cono特集|菅波栄純(THE BACK HORN)&音楽ライター4名がシンガー conoの歌声の秘密に迫る (3/4)

後編
音楽ライター4名による全楽曲クロスレビュー

3分半で「シンガーcono」を説明しきるお手本のようなデビュー曲

SLAPSTICK
[作詞:エイハブ / Mizore / 作曲:エイハブ / 編曲:Mizore]

天野史彬

初のオリジナル楽曲なのだが、その歌い出しが「ああ畜生」である。「なんてやぶれかぶれ!」という感じもするが、いざ自分でも口に出してみれば、新しい世界に踏み出す瞬間にうってつけの言葉のような気がしてくる。「ああ畜生」。ボカロPとしても活動する4ピースバンド・エイハブが作曲を、自身もオリジナル曲をリリースしているクリエイターのMizoreがアレンジを手がけたサウンドは猥雑なほどにファンキー。冒頭から聴こえるファットなリズムセクション、そこに重なる鋭利なギターの響きは生々しくて魅惑的だが、楽曲は一本調子のファンクロックに収まることはなく、エレクトロニックな表情も露わにしながら1曲の中でさまざまな表情を見せていく。conoの歌声もまた、“怒り”や“苛立ち”という感情は1つの形に収まらない、そこには無限のグラデーションがあるのだと言わんばかりに鮮やかで、“情緒不安定”という言葉を、この曲の歌声に対しては最高の賛辞として送りたくなる。

坂井彩花

直訳すると、“ドタバタ劇”という意味を持つ“SLAPSTICK”。思わず「なんて楽しそうな曲なんだろう」と胸を高鳴らせそうになるが、その期待はイントロの妖しげなベースラインによって早々に打ち砕かれる。あえて歪な音の振り方を取り入れたり、ジャジーなフレーズの裏にガラスが割れる音や悲鳴を入れたり、兎にも角にもドロンドロン。そんなダークな音の波を泳ぐconoの歌声は、反骨心もあきらめも同時に香らせていく。中でも「ほざきやがれ / 人の道を外れる気は無い」と叫ぶように中指を立てた直後、「え? 気付けば動いている身体が」と逆らえぬ運命に戸惑う様は、揺れ動く心情を鮮やかに描き出していて圧巻だ。「もうそこまで堕ちている」においても、節回しのニュアンスを変えて、“そこ(there)”から“そこ(底)”に堕ちてしまったことを想起させているのも面白い。

ナカニシキュウ

ゴリゴリと攻撃的に歪んだ重低音ベースリフで幕を開け、クランチギターのコードリフと単音リフがそれに追従する、ダークでファンキーなミクスチャーロックナンバー……かと思いきや、Bメロに突入するやいなやエレクトロ方面へと急ハンドルが切られ、サビではそれらが混然となってカオスな音空間が襲いかかってくる。さらに終盤ではスウィングする4ビートまでもが飛び出すなど、一切の遠慮なくスリリングに展開する文字通りスラップスティックな1曲だ。自身初のオリジナル楽曲でありながら、最大の特徴であるクールでテクニカルな変幻自在のボーカルスタイルはすでに完成の域にあり、もはや貫禄すら感じさせる。わずか3分半弱という尺で「conoとはこういうシンガーですよ」を説明しきってしまう、お手本のようなデビュー曲である。

森朋之

やや歪んだ音色のベースライン、タイトなドラムが奥深いグルーヴを生み出し、「ああ畜生 落ちている化粧の黒」というフレーズが聴こえてきた瞬間、楽曲に込められた切なさ、怒り、憤り、おかしみがまっすぐに伝わってくる。「SLAPSTICK」は“ドタバタ喜劇”という意味だが、自らのダークな内面を見つめつつ、現実に適応しようにもうまくいかず、夜中、ただ1人で自分を持て余している姿を“喜劇”として描いているのがこの楽曲の面白さだろう。ファンク、ロック、ジャズなどのエッセンスを取り入れたサウンドは、時の流れとともに移り変わっていく感情と見事にリンク。体を揺らしたくなるようなフロウをしなやかに描きながら、「もうどうにかなってしまいそうな 夜の中」を生々しく表現するconoのボーカルも素晴らしい。

