ドレスコーズ|演劇に目覚めた志磨遼平が考える、新たなロックンロールの姿

ドレスコーズのライブ映像作品「どろぼう ~dresscodes plays the dresscodes~」が10月17日にリリースされた。

今年1月から2月にかけて上演された舞台「三文オペラ」で音楽監督を担当し、演劇作品とのコラボレーションを果たした志磨遼平。同年5、6月に行われたライブツアー「dresscodes plays the dresscodes」は演劇的な要素を前面に押し出した公演となり、多くのファンを驚かせた。このライブツアーのファイナル公演の映像を収めた作品「どろぼう ~dresscodes plays the dresscodes~」の発売を記念し、音楽ナタリーでは志磨にインタビューを実施。「三文オペラ」参加以降、演劇への興味を深めたという彼に「dresscodes plays the dresscodes」のコンセプトや演出についてたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 高橋拓也 撮影 / 映美

ひねくれた「ご先祖さま」の作品に触れているようだった

──ツアー「dresscodes plays the dresscodes」開催前、志磨さんは舞台「三文オペラ」に音楽監督として参加されました。このような形で舞台に関わってみて、いかがでしたか(参照:荒廃したKAATに立ち現れるブレヒトの世界、松岡充が命がけで挑む「三文オペラ」)。

カルチャーショックでした。バンドマンの常識が一切通用しない、まったくの異文化で。同じステージに立つ仕事でありながら、ここまで意識に違いがあったのか、と驚いて。

──ステージナタリーで公開された「三文オペラ」の特集記事でも、毎日稽古場に通っていたとお話ししていました(参照:KAAT「三文オペラ」谷賢一×志磨遼平)。

わざわざKAAT(神奈川芸術劇場)の近くに家を借りたんですよ(笑)。気合いだけはスタッフや役者さんにも負けないように。でも、それぐらいお芝居の世界が楽しかったんです。

──「三文オペラ」の舞台ではバンドメンバーたちとの演奏だけでなく、役者としても出演していましたね。

志磨遼平

いえいえ……。演出家(谷賢一)の命令だったので、それに従ったまでです(笑)。生演奏の劇伴を付ける場合、オーケストラピットのようにあまりお芝居の邪魔をしないスペースで演奏するパターンが多いと思うんですけど、「三文オペラ」では舞台上にバンドスペースがあって。すると役者さんたちがちょっかいを出してくれるんですよ。あらかじめ決まっているやりとりもあれば、アドリブで絡んでくることもあるんで、ボーッとしてたら反応できないんですよね。だからステージ上の立ち振る舞いはどうするか、バンドメンバーはみんな意識していたと思います。

──天井桟敷の「身毒丸」などにも近い、演劇と音楽が密接に関わっている作品でしたね。

「三文オペラ」は音楽劇ですから、お芝居と音楽が半分ずつくらいの割合で構成されているんです。でもこの作品って、いわゆる「オペラ」をある種バカにしたようなお話で。登場人物がなぜか突然歌って踊り出すようなミュージカルのしきたりに抵抗がある人っていますよね? あの違和感を、すでにこの時代からネタにしていたのが「三文オペラ」かと。

──ちなみに「三文オペラ」は1928年に劇作家のベルトルト・ブレヒトが発表した、とても古い戯曲です。

こんな作品が90年近く前から存在していて、まるで自分のようなひねくれたアーティストの「ご先祖さま」の作品に触れるような感覚でした。それはパンクを初めて知ったときと近くて、「Sex Pistolsって人たちが元祖なんだな」と思ってたら、もっと前にこんなひねくれたことをやってる人がいたんですよね。

──志磨さんは「三文オペラ」に参加してから、演劇に対する興味を深めたことを公式ファンジン「the dresscodes magazine」内の特集でも語っていました。この作品に関わる以前、演劇作品を鑑賞する機会はどの程度だったんでしょうか?

