Bialystocksのキャリア3枚目のアルバム「Songs for the Cryptids」がリリースされた。
音楽ファンのみならずミュージシャンや著名人からも熱視線を注がれ、特別な存在感を放ち続けているBialystocks。彼らが大きな注目を浴びる契機となった2022年発表のメジャー1stアルバム「Quicksand」以来およそ2年ぶりとなる今作には、タイアップ付きの既発曲4曲と、映画「ルート29」の主題歌「Mirror」を含む新曲6曲の全10曲が収録されている。
音楽ナタリーでは菊池剛(Key)と甫木元空(Vo)それぞれにインタビューし、それを前編・後編に分けて掲載。菊池に制作時のモードやアレンジ含む音楽性、甫木元に歌詞やアルバム全体像についてをメインに、じっくりと語ってもらった。
そのほかのIRORI Records ニュース・特集まとめはこちら
取材・文 / 天野史彬撮影 / 藤重廉
自分にとってのBialystocksの存在意義
──アルバム「Songs for the Cryptids」を作り上げられて、菊池さんとしては、本作に対してどのような思いを抱いていますか?
そうですね……まだ客観的に見ることはできていないんですけど、アルバムを見越して作ったというより、1曲1曲を作っていくうちにアルバムにたどり着いた感じなので、1つの物語というよりは曲集というイメージに近い作品になったと思います。
──2022年に前作のメジャー1stアルバム「Quicksand」がリリースされて以降、タイアップが増えていき、「Bialystocksとはこういうアーティスト」という世間のイメージに向き合う機会もあったのではないかと思います。菊池さんは、ご自身たちの状況の変化にどのように対応してきましたか?
確かにタイアップは増えましたけど、個人的にはそこまで環境の変化は感じていなくて。世間的にすごく知られているわけでもないし、特定のイメージ像に自分たちをはめなければいけない、というプレッシャーみたいなものは感じていないんです。インディーの頃と変わらず、自由に活動できていると思います。
──今回のアルバムは、前作までBialystocksが作ってきたものから新しい場所に旅立っているような作品だと個人的には感じたんですけど、そういう感覚はあったりしますか?
本当に、ずっと1曲1曲作ってきている感じなので、何かが仕切り直されたような感じもないんです。
──菊池さんの中で、Bialystocksというアウトプットの存在意義みたいなものが変化している感覚もないですか?
そうですね。そこまで変わらないし、変えないように意識しているところもあると思います。そもそも僕の中にはソロでもやりたいという気持ちがあって、そのうえで始まったバンドではあるので、Bialystocksに自分のやりたいことのすべてを無理やり詰め込まないようにしようとはずっと思っているんです。そうやってぐちゃぐちゃになってしまうと元も子もないし、Bialystocksのコアはあくまでも僕と甫木元(空)の組み合わせであって、「甫木元とできること」の範囲は超えないようにしようと。ただ、甫木元は音楽的にすごく達者な人間というわけではないので、多少無理はしてもらいつつ、成長してくれるのを待ちつつ、という感じ。ちょっと上からの言い方ですけど(笑)。
──菊池さんから見て、甫木元さんから生まれてくるものに変化はあると思いますか?
甫木元の音楽って、最初の頃は「ボロい畳の四畳半」みたいな……よくわからない表現ですけど(笑)、そういうイメージがあったんです。意図的に粗さを出しているような感じがあった。でも、最近は歌詞にしても、サラサラしたもの、柔らかいものが出てくるようになっていると思います。
──それはなぜなのか、菊池さんの視点から感じられることはありますか?
大人になったんですかね。理由はいろいろあると思います。人生的にも、今は落ち着いてきているのかもしれない……よくわからないですけどね(笑)。
──「Bialystocksに菊池さんのすべてが出ているわけではない」という前提で、では菊池さんのどのような部分が出ていると思いますか?
毎回、自分が「不得意かも」と思うアレンジとか、自分がやってこなかったこと、自分の中からは自然に出てこないようなことに挑戦しようとしている感覚はあります。僕は手癖だけで作ると、1930~50年代くらいの音楽の要素が強く出るんですけど、そうではなく、ロックっぽい部分が出てくる。ギターでジャカジャカみたいな曲は、自分にとっては意識しないと作れないものですが、Bialystocksはそういう新しく学んだことを表現できる場所かもしれません。
──菊池さんが音楽をやっていくうえでは、そういう場所が必要だったということですね。
どうなんですかね。新しいスキルを得ることは必要だと思いますけど、それを人に向けて発表する場所が必要かどうかと言われると……。こうやって話していると、自分は本当に何も考えないで活動しているんだなあと感じます(笑)。このバンドも「やろう」と思ったわけではなく流れで始まって今に至るし、Bialystocksの活動を振り返ったり、今後のことを決めたりしたことがなくて。ふわっとしていますよね(笑)。
──でも、「続けていきたい」とか「続いていくであろう」という気持ちもありますか?