ヨイトマケ
[作詞・作曲・編曲:佐伯youthK]

天野史彬

デビュー曲が「ああ畜生」で、2曲目の歌い出しが「ソコノケソコノケソコノケ」。こうして見れば、conoというシンガーは最初からこの世界に対しての違和や不和を表明しながら私たちの前に現れ、そのうえで「それでも、わたしは突き進むよ」と主張しているような気がしてならない。楽曲制作陣も、彼女の歌声からこの世界をサバイブするようなパワフルさを感じ取っているのかもしれない。2作目の配信シングルとしてリリースされた本楽曲の作詞・作曲・編曲を手がけたのは、SixTONESなどへの楽曲提供でも知られる佐伯youthK。ギターには有賀教平がクレジットされている。「SLAPSTICK」同様、ファンキーなグルーヴ感が印象的な1曲だが、ダーティな「SLAPSTICK」に比べ、こちらはよりメロウな面も顔を出し、オーセンティックなソウルやR&Bへの接近も感じさせる。美輪明宏の名曲も思い出させる「ヨイトマケ」というフレーズが、がむしゃらなだけじゃなく、地に足着けて、汗水たらしていくぞ──そんな覚悟を感じさせる。

坂井彩花

さすがSixTONES「こっから」を手がけた佐伯youthKのクリエイティブとでも言うべきか。開始1秒でリスナーの心をつかんだかと思えば、これでもかと韻が踏まれたリリックと耳に残るサビがお出迎え。約2分半の尺においしいところがギュッと濃縮されていて、ポップソングとしての強度がとにかく高い。ともすれば、楽曲に食われてしまってもおかしくないものだが、そこは“楽曲の魅力を無限倍にするシンガー”cono。自身の魅力や強み、バックグラウンドを表現に溶かしながら、道なき道を切り開いていく応援ソングを色鮮やかに昇華する。口ずさんでみるとわかるのだが、ライムの連続はまるで早口言葉のようだし、譜割りやグルーヴも想像以上に難しい。そんな状況で、これだけ歌いこなせてしまうなんて、いったいどれだけのスキルを持ってるんだ、彼女は。

ナカニシキュウ

デビュー曲「SLAPSTICK」で提示した世界観に軽やかさをプラスして発展拡張させた2曲目は、ダンサブルなビートと執拗なまでに韻を踏み続けるリリックが耳に残る中毒性の高い1曲。アーバンでスタイリッシュなバンドサウンドを基調としつつ、ナチュラルボーンなヒップホップフィーリングを備えたラップ調のボーカルが融合することで、ミクスチャーロックならぬミクスチャーポップとでも呼称したくなるような華やかな音世界が繰り広げられる。その一方で、朗々としたメロディパートは思わず口ずさみたくなる親しみやすさを備えており、ポップソングとしての強度も高い。中でもラスサビ終わりのロングトーンボーカルは特筆に値するもので、ラップ表現とメロディ表現のいずれもが極めてハイレベルなボーカリストであることを端的に証明している。

森朋之

conoのカッコいい歌声を体感できるダンスチューン。軽やかなファンクネスをたたえたバンドサウンドの中で彼女は、ラップのテイストを交えながら、リズミックなボーカルを響かせている。まるで打楽器のようにアクセントを付け、聴く者の身体と感情を揺さぶるスキルとセンスは間違いなく、ボーカリスト・conoの武器だろう。ワウを効かせたギターソロのあと、軽く咳払いしてから「良いって理解ってたってもう ハッケヨイ!」というフレーズを差し込むスリリングな瞬間も、この曲の聴きどころだ。もともとは肉体労働に関する言葉である「ヨイトマケ」を「ごめんね 一点突破 てかそれしかできないんだって」というメッセージと結び付ける歌詞も印象的。それはおそらく、歌にすべてを注いできたconoのキャリアとも重なっているはず。そう、歌うことは彼女のアイデンティティそのものなのだと思う。

cono

cono

ギミギミ
[作詞:MSK / 作曲・編曲:SHUN(FIVE NEW OLD) / MONJOE(DATS)]

