cero インタビュー|5年ぶりアルバムで手にしたシグネチャー、表現者5人のコメントで紐解く「e o」 (2/3)

妥協する意思はなかった

──続いてのコメントはODD Foot Worksのギタリスト・Tondenheyこと有元キイチさんです。荒内くんは「e o」を有元さんに聴いてもらいたかったそうですね。

有元キイチ(ODD Foot Works)

有元キイチ(ODD Foot Works)

生まれた瞬間に目の前に空白が用意されていて、そこにひたすら意味を書き足していくことが生きているということだと思います。
2022年の春、ODD Foot Worksというグループで「Master Work」というアルバムを作る前、メンバーと社長を呼んで、「このグループを脱退する」ということを伝えました。「男に二言はない」という言葉がありますが、だったら100言言いたくなってしまうタイプです。ですが、この発言は生涯一度きりしか言えないことを理解しています。
これには2つ理由があって。1つ目は「私は貴方」というその時点での個人の最高峰の楽曲を既に作ってしまったこと。2つ目は何ひとつ妥協をせず、集団でものづくりをすることが不可能だと感じてしまったことです。集団でものづくりをするのは「ハリー・ポッターと秘密の部屋」のダニエル・ラドクリフくらい骨が折れる作業です。

でも、その発言はある意味で逆の効果を作り出して、とてもピュアなものづくりを可能にしました。自分のことしか考えてない人達が集まって結果的に全員のことしか考えていないような表現が出来ました。自分の宝物です。この人生で1つだけ確実に保証されていることに気付けたから、今が楽しくて仕方ないです。

「e o」はまだリリース前の音源だから、iTunesのライブラリに全曲入れて、曲名を書き直して、アルバムのジャケットをはめる作業をしながら感想を書いています。案外こういう作業は楽しいです。
なんでこんなに意味のない文章をつらつら書いているのかというと、このアルバムがceroのメンバー同士の会話、人生、演奏面での会話、全てを内包した綺麗な空白になっているからだと思います。大好きなアルバムです。何よりこういう先輩が業界にいてくれてることが心強いです。一刻も早く打ち上げに呼んでください。

荒内 有元さんが三浦透子さんに提供した「私は貴方」(2022年発表)は、少なくとも日本の音楽では去年一番聴いた曲でした。「この曲を作った人は、自分と地元が同じだろう」と思って検索してみたら多摩出身で、僕と同じ東京西部の多摩川沿いの地域で育った空気感やセンチメントの在り方に、親近感が湧きました。あと、有元さんが作るサム・ゲンデルにも通じるサウンドも興味深かった。「私は貴方」だったら、サックスのブレスの音だけを録っていたり、テクスチュアルなところに対する心配りがすごく細かい。だから、有元さんには「e o」をぜひ聴いてもらいたいなと思ってました。

橋本 あらぴーは「私は貴方」経由だったけど、僕がキイチさんを好きになったきっかけは佐藤千亜妃さんのソロアルバムのサウンドプロデュースだったんです。アレンジはぶっ飛んでるけどすごくポップで、あらぴーと違うところから「この人はすごいな」と思ってました。

荒内 有元さんの作品で言うと、4月に出たご本人名義のシングル「聞いてたの? feat. 三浦透子」もすごくよかったよね。

──ceroがバンドとして妥協のない物作りをしていることへの敬意も、このコメントからは読み取れます。

荒内 前は「妥協しないといけない」という感じもあったんですけど、今回のアルバムではコンセプトとか、そもそもの理想像がないから、妥協のしようがなかった。だからそこは作り方が変わったんでしょうね。

髙城 妥協みたいな感覚、僕は考えたことなかったな。

荒内 前まではあったよ。音楽的な制約に限らず、例えばもう少しマーケットを意識するような曲を求められるようなこともあって。自分がやりたいこともうまくできないのに、そこにも応えなくちゃいけないのがつらい、みたいな葛藤はあったかな。

髙城 まあ、技術や身体的な限界もあったしね。「POLY LIFE MULTI SOUL」や「Obscure Ride」は、バンドで生演奏することに重きが置かれていた。だから、演奏面であきらめなきゃいけないという制限もあった。

──今回先行リリースされたシングル4作のうち「Fdf」はキャッチーですけど、そのあとの3曲はいわゆる“ヒットするためのシングル”や“ポップさ”という発想からは完全に外れてますもんね。

荒内 その“ポップさ”の捉え方が僕はわからないんですよ。大ヒットした米津玄師さんの「KICK BACK」なんて、すごくぶっ飛んでるでしょ。「チェンソーマン」の主題歌とはいえ、転調の仕方とか倒錯的だし。だから最近は何がポップかわからない。

髙城 長谷川白紙さんの曲もそうだよね。少なくとも僕らの周りでは曲調がポップかどうかはあんまり考えてなかったりするんじゃないかな。

──時代を経てきたということもあるのでは? 2015年くらいまではキャッチーさを求めるような空気がまだありました。

荒内 確かに。

髙城 やっぱり以前はフィジカルを売らなきゃいけないという重圧があったのかな。今はサブスクの普及が進んで、どんなメディアであれ聴かれればいいという届け方だから。

──そういう意味では「私は貴方」は、キャッチーさやポップさといったフックに関係なく、ceroに飛び込んできた曲なんですね。有元さんのコメントには「メンバー同士の会話、人生、演奏面での会話、全てを内包した綺麗な空白」というワードがあるのも重要な指摘では?

