cero インタビュー|5年ぶりアルバムで手にしたシグネチャー、表現者5人のコメントで紐解く「e o」 (3/3)

“ceroらしさ”を再確認

──次に紹介するコメントはサウンドクリエイターのMON/KUさんからです。「e o」のサウンドについて細かく分析してくれています。

MON/KU

MON/KU

前作「POLY LIFE MULTI SOUL」に感じた、一雫がやがて激流になるような、躍動するうねりは、今作「e o」においてその曲線をやや緩やかなものへと変化させ、作品全体に通底するのは心地よいアンビエンスと、それに相反するような、なんというか、超自然的でただならない空気感。そして、5年という歳月の長さを感じさせるような、ゆったりとした時間感覚が全体を包括しているように感じる。
楽曲を構成するサウンドに耳を傾けてみるとまずそのレイヤーの多さに驚かされるが(これだけ多層に折り重なるサウンドをすっきりと聴かせてしまう、微細なコントロールよ……ミキシングも素晴らしいですね)、中でも私の耳を捉えたのが、エクスペリメンタルな作り込みが感じられるテクスチャーの数々。それらが、浮遊感のあるコードワークや的確なニュアンス表現で曲を推進させてゆく楽器達、見事なまでに柔らかなボーカル(多重コーラスが印象的)と完璧に融和して、立体的で未聴感のある音像が生まれている。
ジャンル横断的な……いや、最早ジャンルというある種の軛から解き放たれ、シグネチャーサウンドを獲得したと言っていいだろう。これはceroの音だ。

そして髙城さんの紡ぎ出す抽象的で美しい詩世界……。寄せては返すものを眺めるその眼差し。定点から、或いはその身体を離れ、そこらじゅうに遍在しながら、バタフライエフェクトの始終さえ正確に観測するような、啓示のような言葉たち。
時化ていた海も、いつしか凪いで。
開いたそのページには一体何が……。

更新、そして到達。最高傑作をありがとう。

髙城 「ミキシングも素晴らしいですね。多重コーラスが印象的」と書いてくれてる。

──これは先ほどの小森さんとの仕事への言及ですよね。加えて、「最早ジャンルというある種の軛から解き放たれ、シグネチャーサウンドを獲得したと言っていいだろう。これはceroの音だ」とも断言してくれてます。そういう意味では、3人にも「これがceroの音だ」という実感はあるんじゃないですか?

髙城 そうですね。そういう実感があったから、ギリギリまでセルフタイトルにしようという案も残っていました。あらぴーがいろんな取材でも答えていたように、ジャンルをトレースするんじゃなく、もっとテクスチャーとしてそういうものを取り扱う方向に変えることにより、これまでのカメレオンみたいな在り方から、もうちょっと違うところにceroがたどり着けた。それがシグネチャーなんだと自分でも思うところはあります。

──振り返ってみれば、「WORLD RECORD」にもそういうシグネチャーの素地はあったと思うんです。今回はひと回りしたというより、そこから十数年の時間をかけて別の地点に到達したという感覚なのかもしれませんが。

髙城 無自覚にとっ散らかしてきた十数年の活動があって、その中で自分たち固有だったなと思えるものと、これはその時代に好きだったものを単純に取り入れたんだなと思うものがどちらもあったんですよ。でも、純度が高い曲をこれまでの活動からピックアップして並べてみると、自ずとシグネチャーとはなんなのかが見えてくる。そう言えば、2021年に「WORLD RECORD」のリリースから10年というタイミングでレコードをリイシューして、ボックス仕様で出したじゃないですか(参照:cero1stアルバム「WORLD RECORD」リリース10周年、既発4作品のアナログを新装版で再発)。あのとき「WORLD RECORD」から「POLY LIFE MULTI SOUL」まで、3人そろって事務所で音のチェックをしたんですよ。最初は時間がかかるから飛ばし飛ばし聴こうと言っていたんだけど、1st、2ndの時点でけっこうのめり込んじゃって、すごく面白かったんです。自分たちの能力の良し悪しはあるんだけど、当時の何かやってやろうという熱量はビシバシ感じた。そこで“ceroらしさ”を確認できたのは大きかったと思います。

荒内 最後、「Fdf」まで聴いたもんね。

髙城 こういう道筋で自分たちはここにいるんだと確認できた。

荒内 そのとき「やっぱり、はしもっちゃんのミックスは面白い」という話が出たんですよ。「次のアルバムも、はしもっちゃんにやってもらおう」と言ってたよね。

橋本 言ってたっけ?