天野史彬

3作目の配信シングルとしてリリースされた本楽曲の作曲とアレンジを手がけたのは、Number_iなどの楽曲を通して日本の音楽シーンに新たな風を吹かせているSHUN(FIVE NEW OLD)とMONJOE(DATS)のタッグ。作詞はMSKが手がけている。ここまでの楽曲の中で最も攻撃的と言っていいだろう、強烈なビートとけたたましいシンセが嵐のように吹き荒れるエネルギッシュなエレクトロハウスサウンド。そのうえでエッジの立ったラップを聴かせるconoの歌声は、アッパーでダンサブルなサウンドの強さに一切負けていない。ときに力強く打ち付けられるキックに合わせて言葉を突き刺し、かと思えば、はかなく浮遊するような歌唱も響かせるconoの歌声の表現力の豊かさには改めて舌を巻く。リリックには「Teenager me 大御所喰う」なんてフレーズも飛び出すが、この曲について、cono本人がSNSで「20歳になる前日に録音した曲」と記している。conoの10代最後の日を記録した1曲として聴くと、またさまざまな感動が生まれてくる。

坂井彩花

「20歳になる前日に録音した曲なのでワクワクが詰まってます」の言葉に偽りなし。カオティックなトラックの上で生き生きと踊るボーカルからは、みなぎるエネルギーがヒリヒリと伝わってくる。「Teenager me 大御所喰う」と強気にヴァースを蹴るのも、「跳ね返ってラブリー♡」と甘い毒を散布するのも、「ねえ空にしけったメンソール」と切なさを香らせるのも、conoちゃんにかかればお手の物。だって、次元が違うので。女の子ならではのシュガー&スパイスを余すことなく発揮し、あの手この手で魅了していくのだ。日本語を織り交ぜながら、英語のような響きで聴かせるラストもまた一興。奇抜さが増したビートと相まって、彼女のカリスマ性がさらに際立っている。最後の最後まで抜け目なく、しっかりとぶち上げさせられた。

ナカニシキュウ

conoが備えるさまざまな武器のうち、ヒップホップ要素に特化して最大化したトラップポップ系ダンスナンバー。強烈な四つ打ちビートとアグレッシブなシンセリード、鬼気迫るドロップ、そして何よりconoの繰り出す色彩豊かでテクニカルかつエモーショナルなフロウが思わず体を揺れさせる、“本気”のフロア仕様となっている。本楽曲を一聴すれば、彼女が“ラップもうまいシンガー”あるいは“メロディも歌いこなすラッパー”のいずれでもなく、“どちらも本業”の大谷翔平タイプであることが即座に理解できるだろう。おそらく本人の中ではラップとメロディに大した違いはなく、区別すらしていない可能性も高そうに思える。それくらい血肉化した表現として完成されており、それゆえの説得力に満ちている。

森朋之

cono流のガールズクラッシュ系ヒップホップ。作曲とアレンジをNumber_iの楽曲制作に関わっていることでも知られるSHUN、MONJOEが担当。国内外のヒップホップ / R&Bを広く手がけるD.O.I.がミックスした「ギミギミ」は、エキゾチックな香りを振りまくトラック、激しくバウンドするビート、鋭利なシンセの音色が響き合うナンバー。刺激的かつ官能的なサウンドを完璧に乗りこなし、アグレッシブなラップから浮遊感のあるメロディまで、conoの色彩豊かな声色を堪能できることもこの曲のポイントだ。リリックの軸を担っているのは「今すぐ私に愛をくれよ」という率直すぎる欲望、そして、「Realize structure」(≒構造に気付け)というメッセージ。私たちを縛っているものは何か? 本当に欲しいものを手に入れられないのはなぜか? 孤独を連鎖してしまう理由とは? ポップで鋭利な響きを備えた歌詞には、いくつもの現代的なイシューが含まれている。

