The Beatlesのよさがわかった記念
──作曲時に菊池さんが抱いていたイメージを伺いたいんですけど、1曲目の「空も飛べない」は、空中を浮遊しているような感覚と地面を歩いているような感覚が同居しているような曲だと感じました。
「空も飛べない」はもともと甫木元が昔作った曲で、アルバムの中では最後に仕上げました。時間も迫っている中、深く考えず勢いで。「空も飛べない」と言っているけど、突っ走って飛んでいるくらいのイメージですね。
──2曲目の「Kids」は、ギターやハーモニーが、まさにロックの影響を感じさせる曲ですよね。
この曲はメロディを一気に作った勢いで、即興で歌うように作った部分が多い曲ですね。自分が普段は作らないようなメロディを意識しました。“The Beatles感”というか、昔のロックを体に降ろして一気に作った曲です。
──The Beatlesという存在は、「Kids」を作るうえで菊池さんの中でどのように捉えていたんですか?
ずっと嫌いくらいの感じだったんですけど、やっとよさがわかってきて。「Kids」はそのちょっとした記念です(笑)。僕は自分の中でグッとくる音楽が好きなんですけど、The Beatlesは全然グッとこなかった。音質もパサパサしている感じがしたし、「何がいいんだろう?」と思っていて(笑)。最初によさがちょっとわかったのは、自分でレコーディングをするようになって音響的な部分を少し理解できたとき。そこで初めて「いろいろがんばっていたんだな」と気付いたんです(笑)。
──今回、菊池さんの中で改めて見出したロックのよさは、どんな部分にあると思いますか?
まだよさがわかっていない名盤とかもいっぱいあるんですけど、自分の好きな1940年代くらいの音楽からのつながりは、ちょっとは自分の中で見えた部分があるかもしれないです。
──「憧れの人生」はどのように生まれた曲ですか? 楽器の響きがじんわりと染み込んでくるような、ブルージーな曲だと思いました。
この曲、最初はど真ん中のAORとして作ったんです。でも、あまりに甫木元の歌がそれに合わなくて(笑)、今のような枯れた感じのサウンドになったんです。
──随分変わりましたね(笑)。
変わりました(笑)。いろんなアレンジを試したんですけど、だいたいのアレンジが合わなくて、「これなら聴けるか」となったのが今の形です。
「歌から解放されたい」
──「憧れの人生」から続く「虹」「聞かせて」、それに最後の「Branches」など、アウトロが印象的な曲が今作には多いと思うんです。この存在感のあるアウトロは、どのようなことを考えながらアレンジしましたか?
確かに結果的に付け足したようなアウトロが多くなりましたけど、アウトロって、曲の中で自由になれる時間だと思うんです。歌の影響から逃げることができる唯一の時間というか、フリータイム感がある。意識したわけではないですけど、「歌から解放されたい」という気持ちはあったかもしれないです。
──Bialystocksの音楽は甫木元さんの歌が大きな存在感を持っていると思いますが、菊池さんの中では「歌から解放されたい」と思う部分があった?
あくまでも歌は主軸にしたいし、インストの曲を書きたいわけでもない。でも、歌が乗っているとどうしても合わないリズムや曲調はあるので、そういうものを表現するにはアウトロを利用するのが最適でした。
──なるほど。「虹」は1970年代のシンガーソングライターの作品のような美しい世界観のフォーキーな1曲ですね。
「虹」も「空も飛べない」と同じように甫木元がかなり前に作った曲なんです。ずっといき切れない感じでお蔵入りしていたんですけど、あるとき「こうすればいけるかも」というアイデアが浮かんだので今回作りました。
──アイデアの取っかかりはどんな部分だったんですか?
ある曲を作っているときに別の曲のアイデアを思い付くというのは、作曲者にとってあるあるだと思うんですけど、「虹」もそういう感じで。確か、何かコンテンポラリー系のジャズを聴いているときにひらめいた気がします。この曲は、入れようと思えばもっとほかの音も入れることができるんですけど、必要以上に凝らないようにしました。
──「聞かせて」はソウルフルな楽曲ですが、この曲もまたシンプルでオーガニックなアレンジが印象的です。
「聞かせて」も甫木元が作った曲が元にあって、甫木元自身はゴスペルっぽいイメージがあったみたいなんです。その路線で僕も考えてはみたんですけど、グッとくるポイントがなかったので変えました。ほとんどの楽器は家で録りまして、できるだけ少ない楽器で、マンネリにならないように、録り方や音色を工夫して1曲全体をつないでいけたらいいなと思っていました。
映画「ルート29」の音楽で目指した世界
──「Mirror」は映画「ルート29」の主題歌ですね。Bialystocksは「ルート29」の劇伴も担当されていますが、菊池さんはこの映画にどのように向き合いましたか?
音楽を付けるのが難しい映画でした。繊細で、多くが描かれているわけではない映画なので。前に甫木元が作った「はだかのゆめ」(2022年公開)で劇伴を担当したときも、音楽によって映画の雰囲気や見え方が大きく変わってしまう気がして難しかったんですけど、今回もそう感じたので、できるだけ森井勇佑監督と密に話し合って、イメージを聞き出しながら作っていきました。
──森井監督に求められたのは、どんなものだったんですか?
監督がけっこう天然な方で、どんなものを心の底から求めていたのか、完璧に理解したとは言いがたいかもしれません。でも「絵本のような世界にしたい」と言われていたのは印象的で、それをヒントにしつつ作っていった感じでした。
──「Mirror」は「ルート29」の最後に流れるという点で、どんなことを考えていましたか?
ぼうっと深く考えず映画本編を観たあと、自分の中のエンドロールとして頭の中に流れたものを形にしました。
「何も考えていない」
──「Songs for the Cryptids」のジャケットは菊池さんの趣味の登山と関係ありますか?
関係ないです(笑)。
──菊池さんとしてはこのジャケットにはどのようなイメージがありますか?
「暗いのがいい」とデザイナーさんに言ったと思います。暗いというかシックというか。カラフルじゃないほうがアルバムの内容に合う気がしたんです。あと、今までのジャケットはずっと絵だったんですけど、今回は絵じゃないなという感じがあって、もっと解像度が高いほうがいいと思いました。音楽的にも、前作は意図的にローファイにすることにハマっていたと思うんですけど、今回はもっとクリアで、ある意味“普通の音”であることを意識していたので、その流れもジャケットに反映されていると思います。
──その虚飾のなさこそ、このアルバムのムードなのかもしれないですね。
そうですね。人に聴かせるためにそういう選択をしているわけではないんですけど、あくまで僕の好みの周期としてそういうものだったという。「小手先でどうにかするのはやめよう」と思っていたのもあるかもしれないです。脚色したらなんでもそれっぽくなるけど、最近はSNSでもそれっぽいフィルターをかけた写真は流行っていないというじゃないですか。「そのままがいい」という。その時代性とリンクしているのかと言えば、していないと思うけど(笑)。でも、そういうものへの自分の中での飽き。それはあると思います。
──今の言葉で、このアルバムのことがすごくわかった気がします。
まあ、「何も考えていない」と強調して書いておいてください(笑)。「必要以上にストーリーを求めすぎないでください」ということです。
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後編:甫木元空(Vo)ソロインタビュー