荒内 結果的にはそうはならなかったけど、ぶっ飛んでいて極端で面白い橋本翼ミックスに、あのときceroのシグネチャーを感じたんだと思う。

髙城 初期は、自分たちが持ち寄ったデモと、完成したアルバムがシームレスだったなと感じたんですよ。

荒内 「Obscure Ride」まではけっこうそのまんまだったよ。

髙城 いろんな人に手伝ってもらいつつね。「POLY LIFE MULTI SOUL」でデモと完成品との切断があったというか、それはそれで重要なステップだったんだけど、改めてアルバム4枚を聴いたときに、ceroのシグネチャーと呼べるものはシームレスな制作にヒントがあるのではという話になった。

──橋本くん自身は当時を振り返ってどう思いますか?

橋本 いやあ、ミックスは素人だし、どこかで習ったわけでもない見様見真似だから。でも、最初は整えることが大事かなと思ってたけど、やっていくうちに音源では「出すところは出して、引くところは引く」みたいなほうがいいという考えになったんですよね。それで1stはけっこう過剰なサウンドになったのかな。今回も早期予約特典CDの1曲(「Are We On The Same Page? アー・ウィー・オン・ザ・セイム・ページ?」)ではミックスをやってるんですけど、ダブだからということもあり、特に過剰な感じになってます。

髙城 確かにあのミックスは1st、2ndに近いかも。

荒内 小森さんも「中途半端はよくない」ってよく言うんですよ。やるときは極端にやりたいという考え方も同世代的。1stの頃の僕らと同じ考えを持ったプロの人と出会えたことが今回はよかったのかもしれない。

橋本 思えば得ちゃん(得能直也 / 「MY LOST CITY」録音エンジニア)も奥田さん(奥田泰次 / 「POLY LIFE MULTI SOUL」エンジニア)もそこはすごく理解してくれてた気がする。

荒内 まあ、極端のポイントが違うのかな。

──得能さんや奥田さんは自分たちとは違うアスペクトで極端を発揮してくれる人で、小森さんは自分たちにニュアンスが近かったということでは?

荒内 確かに。

髙城 そうですね。得ちゃんや奥田さんが発揮した過剰さはカンバス選び、画材選びみたいなところにあって、小森さんや俺らは絵の具の塗りの過剰さなのかもしれない。

曲順、歌詞で浮かび上がる物語と世界観

──そして最後は、フィッシュマンズ・茂木欣一さんのコメントです。ceroはフィッシュマンズが2019年に開催したイベント「闘魂 2019」に呼ばれて競演しています(参照:フィッシュマンズ、20年ぶり「闘魂」でcero高城交えたセッション実現)。

茂木欣一(フィッシュマンズ)

茂木欣一(フィッシュマンズ)

“リズムとグルーヴの祝祭”とでも言いたくなる大好きな前作「POLY LIFE MULTI SOUL」、あの金字塔を完成させた彼らが次にどんな音楽を生み出すんだろうって、ずっと気になっていました。そんな中、2020年に世界がコロナ禍となり、さらにはロシアのウクライナ侵攻のニュースが世界を揺るがす……新作「e o」は、そんな季節を過ごしてきた彼らの心に芽生えた感情を、丁寧に丁寧に紡いで音楽に落とし込んだ作品だなと感じました。特にアルバム後半「Evening News」以降の流れ。確かな未来を作り出していこうとするかのような強い意志を持った音楽たち。夕暮れ時に聴いていたというのもあるけれど、最終曲「Angelus Novus」に込められた明日へ繋がる希望の灯火を思わせる響きは実に感動的でした。

髙城 「闘魂」の対談企画でも、茂木さんは「POLY LIFE MULTI SOUL」をすごく褒めてくれてました。ありがたいですね(参照:「闘魂 2019」開催記念 茂木欣一(フィッシュマンズ)×髙城晶平(cero)対談)。

──茂木さんのコメントにはアルバム後半に突入する「Evening News」以降の流れについての言及があります。

髙城 先ほど坂本美雨さんのラジオ番組に出演してきたんですけど、彼女も「Evening News」が好きだと言ってました。あの曲が好きな人はけっこう多い気がする。

──アルバムの後半が始まる感じが強く出てますよね。あの曲で始まって「Angelus Novus」で終わることに、物語を見つけ出すリスナーは多いでしょう。

荒内 「Angelus Novus」はアルバムのラストに置くことを少し意識して作ったんですけど、「Evening News」はもともと自分がストックで取っておいた曲なんですよ。でも、アルバムの流れや曲順は髙城くんが作ってくれていて、僕らが出したものをいい感じで配置してくれる。それはもう初期からずっとそうです。

