「カウボーイビバップ」「サムライチャンプルー」「坂道のアポロン」「スペース☆ダンディ」「残響のテロル」と、アニメファンのみならず音楽ファンをもうならせる作品を世に送り出してきた渡辺信一郎監督の新作アニメが誕生した。「キャロル&チューズデイ」と題されたその作品のテーマは、ずばり音楽そのもの。キャロルとチューズデイ、境遇の違う2人の女の子が出会い、音楽シーンに大きな波を起こしていくドラマが描かれる。
人類が移住して約50年が経った火星が舞台というSF設定ながら、登場する音楽は2019年現在の世界の音楽シーンと完全にリンクしている。ベニー・シングス、モッキー、サンダーキャット、フライング・ロータス、リド、アイリック・ボー(Kings of Convenience)……そうそうたる海外アーティストが楽曲制作陣として名を連ね、日本からもNulbarich、☆Taku Takahashi(m-flo)、津野米咲(赤い公園)、Cornelius、cero、G.RINA、マイカ・ルブテ、D.A.N.、梅林太郎らが続々と参加。楽曲はすべて英語詞で作られ、ボーカルはネイティブな発音を持つ海外のシンガーが担当している。主人公であるキャロル&チューズデイの歌声を務めるのは、全世界オーディションによって選ばれたナイ・ブリックスとセレイナ・アン。フレッシュな2人の抜擢が物語のリアリティを深めている。
大規模なフェスでの一幕を描いた第6話「Life is A Carnival」ではサンダーキャットそっくりなアーティスト・スキップが登場し、サンダーキャット自身がボーカルをとるシーンが話題を呼んだ。また各話のタイトルには古今の洋楽ナンバーが引用されるなど、音楽ファンが楽しめる要素は随所に盛り込まれている。この特集では、渡辺監督と親交があり、アニメに深い造詣を持つミト(クラムボン)にインタビュー。音楽ファンが楽しめるポイント、凝りに凝ったアニメ描写のニッチな楽しみ方などを語ってもらった。
取材・文・インタビュー撮影 / 臼杵成晃
どのカードを切ってくるんだろう?
──渡辺監督の新作が音楽業界そのものを描く設定で、海外のアーティストが歌唱や制作を担当するという情報が発表されたとき、ミトさんはどう思いましたか?(関連記事:「キャロル&チューズデイ」キャスト・歌唱担当お披露目、渡辺信一郎は「自信作」)
もとからナベシン監督はどの作品にも必ず音楽がテーマに内包されているから、こういう形で音楽を取り上げることもあるだろうと思っていたんですけど……「ブレードランナー」周りでフライング・ロータスのミュージックビデオを作る(参照:渡辺信一郎が監督務める、フライング・ロータス新曲のアニメーションMVが公開)という話を遠巻きに聞いていて、その流れで、音楽に振り切ったアニメを監督がやりたがっているという噂は届いてたんですよ。でも「ブレードランナー」を作ったばかりだから(2017年に公開された短編アニメ「ブレードランナー ブラックアウト 2022」。参照:渡辺信一郎が「ブレードランナー」の3年後を描いた短編アニメ公開)、こんなに早いタームで来るとは思っていませんでした。
──折りよくボンズ20周年とフライングドッグ10周年というタイミングが来たので、通常よりも早く製作に取りかかったのかもしれませんね。
なるほど。じゃあ計画として考えていたのかな。「スペース☆ダンディ」(2014年1~3月に放送されたテレビアニメ。ミトをはじめ、菅野よう子、岡村靖幸、KenKen、向井秀徳ら多彩なアーティストが音楽を手がけた。参照:アニメ「スペース☆ダンディ」音楽に靖幸、菅野、向井ら)は放送後にたびたびスタッフで集まる会があって。キャストさんや製作の人たちでただただごはんを食べるだけなのですが(笑)、たまにナベシン監督が来ると、やはり「音楽を描く話が作りたい」という話はされていたんですよね。監督はジェイムス・ブレイクのライブ会場で鉢合わせたりとか、そういう方なんですよ。だから音楽の話と言っても「どのカードを切ってくるんだろう?」という興味はありました。Warp Recordsのような振り切ったサイバーなものをやるのか、古きよきスタンダード的なものになるのか。
──「キャロル&チューズデイ」は女の子2人の物語で、しかも歌はネイティブな英語を歌うアーティスト。しかも声優と歌手どちらも新人を起用する形で、今現在の世界的な音楽のムーブメントを取り入れた世界を描くというものになりました。セリフは声優による日本語で、歌パートになると海外アーティストの声に切り替わるのが大きな特徴ですね。
声優さんと歌パートが違うというのは、「マクロスF」の遠藤綾さんとMay'nさん(劇中に登場する歌姫シェリル・ノームの声を遠藤、歌声をMay'nが担当)のような例もいくつかありましたけど、いわゆるネイティブな英語の歌を違和感なく聴くというのは衝撃的で、新鮮でしたね。海外のアニメで歌われるんだったら話はわかるんですけど、普通に声優さんがあのトーン……日本のアニメとしてなじみのある空気感で進んでいるのに、突然シーンがミュージカル級に変わっていくので。そのショッキングな感じが1話目を観たときの大きな印象です。
