Bialystocks菊池剛(Key)&甫木元空(Vo)ソロインタビューで紐解く3rdアルバムの世界 (3/4)

後編:甫木元空(Vo)ソロインタビュー
甫木元空(Vo)

甫木元空(Vo)

「意味を持たせない」

──「Songs for the Cryptids」はBialystocksにとっても、甫木元さん個人にとっても、新しいフェーズに入っていくような作品なのではないかと感じます。甫木元さんが本作を作り始める段階で考えられていたことはありますか?

前作「Quicksand」を作り終えて「次はどういう作品がいいんだろう?」と思ったとき、自分の中で「歌詞は軽くしていきたい」となんとなく思っていて。自分が体験したことをそのまま書くのではなく、より音楽になっていく感じ、というか。言葉や音に意味を持たせることよりも、響きとして歌詞と音が分離せず届くには?ということに興味を抱いていたと思います。アルバムの中で最初にできたのは「頬杖」(2023年4月配信シングル)なんですけど、この曲はアートワークも含めて現実そのままというより、ちょっとSF的なものを意識したんです。1980年代映画のファンタジックな感じ……言うなれば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年公開)みたいな、現実を肯定しつつ飛躍した解釈が自由にできる感じ。扱っていることは重いけど、表面的には軽さを持っている、そんな遊び心が曲にどんどん出てくればいいなと考えていました。

──前作「Quicksand」までで、ご自身の現実を書かれることについて「やり切った」という感覚もあったのでしょうか?

やり切ったというより「違うことをしたいと思った」というほうが近いですね。菊池と2人で話し合ったわけではないですが、まだ僕らは模索する時期だと思うし、アートワークも含めて今までと違う手触りのものを作りたかった。今回はアルバムの全体像においても、歌詞の作り方においても、何か重要なテーマが先行した感じではないんです。前作は映画(「はだかのゆめ」)が同じタイミングで公開されたこともあって意味付けしやすい部分があったと思うけど、今回はむしろ「意味を持たせない」という方向に行ったというか。たまたまできあがったものをパズルみたいにつなげて、組み合わせたらこうなった、という感じなんです。

──パズルのように組み合わせて作られた歌詞は、実際に甫木元さんが歌うものとしてもしっくりくるものになりましたか?

歌うのが難しい曲は多くなったかもしれないです。歌詞の意味も含めた「歌心」みたいな部分で、曲が持っている特性を表現するうえで菊池からのディレクションは今まで以上に明確にやってもらったと思います。そもそも歌を自分で所有しているという意識はなくて、今までは自分が思い浮かべる風景が明確にある曲が多かったんですよ。もちろん僕が誰かの死を歌ったとき、それを恋愛ソングだと受け取る人がいても構わない。いい意味での誤解を生むのは音楽の面白いところだと思うから。そのうえで今回は、1つの風景に限定せず、1曲の中で主観と客観が変わったり、1行ごとに人物も変わったりするくらいの感覚で書いた曲もあって。

──そうした書き方が如実に表れているのは、どの曲でしょうか。

例えば「Kids」は、自分の内側で、自分と子供の頃の自分が対話しているような曲になったと思います。子供の頃に感じていた時間感覚や、ものの見方を振り返ると「自由だったな」と思うけど、大人になると知識も増えるし、定義付けをしていく毎日の中で凝り固まっていくものもある。この曲は「君」と「僕」という言葉を使って「二人」の世界を描いているけど、実は自分の中にいる「二人」なのかもしれない。アルバムの中で同じワードがたくさん出てきますが、その意味合いもそれぞれ違ったりします。1曲目「空も飛べない」に出てくる「空」は、見上げたところにある空というよりは、もっと“あの世”のようなニュアンスも含めて「空」と呼んでいたりする。捉え方によっては生きている人の目線のようにも、死んだ人が死んだことに気付かずに歌っているように感じる部分もあって、「誰目線なんだろう?」という曲になっているし。

──なるほど。1曲の中にさまざまな視点や声が入ってくる。

「どこにも寄り添っていない」とも言えるんですけど(笑)、そのくらい、いろんな目線が入ってくるようなものになると面白いだろうとなんとなく思っていました。アルバムの中で「空も飛べない」と「虹」は初期の頃からあった曲で、「空も飛べない」は生死のようなものが原点としてありつつ、生死とは全然違うところから聞こえてくるものになってほしいという気持ちがありました。この曲がもし「Quicksand」に入っていたら重すぎるし、単なる嘆きや悲しいだけの曲に聞こえてしまったかもしれない。今回の、このタイトルのアルバムだからこそ、人間に見えていない世界の人たちが歌っている曲にも聞こえて、もっと広い話として捉えてもらえるかなと思ったんですよね。

甫木元空(Vo)

甫木元空(Vo)

悲観することが簡単な世界を肯定するには

──「Songs for the Cryptids」というタイトルには、甫木元さんとしてはどのようなニュアンスを込めていますか?

菊池さんが日頃採取している英単語があって、それを書き出したうえでスタッフ含めて「これかなあ」と最後に決めたタイトルです。なので歌詞と同じように音重視の部分もあるんですけど、個人的には、アートワークも含めてキャラクター化した世界の人たちの話というか。「自分には見えない世界の話」とか、「自分がいない世界の話」というニュアンスですかね。私小説ではなく、マジックリアリズム的な物語。この世のようだけど、どこか変なもの。未知の生物たちがアルバムに集まってきた、みたいな(笑)。そういう感じです。

──「見えないものがある」と感じる感性を、甫木元さんはどのように培ったのだと思いますか?

僕は霊が見えるとか、UFOを見たとか、そういう面白い体験がある人間ではないんですけど(笑)、この世界を肯定的に考えようとしたときの遊び心の1つとして、「そういうものがいたほうが面白い」と思ったんです。そのほうが、自由にいろいろなことが想像できますから。なので、遊び心の1つくらいの感覚ではあると思いますね。あと、やっぱり映画の影響もあると思います。さっきも言った、1980~90年代のアメリカSF映画とか。

Bialystocks

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──今回のアルバムに「軽さ」を求めたことに、「新しいことをやりたい」以外の理由はありましたか?

重たいものを重たく描くのではなく、1つひとつを軽いものに変換してアウトプットするほうが、今の自分が、今の世の中に対して出すものとしてふさわしいと思ったんです。今はどんどん悲観することが簡単な世界になっていますよね。悲劇や怒り、暴力って表現するうえで簡単だし、そういう刺激的な表現に自然と浸かってしまえる世の中になってきていて、それを抑制する力も盛り上がってきている。でも、そのどちらでもなく、「今生きている世界を肯定するにはどうしたらいいか?」と考えたときに、見えているものを変換していくこと、そこに遊び心や想像力を足していくことで、自分の景色が違うものに見えてくることもあるのかなと思うんです。

──「肯定」という言葉はこのアルバムの1つのムードを表しているような気がしますね。

今、何かを肯定することってすごく難しくなっていると思うんです。それをどうやったらできるだろう?ということを、アルバムを作り出す最初のほうは考えていたと思います。

2024年10月16日更新