髙城 ライブのセトリもそうだけど、曲順を考えるのが好きなんですよ。今回、シングル4曲の時点でもプレイリストを作ってましたから。アルバムの曲がそろい出してからは、あらぴーに作曲作業の中心は任せて、自分は曲順と歌詞を考えることにしました。

橋本 僕の「Solon」ができたのはアルバム作業の終盤だったけど、なんであそこに入ったんだろう。ラストにバイオリンが入ってる周期が、「Angelus Novus」の最初のシンセの刻みにつなげられるんじゃないかということだったかな。

髙城 それもあったし、いろいろ考えてもあの位置だったよね。

──髙城くんが歌詞を書くから、その並びを想定して世界観や流れを作りやすいというのはありますよね。

髙城 自ずとそうなりますね。「Evening News」の場合は、その次に「Fdf」、最後に「Angelus Novus」が控えてることが前提になって歌詞が書かれているんです。例えば「Evening News」の歌詞には「未確認飛行物体が歴史の只中で撃ち落とされる」という一節があって。そのあとの「Fdf」はバキューンバキューンっていうおもちゃの銃の音で始まる。戯画的な戦争の音が流れるのがちょっと恐ろしいというかね。そういう異化効果になるなと思ったんです。でも、アルバム全体としてはストーリー仕立てのマンガのようにわかりやすくするのではなく、シュールな4コママンガみたいな感覚で点と点をつないでいく、という考え方をしてました。

──アルバムでの「Fdf」は、シングルバージョンとは意味性が変わって、多義的になってます。

髙城 もともとあの銃声も、シングルの時点では戦争であったりを連想させるような意図はなかったですからね。最初は「Cupola」の次が「Fdf」かなとも思ってたんです。「Cupola」は不安定な飛行をしてる飛行機の歌で、危なげなエンジン音で終わるところにいきなり「Fdf」の銃声と墜落音でも成立するかなとか、いろいろ考えました。

「Angelus Novus」=「新しい天使」

──「Angelus Novus」はこれからすごく大事な曲になっていくと思うんです。ある時期の「FALLIN'」(2015年発表)のように。もしかしたらもっと大きなものに成長するかもしれない予感があります。そう言えば最近読んだレベッカ・ソルニットの「暗闇のなかの希望」という本に、ヴァージニア・ウルフ(1882~1941)の「未来は暗闇に包まれている。概して、未来は暗闇であることが一番いいのではないかと考える」という一文があって。そういう感覚とも通じるものがあります。朧で暗いけどすごい向こうに光は見えていて、列車のように歩を進めている感覚。

髙城 「Angelus Novus」を制作してるとき、あらぴーが歌詞の参考に、断片的なメモを送ってくれたんですよ。宇宙的、惑星的な視点と、「スーパー」や「駐車場」みたいな身近なワードとが一緒に出てくるようなメモだったんです。ちょうどその前後で「私は貴方」の話もしてたから、「こういう歌詞も『Angelus Novus』のイメージに合ったりするのかな」みたいなことも考えた。そんなとき、うちの上の子が学校の図書館でパウル・クレー(1879~1940)の絵本を借りてきて。クレーには「新しい天使」という作品があるんです。

──「Angelus Novus」=「新しい天使」ですよね。

髙城 そのクレーの「新しい天使」に寄せて、哲学者のヴァルター・ベンヤミン(1982~1940)が「歴史の天使」という断章を書いていて。それがこの曲の大きなモチーフになっています。「歴史の天使」って連続性を見ずに破局だけを見るというような、謎めいたテキストなんです。「歴史の天使」は悲しげな目で選ばれなかったほうだけを見ている。救済に向かいたいんだけど、楽園から吹く嵐を受けて進めずに後退してしまう……。その“風”とは“進歩”であり“時間”で、というようなテキストなんですけど、それが最近僕がすごく興味のある量子力学の話ともつながってくるし、「e o」にいくつかある筋道にもなっていると思うんですね。「Angelus Novus」で書いた「透明な未来」とは非局所性を持った粒子がいくつも抱えている透明な未来。それを新しい天使は見ているのかなという考えを漠然と曲に落とし込んだ感じかな。