キャロルとチューズデイの今っぽさ
──のちに起こる「奇跡の7分間」の物語であると1話目冒頭から触れる構成もインパクトがありました。
毎回アバンタイトル的に出てきますよね。ただしそれは超能力でもなんでもない、という差分が舞台としてすごく練られているなと。火星もあってAIもあって、ナベシン監督らしいサイバーパンク的な発想が内包されているから、非現実的なんだけど違和感がない。
──未来の火星を舞台にしながら、今現在のニューヨークあたりの要素が随所にあって。非現実とリアルが不思議と違和感なく混ざり合ってますよね。
キャラデザが違えばそのまま「スペース☆ダンディ」の世界に飛べそうなレベルですもんね(笑)。
──キャロルとチューズデイをいちアーティストとして見ると、どういう魅力を感じますか?
まだ前半なのでなんとも言えないですけど、2人が出会った時点ですでにケミカルは起きているので、ここから才能開花のプロセスがどうドラマチックに描かれていくのか純粋に楽しみですね。それよりもやはり気になるのは、あの細かいディテール。片やギブソンのハミングバード、片やNordのキーボードという、アコースティックなものとアップトゥデイトなものを端的なキャラクターとして置いているのはすごくいいなと。2人共楽器を持っていると、ともすればレイドバックしちゃうんですよね。ここにドラムがいてベースがいて……みたいなバンドのフォーマットだったら、きっと今っぽさが出ないんですよ。
──確かに。
チューズデイがライブのシーンでピッとスマホでリズムボックスを走らせるところ、ああいうのはすごく今っぽい。そのあたりの設定やディテールって、アニメで描くうえで実はけっこう大事なんだけど、ここまでこだわる作品はなかなかないですからね。
──「人類が火星に移住して50年」という時代設定ながら、音楽周りのディテールは完全に2019年的というか。あえてInstagramという単語をそのまま使って動画をアップしたり、意図的に今現在の要素を落とし込んでいるようにも感じます。
そうそう。ちゃんと音楽を知っている人が書いたプロットやテーマだと思うし、ライブハウスの描写はすごく泥臭いんだけど、それが大きいフェスにつながっていくところなんてすごく今っぽい。フェス運営とか大人の生臭い部分、今の音楽業界に近いプロセッシングがしっかり垣間見えて……なかなかニッチなことをするなあと。
──とことんリアルな描写が出てきたかと思えば、10人のライブハウスに立った翌日に数万人のフェスのメインステージへ、みたいな展開はマンガ的でもあって。それが極端で折り合わないわけじゃなく、物語に自然と入り込んじゃうのが不思議なんですよね。
そうですね、違和感は感じない。フェスの舞台はおそらくコーチェラ(アメリカの大型野外音楽フェス「Coachella Valley Music and Arts Festival」)あたりがモデルなのか、照明の感じだとか、舞台装置はすごく今っぽい。そしてサンダーキャットはまんまサンダーキャットだし(笑)。そういう丁寧なディテールがあると、ある種ストーリーに集中できるんですよね。潜在的な違和感を感じさせないところが、音楽を描くナベシンさんのすごいところで、「坂道のアポロン」(2012年4~6月放送)もそうでしたよね。ドラムの演奏シーンで、リムのところにしっかり行くためにはグリップをちょっと変えなきゃいけないとか、そういう画もしっかり撮れてるからこそ、物語の世界に入り込めるんだと思います。
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ヴェイパーウェイヴとリンクした90年代前半の西脇イズム
- テレビアニメ「キャロル&チューズデイ」
- 放送 / 配信情報
フジテレビ:毎週水曜日24:55~
テレビ西日本:毎週水曜日25:55~
東海テレビ:毎週土曜日25:55~
北海道文化放送:毎週日曜日25:15~
関西テレビ:毎週火曜日25:55~
BSフジ:毎週水曜日24:00~
Netflix:毎週木曜日配信
- スタッフ
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原作:BONES・渡辺信一郎
総監督:渡辺信一郎
監督:堀元宣
キャラクター原案:窪之内英策
キャラクターデザイン:斎藤恒徳
メインアニメーター:伊藤嘉之、紺野直幸
世界観デザイン:ロマン・トマ、ブリュネ・スタニスラス
美術監督:河野羚
色彩設計:垣田由紀子
撮影監督:池上真崇
3DCGディレクター:三宅拓馬
編集:坂本久美子
音楽:Mocky
音響効果:倉橋静男
MIXエンジニア:薮原正史
音楽制作:フライングドッグ
アニメーション制作:ボンズ
