1990年代にフィッシュマンズが開催していたライブイベント「闘魂」が実に20年ぶりに復活を遂げる。
このイベントはフィッシュマンズがYO-KINGやSUPER BUTTER DOG、HONZI、Buffalo Daughter、東京スカパラダイスオーケストラといった強者たちと対バンを繰り広げた名物ライブシリーズだったが、ひさびさの開催にあたってフィッシュマンズが相手として指名したのはなんとcero。デビュー当時からフィッシュマンズと比較され、今年に入ってからは傑作「POLY LIFE MULTI SOUL」を作り上げたceroは、フィッシュマンズとどのような一戦を展開するのだろうか? 音楽ナタリーの特集では茂木欣一(フィッシュマンズ)と髙城晶平(cero)の特別対談をお届けする。
取材・文 / 大石始 撮影 / 平野太呂
フィッシュマンズは初めて触れた引き算の音楽(髙城)
──髙城さんがフィッシュマンズを聴き始めたのはいつ頃ですか?
髙城晶平(cero) 荒内(佑 / cero)くんが先に好きになって、僕が聴き始めたのはフィッシュマンズが活動休止したあとなんですよ。高校の隣に一風変わった大人たちの社交場になっている喫茶店があって、そこの人たちがみんなフィッシュマンズが好きで。そこの人たちが「記憶の増大」(1990年代末のフィッシュマンズのライブを収めた映像集)をVHSにダビングしてくれたんです。
茂木欣一(フィッシュマンズ) へえ、なんていうお店?
髙城 仙川のタイニーカフェというお店です。高校生の頃に弾き語りをやらせてもらったこともあるお店で。大人たちが喜ぶだろうなと思って「ナイトクルージング」をカバーしたら、「10年早いね!」と言われて(笑)。子供ながらに「大人たちにとってフィッシュマンズは聖域なんだな」と気付かされました。
──当時、髙城さんはフィッシュマンズの音をどう捉えてたんですか?
髙城 高校生の頃は「せーの」でやる音楽に引き寄せられたんですけど、僕にとってフィッシュマンズは初めて触れた引き算の音楽だったんですよ。「こんな音楽があるんだ」という衝撃がありましたね。
茂木 確かにアルバムごとにどんどん引き算の方向に向かっていった感じはあるよね。結成当初はThe Clashみたいな曲を、それこそ「せーの」でやってたんだけど、自分たちにふさわしい音楽を探していくうちに、レゲエのリズムの考え方を意識するようになって。Arrested Developmentやベックも大きなヒントになったね。
「POLY LIFE MULTI SOUL」は今年一番の衝撃作(茂木)
──デビュー当時のceroはフィッシュマンズとよく比較されていましたよね。そのことについて髙城さんはどう思っていたんですか?
髙城 「そりゃ比較されるよな」っていうぐらいメチャクチャ影響受けてましたからね(笑)。僕ら世代のバンドってフィッシュマンズへの距離が独特だと思うんですよ。僕よりもちょっと上の、フィッシュマンズに近い世代だと音楽的にはあまり寄せられないというか、「そう簡単には真似できないぞ」という感覚があると思うんです。でも僕らは無邪気にもフィッシュマンズの影響をかなり受けて、そこからどう自己を確立していくかという試行錯誤の段階に入っていくわけです。最初のアルバムの頃からそういうことを考えていたけど、3枚目のアルバム(2015年5月発売の「Obscure Ride」)あたりから自分の中でフィッシュマンズとの距離感を意識しないようになってきたんです。抗うことをやめたというか。
──ボーカリストとしては佐藤(伸治)さんの歌詞の世界からどう逃れていくかという試行錯誤もあった?
髙城 言葉については佐藤さんとはだいぶ違うタイプだと思ってます。僕の歌詞はもっと具体的で、歌詞を読めばシチュエーションがはっきりわかるようなことしか書いてないけど、佐藤さんの歌詞は言葉のゆらめきにフォーカスしているので、何が起きていて、どこが舞台になっているか、ほとんどわからない。タイプとしては一番遠いと思います。佐藤さんみたいな言葉は僕には絶対に書けない。
茂木 佐藤くんの言葉はどんなふうに捉えられるものでもあるよね。でも髙城くんの歌詞も佐藤くんの歌詞も、時代が移り変わってもその時代の視点から解釈できるものだと思う。
髙城 うれしいですね。佐藤さんの言葉があの声と分かち難く結びついていることも大きいと思います。フィッシュマンズの歌詞を言葉として読むと、佐藤さんのあの声で再生されちゃうんですよ。だからこそ、ほかの人には真似できない。
茂木 ところで、佐藤くんの声を初めて聴いたとき、どんな印象を持った?