髙城 音楽ライターの柴崎祐二さんがアルバムの特設サイトに書いてくれた論評(参照:「非完成」の音楽とは何か ―生まれ、変化する『e o』)にも、似たようなことが書いてありましたね。やり取りされたであろう会話や、選ばれなかったアレンジとかが曲の中で層になっているように感じられる、みたいな文章だったかな。

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BIMが引き合わせた、エンジニア・小森雅仁との出会い

──続いてはヒップホップシーンからこの方です。

BIM

BIM

ちょっと暑くなりすぎた夕暮れ時に冷房を付けて聴き始めました。
何故かこのアルバムを聴きながら冷房で身体を冷ますのが勿体なく感じてしまって、冷房を止めて窓を開けました。 BIMの中の大きなミッションを一つ昨夜に終えたところ、このアルバムを聴いて明日からのミッションが出来ました。

橋本 「明日からのミッション」が気になる。

荒内 BIMくんはパラボタ(髙城晶平によるソロプロジェクト・Shohei Takagi Parallela Botanica)のアルバムの特集でも、コメントを書いてくれていたよね(参照:Shohei Takagi Parallela Botanica「Triptych」インタビュー)。「e o」について変に重く語ろうとする傾向があるけど、これぐらいライトに反応してもらえるのもうれしいよね。

髙城 うれしい。BIMくんらしいし、ありがたいよね。

──BIMさんとの接点があるのは髙城くんですよね。STUTSさんがサウンドプロデュースをした楽曲「Tokyo Motion」(2020年発表)に客演で参加しています。

髙城 それもそうなんですけど、実は「e o」のエンジニアの小森雅仁さんを紹介してくれたのは、BIMくんだったとも言えるんです。「Tokyo Motion」のエンジニアが小森さんだったから。一緒に仕事をしたのはそのときが初めてだったんですけど、声の録り方がすごくよくて。自分の歌が異様なくらいシルキーに聞こえて、歌がうまくなったような気がしたんです。あらぴーとはしもっちゃんにも「小森さんというエンジニアさんがすごくよかったよ」と話した記憶があります。その流れがあったからBIMくんの存在は今回めちゃめちゃ重要でした。

荒内 言ってたね。

髙城 あの出会いがなかったら「e o」はこんなふうにはなってないと思うんです。感謝しかないですね。

──「歌が異様なくらいシルキーに聞こえた」というのは、声にフォーカスした処理のせいですか?

髙城 主に声の処理の仕方が、今まで一緒にやってきたエンジニアさんとはだいぶ違ったんです。最初に「Nemesis」のシングルバージョンのラフミックスが上がってきたときに、めちゃめちゃオートチューンが効いてロボットみたいな声になっていて、けっこうびっくりしたんですよ。「もう少し人間味のある状態に戻してもらえますか?」とリクエストしていい塩梅を探っていったんですけど、逆に言うと音程をそこまで曲に合わせていくような作り方ってそれまでしてこなかったなという気付きもあったんです。その驚きから、いろんな曲で声の取り扱い方が決まっていったのは大きかった。

荒内 小森さんは、基本的にはトラックと歌を分けた作り方をする人。最初は、曲によっては分離しすぎてるかなと思ったし、やっぱり楽器の音が前に出ないといけないところもあるので、やり取りする中で変えてもらったりもしました。小森さんとしてもちょっと新しいやり方だったんじゃないかな。

髙城 実際、小森さんもそんなツイートをしてたよね。

荒内 今回のceroサイドの制作環境は部屋だから、ほぼLogicだけみたいなしょぼい状況だったんですよ。でも、面白いと思って採用していた音がたくさんあったし、それを小森さんに渡せば結果的にすごく説得力のあるものになるだろうという見通しがあった。

髙城 そういう、ある意味で他人任せにするような態度って、これまでのceroにはなかったものだと思う。小森さんがこれまでやってきた仕事への信頼もあったし、そういう方法でceroを料理してもらったらどうなるんだろうという興味もありました。軌道修正すべきところはあらぴーが意見したりして、曲のアングルが決まるということだったのかな。

──声が前面に出ているだけでなく、キーボードの音の透明度が高いと感じました。アルバム全体に作用した小森さんの仕事は大きかったのでは?

荒内 質感に関しては小森さんの存在が大きい気がする。

橋本 小森さんがどんな作業をしているのかはわからなかったけど、プラグインをいっぱい使って操作してるところを見ていて、最先端のことをやってくれてるんだろうなという安心感はすごくあったかな。

髙城 細かいことを言わずに小森さんに投げて、返ってきた音に対してイエスかノーを言う。ちょっと違ってたら第2案、第3案を出していくというパターンが多かったです。生ピアノの音に関しては、あらぴーと小森さんがディスカッションしていたよね。

荒内 今回はグランドピアノ、アップライト、電子ピアノ、ソフトウェアのピアノを使い分けていて。「Angelus Novus」には2種類のピアノの音が入っています。グランド、ソフトのピアノ。小森さんには「いわゆるポストクラシカルみたいなピアノの音にはしたくないです」みたいな相談をしてました。小森さんは僕らと同年代で通ってきたものが近いのか、感覚的に通じやすいところがあるんですよ。いいと思うツボが近いのは一緒にものを作るときに楽でしたね。

髙城 BIMくんのおかげで、今までの取材で意外と話せてなかった小森さんとの仕事のことが答えられてよかった。