荒内 この曲では、宇宙的な場所からただ単純に日常に着地するんじゃなく、宇宙的なものと身近なものが韻を踏んで連鎖する仕掛けを作りたかったんです。そういうアイデアを、歌詞ではなく詩で送ったんです。それを髙城くんが、クレー、ベンヤミンへと広げてくれた。

ceroのシグネチャー

──今回、コメントをいただいた5人のアーティストだけでなく、「e o」の発売、配信直後から絶賛や驚嘆の声を多く耳にします。

髙城 このアルバムを聴いて難しいと感じる人はけっこういると思うけど、その「難しさ」も人によるんだよね。言葉が難しいのか。コードなのか、展開なのか。

荒内 メロディは全曲めちゃキャッチーだと思うけどね。

──「Obscure Ride」から「POLY LIFE MULTI SOUL」までの特徴でもあった字余り的な歌詞も減りましたよね。メロディに対して歌詞がすごくスムーズにフィットしていて、さらに際立って聞こえるんです。

髙城 今回は全曲、曲先ですしね。メロディにいかに言葉をハメるかを考えました。そうすると言葉とメロディの噛み合い方はツルッとしてくる。それが今回のアルバム全体のひんやりとして人肌じゃないような効果に貢献してるかなとは思う。

荒内 はしもっちゃんがいつだったか、「このアルバムは難しい」って話をしてたじゃない?

橋本 いやあ、そうだっけ? 静かだからじゃないかな。「Tableaux」なんかはポップなところがすごくあったから、そうは思わなかったんだけど。

髙城 はしもっちゃんがいう“ポップ”もすごく独自の解釈だったりするよね。僕も「Tableaux」はポップだと思うけど、ああいう曲で「難しい」と引っかかってるリスナーも多い気がする。

──こうやって自分たちで完成したばかりの作品を客観化することって今までなかったと思うんです。でも今回は「このアルバムはceroのシグネチャーだな」と3人ともすんなり思う部分があるわけじゃないですか。そこの不思議さはありますよね。

髙城 確かに不思議ですね。

──僕は、こう考えました。アルバムタイトルはceroから子音を抜いて「e o」でしょ? これって骨とか血管みたいなもので、ceroを構成する骨格というか最低限の要素で、あとは何を積み重ねても「c」と「r」が見えてくるんですよという解釈。だから、eとoの間にあるのは空白なのかもしれないし、それぞれの局面における濃密な答えなのかもしれない。リリースツアーで初披露される曲も多いから、それを経てアルバムの受け止め方も変わっていくだろうし。だから、いろんな人に「このタイトル、どう思いますか?」とこれからしばらく質問していくのは面白いかもしれない。

髙城 いいですね(笑)。「なんでそう思ったんですか?」みたいに。

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ツアー情報

「e o」 Release Tour 2023

  • 2023年6月2日(金)宮城県 Rensa
  • 2023年6月16日(金)広島県 広島CLUB QUATTRO
  • 2023年6月18日(日)福岡県 DRUM LOGOS
  • 2023年6月30日(金)北海道 札幌PENNY LANE24
  • 2023年7月8日(土)愛知県 DIAMOND HALL
  • 2023年7月9日(日)大阪府 GORILLA HALL OSAKA
  • 2023年7月12日(水)東京都 Zepp Shinjuku(TOKYO)

プロフィール

cero(セロ)

2004年に髙城晶平(Vo, G, Flute)、荒内佑(Key)、柳智之(Dr)の3人により結成されたバンド。2006年に橋本翼(G, Cho)が加入し4人編成となった。2007年にはその音楽性に興味を持った鈴木慶一(ムーンライダーズ)がプロデュースを手がけ、翌2008年には坂本龍一のレーベル・commmonsより発売されたコンピレーションアルバム「細野晴臣 STRANGE SONG BOOK-Tribute to Haruomi Hosono 2-」への参加を果たす。2011年にはカクバリズムより1stアルバム「WORLD RECORD」を発表。アルバム発売後、柳が絵描きとしての活動に専念するため脱退し3人編成になった。2015年5月に3rdアルバム「Obscure Ride」、2018年5月に4thアルバム「POLY LIFE MULTI SOUL」をリリースした。2022年1月には1stアルバム「WORLD RECORD」の発売10周年を記念し、既発アルバム4枚のアナログ盤を再発。2023年5月に5年ぶりとなるオリジナルアルバム「e o」を発表した。6月からは「e o」を携えた全国ツアーを開催中。