詞を考察してもらったりすることもあって、それもめちゃくちゃうれしいし、実際そういう側面もあると思うんですけど、いつも最初から伝えたいメッセージがあるというよりは、自然と出てきた言葉にテーマを見出していく書き方も多いです。「のびやかに地獄へ」もそうでした。
──では今回は「のびやかに地獄へ」というタイトルをどう解釈したのでしょうか?
安納 うれしい・楽しい・苦しい・悲しいとか、そういう感情は一方向だという価値観が、小さい頃からなんとなくあるんです。例えば、100の喜びを知ったら、それを知らなかった頃には戻れない。物心がついた頃の気持ちの上限が「アイスを食べたらうれしい」とか「アイスを食べれなくて悲しい」だったとしたら、それぞれの経験とタイミングで、もっとうれしいこと、悲しいことを知るたびに感情の深度がどんどん上下に伸びていくような感覚がありました。特に悲しい、苦しいときには下に伸びていく、潜っていくような深度のイメージを持つことで、見える景色や階層が増えたんだと楽になれることがたくさんあって。そこから、「のびやかに地獄へ」という言葉を「“帰れない階層”だけど、どうせなら伸びやかに、スキップして行こうぜ」という歌詞のイメージにつなげていった感じです。
──「見たいのは、マグマの中でハイタッチする景色だ」というフレーズがとても印象的です。
安納 個人的にも好きなワードです。行き着いた一番深いところでハイタッチできれば、その過程が苦しくても報われるんじゃないか、ということが書きたかったんですが、メジャーデビュー曲になったことでバンドに対する気持ちも、重なって見えるようになりました(笑)。
──「地獄だとしても、2人でがんばっていくぞ」という(笑)。
安納 実際にこれまでも大変なことはいろいろありましたしね。ライブでトヨシさんとアイコンタクトすることはほぼないんですけど、この歌詞のときはときどき目が合います(笑)。
──前回の取材のときに、松尾スズキさんの「どんなに悲しい日でもお腹は空く、人間って間抜けで、だから面白いんだよ」というスタンスへの共感を話してくれたので、僕は「のびやかに地獄へ」というタイトルから松尾さんの著書「ぬるーい地獄の歩き方」を連想しました(参照:エルスウェア紀行「ひかりを編む駐車場」インタビュー|“バラバラな2人”が悲しみと手をつなぐまで)。“マグマの中でハイタッチする景色”はすごくシリアスにも受け取れる一方で、「いやいや、そんなことしてる場合じゃないでしょ」っていう、ある意味ではすごく間抜けな光景でもあって、そこも安納さんらしさかなって。
安納 その本と直接は関係はないんですけど、松尾スズキさんの「クワイエットルームにようこそ」の世界観にはかなり影響を受けていると思います。閉鎖病棟が舞台で、頭を火で燃やしてしまう患者さんがいたり、混沌としていて、傍から見ても本人たちにとってもきっと地獄のようなものではあるんだけど、コメディとして書かれていてすごくユーモアがある。松尾さんのそういう世界観……暗いほど面白くなるっていうのは自分の救いにもなっているし、根幹にあるものなんですよね。
数学教師だった父の影響を受けて
──「ghost walk e.p.」にはライブのサポートメンバーが参加していますね。
安納 「のびやかに地獄へ」にはシュガーさんがいなかったので、「温度と一部」が初めての実家バンド全員(qurosawa、千ヶ崎学、sugarbeans)でのレコーディングでした。
トヨシ 「ベッドサイドリップ」のピアノは微光奏で弾いてくれてるノ上くんです。
安納 ツアーファイナルの日に舞台にいたみんなが参加してくれてます。
トヨシ 「ひかりの国」はシュガーさんにアレンジしていただいたので、「温度と一部」もストリングスのアレンジはシュガーさんにお願いしました。レコーディングをお願いした美央ストリングスも「ひかりの国」と同じチームなんです。
──「温度と一部」は展開も多いし、リズムや拍子の変化、転調も詰まった“魔改造”の1曲ですよね。トヨシさんは過去にQueenのコピーバンドをやっていたり、上原ひろみさんがお好きで、ジャズのインストバンドもやっていたそうで、やはりそういった活動が曲の背景になっているのでしょうか?
トヨシ そういう背景もありつつ、リズムをどういじろうかというのは、数学教師だった父の影響が大きい気がします。「ちょっと難解なアプローチをしてみよう」というよりも、「この音を1音ずらしたら面白いんじゃない?」っていう、新商品を開発するときの実験とか、何かを発明する気持ちに近いかもしれない(笑)。
──さすが理系のトヨシさん(笑)。安納さんは「温度と一部」の歌詞はどのように書いていったのでしょうか?
安納 「温度と一部」の歌詞を書いたのは、「好きってなんだろう?」ということをよく考えている時期でした。この曲のミュージックビデオを撮ってくれた阿部(友紀子)さんとも作っていく中で話していたんですけど、「友達とか、尊敬する仲間としての好きと、恋愛の好きと、もっと言葉にできない好きと、いろんな“好き”があるよね」と。あとは年齢を重ねていく中で、夢がない自分を恥じたり、夢とは断言できないからとあきらめてしまう友人がいたり、「夢ってなんだろう?」と考えることも多かったです。夢を持っていなくたっていいし、誰かの光を眺めたり応援することも、等しい幸せであるはず。1番サビまでの歌詞は、そんなことを考えながら詞先で書いていました。
──「ゆめをいつも話して」という歌詞がとても印象的です。
安納 自分の中の「好きってなんだろう?」に対する結論が、相手が好きなものとか、夢について話しているのを聞きたい気持ちなんじゃないかなと思っていて、それは恋愛だけじゃなくて、いろんな人に対して感じることなんですよね。これまで書いてきたことにも通じるんですけど「死んでしまったり会わなくなったり、“過去に一番高い温度がある関係”も終わったわけじゃない。自分を助けてくれた時間やいい思い出はもう足りていて、その人ともう会えないとしても、ここにあってこれからも助けてくれることがあるよね」という感覚も、もう1つの軸としてありました。
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