ROSIN
[作詞:Benjamin + cAnON. / 作曲・編曲:澤野弘之]

天野史彬

この曲でもconoはまた新しい表情を見せている。スクエア・エニックスが発表したスマートフォン向けRPG「エンバーストーリア」のタイアップソングであるこの「ROSIN」で、conoはドラマチックで壮大なスケールを感じさせるサウンドに乗せて、日本語と英語が滑らかに混ざり合う歌を力強く歌い上げる。この曲では、それまで開陳してきたファンクやR&B、ヒップホップのグルーヴを見事に乗りこなすシンガーとしての才覚だけでなく、よりメロディアスで叙情的な歌の領域においてもconoの才能が発揮されることが証明されたと言っていいだろう。楽曲のプロデュースを手がけたのは、澤野弘之。澤野が作曲とアレンジ、さらにキーボードなどの楽器を演奏。ギターには伊藤ハルトシ、ベースには田辺トシノが参加している。作詞は澤野作品にたびたび参加しているBenjaminとcAnON.の2名の作詞家によるタッグ。英語詞を歌い上げるconoの歌声の美しさも聴きどころだ。

坂井彩花

物語の空気をそのまま閉じ込めたような壮大な世界観に、重厚でありながら騒々しくないサウンド、無意識に聴き入ってしまうドラマチックな展開。隅々まで行き届いた澤野弘之イズムに、ド正面から魅せられる。それを成しえているのも、一貫してconoがストラテジックRPG「エンバーストーリア」の世界を表現することに徹しているからなのだろう。彼女のスキルをもってすれば、もっとコッテコテな味付けだって可能なはずだ。しかし本作では、メッセージを伝えることや情景を描くことに重きを置き、メロディの美しさをまっすぐにきらめかせている。ブレスさえも味方につけて、豊かにトラックと溶け合うのである。conoの歌声が持つ質感や芯の強さを、一番ストレートに味わえるナンバーだ。

ナカニシキュウ

ドラマチックでスケールの大きな8分の6拍子ポップロックナンバー。デジタルサウンド中心ながら、ワルツに近いリズムのせいかどこかクラシカルな印象も与えるスペクタクルな1曲だ。澤野弘之の手によるこの壮大な世界観に一歩も引けを取らない、conoの歌姫然とした堂々たるボーカルが最大の聴きどころであることは言うまでもないだろう。単に技術的に優れているだけではなく、強力な生命力を伴う歌声であることが本楽曲では特によくわかる。前項でラップとメロディのシームレス性について触れたが、本楽曲においては日本語と英語におけるシームレス性までもが明示的かつナチュラルに発揮されており、もはや彼女に歌えない歌などないのではないかと畏敬の念を禁じ得ない。逆に何を歌わせたら“苦戦感”が出るのか、教えてもらいたいくらいである。

森朋之

壮大なサウンドスケープ、洋楽的な手触りのメロディライン、英語と日本語を混ぜた独特のフロウ。作曲・編曲・プロデュースを手がけた澤野弘之の作家性が反映された「ROSIN」は、RPGゲーム「エンバーストーリア」のタイアップソング。透明感と激しさを伴った音像はconoにとっては初体験だったはずだが、切なさと精細さを感じさせる歌い出し、少しずつ力強さを増していくBメロ、すべてのパワーを解放するようなスケール感をたたえたサビなど、移り変わっていく楽曲の情景に沿いつつ、多彩なボーカリゼーションを披露している。特にラストの「もう少し 望むより Don’t be shy Go behind」における祈るような歌い方には強く心を惹かれる。歌詞も「エンバーストーリア」とリンクしているのだが、創造的な世界観を汲み取り、その中に入り込んでしっかりと表現する演技的なセンスにも注目してほしい。

2025年11月28日更新