それさえもあまり考えていないです。でもまあ、あと数年くらいはやっているんじゃないかという気はします。30年後とかになると、よくわからないですね。
ロックを見直していた
──菊池さんはこれまでも、好きな音楽としてよくフランク・シナトラの名前を出されていますよね。ほかにも、先ほどもおっしゃったように1930~50年代くらいの音楽がお好きだそうですが、なぜそうした時代の音楽に惹かれるのでしょうか。
単純にグッとくるし、ちゃんと構築されている感じが好きなんです。自分は、音楽理論はあまりわからないし、体系的に作曲を学んだこともないので、どうなっているか詳しくはわからないんですけど、当時の職人たちが作った音楽は1音1音がちゃんと配置されて、意味があるように感じるんです。あえて言うなら、そういう部分が好きです。
──音楽に限らず、昔のものに惹かれるタイプの人もいますよね。みんなが摂取している新しい流行りものより、自分が見つけ出した昔の文化に触れていることに安心感を見出すような。
自分は全然そうではないですね。家やホテルはなるべく新しくてピカピカなものがいいし(笑)、昔のものに憧れがあるタイプではないです。
──「Songs for the Cryptids」は事前に何かを決めて作った作品ではないということですが、今振り返って、菊池さんの中での音楽的なモードはあったと思いますか?
アルバムの制作期間は、シナトラとかをあまり聴いていなくて、どちらかというと、ロックを見直していた時期でした。アルバムにもその感じはそのまま出ていると思います。制作期間中にいくつか、ギターやベースを買ったんですよ。ちょっと前はパソコン上でしかできないようなトラックを作るプロデューサーの作品を意識的に聴いたりしたんですけど、自分はずっと楽器奏者だったし、パソコンだったらトラックを足して盛り上がりを作るような部分も、昔は楽器奏者のスキルで同じような効果を出すことができていたよな、と思って。そういう、楽器のニュアンスでどうにかするような感覚を忘れかけていたな、思い出したいなと。それで今回は意識的に、伝統的な手法を取り入れようとしていたところはあると思います。
──特にアルバムの真ん中あたりに配置されている「憧れの人生」「虹」「聞かせて」といった楽曲に、今おっしゃっていただいたような音楽的魅力を感じます。人の手が奏でる楽器の音を重要視したのは、ライブを重ねてきた影響があるのでしょうか。
いや、それはないと思います。曲を作るときにも、ライブで映えるとか、そういうことを考えないようにしていて。ほかのアーティストでも「どうやってやるんだろう?」という曲が、同期を使わず、人間で解釈し直してライブで生まれ変わる瞬間を観るのが好きなので、自分たちもそういうやり方を忘れないようにしたいんです。
──あくまでも人間の手で演奏する音楽であるという。
そこに固執する必要もないんですけど、今、自分たちがやっているライブ会場の広さを考えても、細かいニュアンスが伝わるうちはそれでやったほうがいいのかなと思っていますね。
──ギターやベースを買われたということですが、普段から楽器はよく買われるんですか?
そんなには買わないです。家がシンセサイザーで覆い尽くされているような人もいますけど、そういうタイプではなくて。機材にこだわりたいというタイプでもないし。こうやって話していると感じますけど、本当に何も考えていない人間なんですよね。こだわりがあるポイントはあるけど、ないポイントはない、みたいな。すみません(笑)。
──いやいや(笑)。では、こだわりがあるポイントというと、どういった部分だと思いますか?
コール・ポーターの曲のように、グッとくるポイントを絶対に入れるということですね。
──「Songs for the Cryptids」というタイトルには、どのようなニュアンスが込められているんですか?
意味はないです。僕が気になった英単語をメモしたリストがあるんですけど、適当にそれを甫木元に見せたら、甫木元が「この中から決めよう」と言って、これになりました。なので、甫木元は何かしらを言うかもしれないですけど。
──すごくアルバムにピッタリなタイトルだと思いました。
であれば、よかったです(笑)。
次のページ »
The Beatlesのよさがわかった記念