- キャスト
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キャロル:島袋美由利
チューズデイ:市ノ瀬加那
ガス:大塚明夫
ロディ:入野自由
アンジェラ:上坂すみれ
タオ:神谷浩史
アーティガン:宮野真守
ダリア:堀内賢雄
ヴァレリー:宮寺智子
スペンサー:櫻井孝宏
クリスタル:坂本真綾
スキップ:安元洋貴
- 挿入歌提供 / 参加アーティスト
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アイリック(キングス・オブ・コンビニエンス)/ エヴァン・“キッド”・ボガート / ティム・ライス・オクスリー(キーン)/ ジェン・ウッド / 津野米咲(赤い公園)/ Nulbarich / ベニー・シングス / リド / フライング・ロータス / サンダーキャット / ☆Taku Takahashi(m-flo)/ G.RINA / マイカ・ルブテ / cero / D.A.N. / 梅林太郎 / マディソン・マクファーリン / テイラー・マクファーリン / マーク・レディート / アリソン・ワンダーランド / スティーブ・アオキ / Mogwai / アンディー・プラッツ / Cornelius / and more
- TVアニメ「キャロル&チューズデイ」公式サイト
- TVアニメ「キャロル&チューズデイ」(公式) (@carole_tuesday) | Twitter
- CAROLE & TUESDAY (@caroleandtuesday) | Instagram
- キャロル&チューズデイ-carole&tuesday- | Facebook
©ボンズ・渡辺信一郎/キャロル&チューズデイ製作委員会
- キャロル & チューズデイ(Vo. NaiBr.XX & Celeina Ann)「Kiss Me / Hold Me Now」
- 2019年5月29日発売 / FlyingDog
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[CD] 1404円
VTCL-35302 -
[アナログ] 2160円
VTJL-2
- CD収録曲
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- Kiss Me[作詞・作曲・編曲:Nulbarich]
- Hold Me Now[作詞・作曲・編曲:Benny Sings]
- Kiss Me TV size ver.
- Hold Me Now TV size ver.
- アナログ収録曲
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SIDE A
- Kiss Me
SIDE B
- Hold Me Now
- V.A.「VOCAL COLLECTION vol.1」
- 2019年7月10日発売 / FlyingDog
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[CD] 3240円
VTCL-60499
- 収録予定曲 / アーティスト
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- The Loneliest Girl / キャロル & チューズデイ(Vo. NaiBr.XX & Celeina Ann)[作詞・作曲・編曲:Benny Sings]
- Round & Laundry / キャロル & チューズデイ(Vo. NaiBr.XX & Celeina Ann)[作詞・作曲・編曲:津野米咲]
- Who am I the Greatest / DJアーティガン[作・編曲:☆Taku Takahashi(m-flo)]
ほか約20曲の劇中歌を収録予定。
- ミト
- スリーピースバンド・クラムボンのベーシストとして1996年に活動を開始。1999年にシングル「はなればなれ」でメジャーデビューを果たし、自由で浮遊感のあるサウンドとポップでありながら実験的な側面も強い楽曲、強力なライブパフォーマンスで人気を集め、コアな音楽ファンを中心に厚い支持を得る。ソロでの活動を楽曲提供、プレイヤー、プロデューサー、ミックスエンジニアなど活躍の場は多岐にわたり、「<物語>」シリーズや「スペース☆ダンディ」「宇宙よりも遠い場所」「心が叫びたがってるんだ。」など多くのアニメ作品でテーマソングや劇伴を手がけている。2019年5月にはクラムボンのメジャーデビュー20周年を記念して、ワーナーミュージック・ジャパンから発表された初期作品がアナログ化。6月以降は「JP」「まちわび まちさび」「ドラマチック」「Re-clammbon」「id」といったアルバム作品がLPとして毎月連続でリリースされる。