バルーン(須田景凪) × ヒトリエ「WOLF」インタビュー | コラボ曲で結実した10年以上のリスペクト (2/2)

wowakaさんは自分世代にとっての“王”

──須田さんがボカロPとしての活動を始めたのとヒトリエがメジャーデビューしたのは今から約10年前のほぼ同時期ですが、当時のボーカロイドやネットミュージックのシーンについてはどういうふうに見ていましたか?

ゆーまお たぶん、当時の俺らはそこまでしっかりとネットの音楽を聴いてなかった気がする。

シノダ 忙しかったしね。同世代のやつらも、俺たちがメジャーデビューするタイミングとか、それよりちょっと前ぐらいに表に出始めた流れがあって。自分で選んだことなんで流れに乗ったつもりはないんですけれど、そういうのもあって、チャンネルがインターネットに向いてなかったのかもしれない。

ゆーまお そこからもうちょっと経ったら、それこそバルーンくんとか、n-bunaくんとか、和田たけあきとかが出てきて「すごく聴かれてるな。ボカロっていつの間にまた流行り出したんだろう」みたいなことを思って。自分たちは流行りの中で聴いていた自覚があったんですけど、「あれ? また戻ってきてない?」みたいなことを2015年とか2016年あたりに感じてました。「終わったんじゃなかったっけ? 飽きられているものじゃなかったんだ?」という。wowakaともそういう話をしましたね。

ゆーまお(Dr / ヒトリエ)

ゆーまお(Dr / ヒトリエ)

イガラシ ヒトリエの活動が始まってたんで、バンドのフィールドのほうに目がいってた時期っていうのもあるんですけど、あとは単純にネットのシーンは“wowakaのシマ”だと思ったんですよ。リーダーにいろんな仲間がいて楽しくやってくれてたら、僕らはそれでいいと思ってた。自分はあんまり近寄らないようにしておこうと。だからあまり触れてなかったですね。

──須田さんとしてはどうでしょうか。バルーンとして活動を始めて「シャルル」を投稿するくらいの頃のボカロシーンにはどういう記憶がありますか?

須田 自分は高校生くらいからニコニコ動画でネットの音楽を聴き始めてハマって。専門的な音楽の大学に入ったんですけど、大学でもライブハウスでも「ボカロなんて聴いてるやつはダセえ」という風潮が強くて、なんなら「J-POPダサい」みたいなところにいたんです。だから周りに「ボカロが好きです」なんて言えなかった。自分の好きなものが言えないもどかしさを抱えながら生きてきて、いざ自分も曲作りを始めようとしたんですけど……それこそ、wowakaさんって自分世代にとっての“王”なんです。その“王”がそこまで培って来たものから形を変えてバンド活動を始めるのって、当時「ボカロが好き」すら言えない自分からしたら、本当になんて勇気のあることをしているんだろうと感じました。それと同時に、すごい自分が恥ずかしくなったというか。自分が愛しているものをやっていくことの美しさみたいなことは、その当時からすごく感じていて。それを一番覚えてるんですよ。自分が須田景凪としての活動を始めたのは2018年ですけど、たぶんwowakaさんがヒトリエを始めた当時のほうがネットカルチャーから世に出ていくことってめちゃくちゃハードルが高かったと思います。相当な勇気や覚悟もいると思う。それは当時の自分では考えられないくらいの衝撃だったんで、そこへの驚きと尊敬みたいなところが記憶として一番大きいですね。

この気持ちが少しでも風化するのが嫌だった

──「バルーン × ヒトリエ」名義でリリースされる新曲「WOLF」についても聞かせてください。これはどういうとっかかりで作り始めた曲なんでしょうか?

須田 そんなに詳細をしゃべるべき曲じゃないなとは正直思ってるんですけど……大好きで尊敬する先輩がいなくなって、そのあとすぐに書いたんです。そのときは、今思ってるこの気持ちが少しでも風化するのが嫌だと思って書きました。だから言ってしまえば、どうやってリリースするとか、そんなことは考えていなかった。もしかしたら一生世に出ないかもしれないくらいの気持ちで書いたんですね。

──今回のリリースのタイミングではなく、前からあった曲だったんですね。

須田 はい。いろんな巡り合わせがあって、今回ヒトリエの皆さんと対バンさせていただくことになったときに、ヒトリエの皆さんに演奏をお願いしたい、それ以外考えられないなと思ってお話しさせてもらって。それを受けていただいたからこそリリースするという。時が来るべくしてきたな、という感じですね。

──楽曲の制作はどんな感じで進んでいったんでしょうか?