髙城 いやー、やっぱり……気持ち悪いと思いました(笑)。
茂木 それはみんな言うよね!(笑)
髙城 でも、すぐにやみつきになりました。佐藤さんの声はもちろん忌野清志郎さんも連想させるんですけど、それプラス、僕の中では原マスミさんだったり、知久寿焼さんみたいな日本のアンダーグラウンドの人たちを思い起こさせるところもあって。そんなフィッシュマンズがオーバーグラウンドのものとして受け入れられていること自体、最初はすごく不思議だった。「えっ、これが東京を代表する音楽だった時代があったの?」っていう。
茂木 めちゃくちゃ面白いね!
髙城 すごく失礼なことを言ってるかもしれないけど(笑)。
茂木 でもね、「POLY LIFE MULTI SOUL」(ceroの最新作)にはそういう印象があったな。「魚の骨 鳥の羽根」を初めて聴いたとき、「これはなんなんだ?」という異物感があって、こういう感覚ひさびさだなと思った。そういった異物感を感じた音楽をあとから好きになることってけっこう多くて、案の定「POLY LIFE MULTI SOUL」は僕にとって今年一番の衝撃作になったんだよね。
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僕だけだと「魚の骨 鳥の羽根」の発想は出てこない(髙城)
- フィッシュマンズ presents “闘魂 2019”
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- 2019年2月19日(火) 東京都 Zepp Tokyo
OPEN 17:30 / START 18:30出演者 フィッシュマンズ / cero
- 2019年2月19日(火) 東京都 Zepp Tokyo
- フィッシュマンズ
- 1987年に佐藤伸治(Vo, G)を中心に結成されたロックバンド。1991年に小玉和文(ex. MUTE BEAT)のプロデュースのもと、シングル「ひこうき」でメジャーデビューを果たす。当時のメンバーは佐藤、小嶋謙介(G)、茂木欣一(Dr)、柏原譲(B)、ハカセ(Key / 後のHAKASE-SUN)。ライブではzAkがPAで加わるなどして、徐々に独自のサウンドを作り上げていく。小嶋、ハカセの脱退を経て、1996年にアルバム「空中キャンプ」をリリース。レゲエを軸に、ダブやエレクトロニカ、ロックステディ、ファンク、ヒップホップなどの要素を取り入れた、独特の世界観で好評を博す。その後も木暮晋也(G / Hicksville)、ダーツ関口(G / ex. SUPER BAD)、HONZI(Key, Violin)をサポートメンバーに迎え、音源リリースやライブ活動を展開。1998年末をもって柏原がバンドを脱退し、その後の動向が注目される中、1999年3月に佐藤が急逝。これによりバンドは活動休止を余儀なくされるが、バンドは2005年夏に「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2005 in EZO」で、ゲストボーカルを迎える形で復活。その後も単独ライブやイベント、フェスなどで不定期にライブを行っている。
- cero(セロ)
- 2004年に髙城晶平(Vo, Flute, G)、荒内佑(Key, Sampler, Cho)、柳智之(Dr)の3人により結成された。2006年には橋本翼(G, Cho)が加入し4人編成となった。2007年にはその音楽性に興味を持った鈴木慶一(ムーンライダーズ)がプロデュースを手がけ、翌2008年には坂本龍一のレーベル・commmonsより発売されたコンピレーションアルバム「細野晴臣 STRANGE SONG BOOK-Tribute to Haruomi Hosono 2-」への参加を果たす。2011年にはカクバリズムより1stアルバム「WORLD RECORD」を発表。アルバム発売後、柳が絵描きとしての活動に専念するため脱退し3人編成になった。2015年5月には3rdアルバム「Obscure Ride」、2016年12月には最新シングル「街の報せ」をリリース。2017年4月には2度目の東京・日比谷野外大音楽堂ワンマン「Outdoors」を成功に収めた。2018年5月に4thアルバム「POLY LIFE MULTI SOUL」をリリース。