中村正人(DREAMS COME TRUE)×富野由悠季総監督対談|子供たちの今と未来に願いを込めて

お姉ちゃんたちのムチムチ感が……

中村 今おっしゃったThe Beatlesもそうなんですけど、特に戦後、例えばブルースやゴスペルやカントリーといったルーツミュージックと呼ばれるようなものがミックスされて、ロックやポップスが生まれたわけですよね。そうしたミクスチャーの形は80年代前半までに出尽くしていて、以降はそのリサイクルを延々繰り返しているんです。その過程でヒップホップみたいな画期的な音楽というか文化が確立されたりもしたんだけど、今はリサイクルの周期がどんどん早まって、その円周もどんどん小さくなっている。そんな中で、やっぱり米津くんはすごい才能だと思うんです。

富野 うん、彼の才能そのものは認める。

中村正人(DREAMS COME TRUE)

中村 ですよね。よかった(笑)。あと楽器が弾けなくてもパソコンで音楽を作れる時代になってからずいぶん経つじゃないですか。つまり表現というものがとてつもなく自由になってきてもいるので、社会が退行して、音楽が縮小再生産され続けていても、そこからまた新しい芽がどんどん出てきているんですよね。その、まさにこれから出てこようとしている“芽”である若い人や子供たちに、富野総監督が「G-レコ」に込めたものは絶対に刺さるはずなんですよ。

富野 またビリー・アイリッシュの話に戻るけど、彼女がパフォーマンスしている会場の客席を見ると、ビビッドな若い子たちが熱狂しているわけじゃない。重要なのはそれが実存であるということなんだけど、そうなったときにガンダムには大問題があるとわかった。さっきも言った通りリアルロボットを信奉している人たちは、過去に自分たちが見たものを持ち出して売りつけようとしてる。そんなの今の若い世代は誰も買わないよね。

中村 そうかもしれないですね。

富野 だから、僕自身が「G-レコ」を作るにあたって徹底したのは、子供が楽しめる作品にすること。その一点です。ただ、徹底的にハードルを下げなきゃいけないんだけど、かといって下げた結果、文字通りの子供向けアニメになってもいけない。「G-レコ」はガンダムの系譜にあるという意味でも僕の精神を受け継いだ作品なんだから、相応のコンセプトが必要なんだよね。そこで、さっきもちょっと言ったけど「3000年後の人類がこれを観たらどう思うか?」を考えると、現在の問題がわかってくるという論理構造ができあがったので、それをひっくり返して「G-レコ」の物語を作ったわけ。この構造にして正解だったと、昨日改めて感じたの。というのは、あのビリーさんのステージに熱狂してるお姉ちゃんたちのお肌のムチムチ感が……。

中村 ムチムチ感(笑)。

富野 やっぱりね、ああいうムチムチした、“生”そのものみたいな層に作品を届けていかなきゃいけないんだと思い知らされた。それなのに、こういうサンプルがあるにもかかわらず(劇場版「G-レコ」第1部のポスターをバンバン叩きながら)、宣伝に携わる担当者たちは20年前のリアルロボットにしたがる!

中村 最初の話に戻ってきましたね(笑)。

モビルスーツは進化するのに

中村 「G-レコ」のストーリーテリングって、例えば「ゲーム・オブ・スローンズ」とか「宇宙家族ロビンソン」のリメイク版とか、まさに今の配信型のドラマにぴったりなんですよね。1つは群像劇であるということ。もちろん「G-レコ」は主人公のベルリをしっかり立てているんだけど、それ以外のキャラクター1人ひとりにも漏れなくスポットが当たっているんです。そしてその下地には、確かな設定がある。もう、実際に総監督が3000年後の世界を取材して、そこで見聞きしたことを全部メモしてきたんじゃないかっていうぐらい、ディテールまで凝ってますから。

富野 それをやったという自惚れはありますよ。それぐらい時間をかけたというか、かかっちゃったから。

中村 総監督は「脱ガンダム」という言葉を使われていますけど、結局「ゲーム・オブ・スローンズ」もそうなんですよ。あれはドラゴンが重要なモチーフになってはいるけれど、あくまで“ドラゴンをめぐる物語”であって、ドラゴンがずっと出てこないシーズンもある。「G-レコ」も、1000年前にファーストガンダムが存在していたことを匂わせていて、だから「脱ガンダム」以上の……なんて言うんですかね、言葉が出てこないな。

富野 「脱ガンダム」以上の……ああ、僕もそれ言えないわ。

中村 ははは(笑)。

富野由悠季

富野 確実に言えるのは、ガンダムのままでものを考えちゃダメで、だから20年前のノウハウじゃダメなんだよね。かつて僕はガンダムを通してニュータイプ論という、言ってしまえば進化論を描こうとした。つまり人類は進化するものだと信じてみたんだけど、結局それが袋小路に入っちゃって、だからガンダムを作れなくなった。仮に人類が進化を続けたら、もう神になるしかないじゃない。

中村 そうですね。

富野 もっと言うと、人類は進化も進歩もしてないんです。ただ繰り返しているだけ。だって、人間の寿命なんて長くて100年でしょ。つまり100年もせずに死んで、また次の世代も100年経たずに死んで……ということを延々と繰り返しているから、むしろ新しい変化があったらいけないんですよ。特に近代に入ってから科学技術の発展に伴って、社会の進歩と人類の進歩がイコールで結ばれているように思われたけど、実際は違ったのね。政治的なイデオロギーがその好例で、要するに資本主義から共産主義に進化していったはずが、共産主義を採用した途端に独裁や腐敗が起こり出した。それはなぜかというと、人が進化していないから。

中村 まさにそれが、吉田美和が作詞した「モビルスーツは進化するのに 僕はどうだ 伝えたい言葉を 選ぶのさえうまくいかない 何がしたいんだ」という部分ですよ。

富野 モビルスーツは機械だから進化していいの。じゃあ、それに合わせて我々も進化する必要があるのかと問われたときに、美和さんが持ち出してきた秘密兵器が……どうぞ。

中村 シェイクスピアですね。つまりシェイクスピアでさえ解決できない問題を……。

富野 ちょっと、トイレ行ってきていい?

中村 あ、どうぞどうぞ。

(富野、席を外す)


2020年2月21日更新