それこそ、寺山修司さんの作品なんかにはいくつか接していたんですけど、演劇自体にはそこまで興味はなかったんです。今では頻繁にいろんな舞台を観に行くようになって、それがツアー「dresscodes plays the dresscodes」のコンセプトにつながっていきました。

志磨遼平

演劇の“魔法”を表現する「dresscodes plays the dresscodes」

──もともと「dresscodes plays the dresscodes」は5月に発表されたアルバム「ドレスコーズの《三文オペラ》」のレコ発ツアーとして行われる予定だったそうですね(参照:ドレスコーズ新作は志磨遼平が歌う「三文オペラ」)。「the dresscodes magazine」では、劇伴として作った曲をツアーで披露することについて、疑問を持っていたことを明かしていました。

物語の筋書きがあって、歌の歌詞もその筋書きの一部として機能しているのに、その関係性を断ち切ってしまうのはどうなのかなと思いまして。そこで、まずは曲と曲の間に、僕がストーリーを説明して次の曲に入る……という方法を考えたんです。でも、これってもう演劇なんですよ。

──そこで演劇的なパフォーマンスを思い付いたんですね。

はい。ト書きを朗読したら、それはすでに演劇の範疇に入ってしまう。この「物語を進行する人物」はいったい誰なのか。登場人物か、それとも語り部としての志磨遼平なのか。それはいつも通りのライブなのか、まさか「三文オペラ」を自分なりに再演するつもりか? そういったことをいろいろ考えました。もしかしたら、KAATの「三文オペラ」に足を運んでくれた人にしかわからない、排他的なライブになってしまう危険性もある。それでも僕は「三文オペラ」での経験をなかったことにはできなかった。僕が稽古に通い詰めたのは、演劇の“魔法”みたいなものを身につけたかったからなんですよ。それを自分で咀嚼して、今回のツアーで実践するべきだ、と思いました。ロックのライブにはあって演劇にはないもの、あるいはその逆を、1つずつ考えていくことから始めましたね。

──「dresscodes plays the dresscodes」はドレスコーズだけでなく毛皮のマリーズ時代の楽曲も使用し、新たな物語を作り上げていくというコンセプトになっています。

今言った問題点の解決策が、まさにそれだったんですよ。本来、自由奔放であることがロックの命題でございまして。とにかく自由で、好きなときに好きなだけ演奏していいのがロックだと僕は教わったんですけど(笑)。お芝居の場合そうはいかなくて。すべてのセリフや行動に必ず理由が必要で、なぜこの曲が演奏されるのか、よっぽどのナンセンス劇でない限り動機が明確でなければいけない。その動機付けを自分の楽曲に当てはめていくことができるのか、という挑戦が「dresscodes plays the dresscodes」でした。

──この公演のために新曲を用意するのではなく、過去の楽曲だけで1本のストーリーが描かれていくのはとても衝撃的でした。演奏する楽曲はどのように選んだんですか?

今まで作ってきた楽曲はある程度歌詞を覚えているので、そこからストーリーが組み立てられるものを選んでいきました。

──ストーリーは「三文オペラ」の前日潭になっているそうですね。

おっしゃる通りで。本当はライブの途中で「三文オペラ」の前日潭であることがわかるようにしたかったんですけど、結局冒頭で説明しちゃって(笑)。代わりにライブ全体を通して、「三文オペラ」とは異なるストーリーであることが徐々にわかる仕組みにしました。

──今回演奏された楽曲が、毛皮のマリーズとドレスコーズのどの作品に収録されているのか集計してみたのですが、各アルバムから1、2曲ずつ選ばれているのに対し、毛皮のマリーズの「ティン・パン・アレイ」からは4曲選ばれていました。この作品も“東京”というテーマを掲げた、コンセプチュアルな作品でした。

うんうん、そうでしたね。僕の作った楽曲は大きく分けて、自分について歌った私小説的なものと、登場人物がいる物語調のものの2つに分かれるんですけど、「ティン・パン・アレイ」は物語調の曲が多いアルバムでした。だから必然的に多くなったんでしょうね。「dresscodes plays the dresscodes」のライブ前半は、僕じゃない主人公が登場する曲が多いんです。

志磨遼平

──なるほど。

で、ライブが進行するにつれて自分のことを歌った私小説的な曲が多くなる。これは舞台に立っている僕が、物語の登場人物であるマックを演じているのか、いつも通りの志磨なのかわからなくしていきたかったんです。さらにライブとお芝居の境界線をどんどんボカしていくのは中盤からで、意識的にいつも通りのライブへとシフトしていき……突然、また物語に回収されるようなプロットを最後に加えました。