須田 まず自分が完成させたデモを今回のためにもう一度ブラッシュアップして整理して、ヒトリエの皆さんに展開しました。レコーディングの休憩中にイガラシさんともしゃべりましたけど、この楽曲における解釈みたいなところを話して、作っていきました。

──「WOLF」という曲のデモを受け取って、ヒトリエの皆さんはどんなふうに感じましたか?

イガラシ 本当に好きでいてくれたんだなって思いました。

ゆーまお 僕も同じくそう思いました。素のままでやったほうがいいんだろうな、というのは感じました。

シノダ 僕は「どれくらいのギターの“面積”が来るんだろう?」みたいな感じで、wowakaに弾かされたあの頃の古傷がよみがえるような感覚だったんですけど、いざ弾いてみたら「これ全然弾けるやつだ」と思って安心しました。

シノダ(Vo, G / ヒトリエ)

シノダ(Vo, G / ヒトリエ)

──須田さんとしてもヒトリエをイメージしたサウンドや曲調だった?

須田 そうですね。サウンド感に関しては完全にヒトリエをイメージしていました。だからヒトリエの皆さんが一緒にやってらっしゃるエンジニアの平井(信二郎)さんにもお越しいただいて。録音の段階で自分が10年以上前から知ってる音だったんで、めちゃくちゃテンションが上がったし、いろんな感慨深い気持ちもありながら演奏をしていただきました。でも、サウンド感に関してはもちろんヒトリエをイメージしていたものの、ヒトリエっぽい曲を書きたいと思って書いたわけではなく、当時自分が思ったことを尊敬という形で自然にアウトプットしたものなので。それ以外は細かく寄せていくとか、そういうことは一切なかったです。

──むしろ須田さんの中では、自分の素直な思いを書いた大事な曲だったんですね。

須田 こう言うと誤解が生まれちゃうかもしれませんけど、リリースできなかったとしても、別にそれはそれで構わないというか。どれだけ聴かれたいかという曲じゃなくて、どれだけ自分の思いやエゴを凝縮できるかみたいな曲ですし。こういう巡り合わせが来なかったら別に世に出なくてもよかった。それくらい大事な曲なんで、結果としてヒトリエの皆さんに演奏していただいて、考え得る最高の形になってうれしいです。

シノダ ありがとうございます。

変わらず十何年も背中を見せてくれる先輩へ

──ちなみに先日ヒトリエはwowakaさんが作詞作曲した「NOTOK」をリリースしました(参照:ヒトリエ「NOTOK」インタビュー)。これについて須田さんはどんな感想を持ちましたか?

須田 日比谷野音のライブで初めて聴いたときに、さっき言った「wowakaっぽさ」をすごく感じて。それが懐かしいし、うれしいし、寂しいし、いろんなことを感じたんです。それがwowakaさんのボーカル音源でリリースされて、素直にしみじみしちゃいました。作る側として、どういう意図を持ってアレンジしていったんだろうみたいなことも考えましたし。もちろんカッコいいし大好きなんですけど、ひと言で「カッコよかったです」と言っていいのかな、という繊細さもあるし……いろんなことを考えましたね。

──最後に、お互いこの先に期待することを聞かせてください。

シノダ 今回、すごくいい機会をいただけたなと思うんですね。感謝してますし、こんな俺たちでよければひとえにこれからも仲よくしてね、って感じです。

ゆーまお なんというか、今はアンダーグラウンドとオーバーグラウンドの境目があまりなくなってきましたよね。これからも一緒にそういう時代を作っていきたいです。須田くんが「ボカロが好きだ」と言えなかったように、そういう肩身の狭いところから俺たちの音楽は始まってるので。この感覚を共有できる仲間が今たくさん外に出ていける時代になったので、それを続けていこうぜと思います。

イガラシ 須田くんはボカロシーンとか何かの流れに乗って歌ってるわけじゃなくて、表に立つことの覚悟とか熱を感じるんですね。だからこそwowakaのことが好き、ヒトリエのことが好きと言ってくれる言葉がすごくうれしいです。ぜひこれからも一緒にやっていけたらうれしいです。

──須田さんからはいかがですか?

須田 ボカロ文化はよくも悪くも、いつ抜けても辞めてもいい世界っていう雰囲気が当時からあったと思うし、自分にとって直属の先輩と言える方ももう数えるくらいしかいないんですよ。その中で、ヒトリエは変わらず十何年も背中を見せてくれる数少ない先輩なんで。これからもずっと追っていきたいなと思っています。あと僕はお酒が弱いですが、一緒に遊んでもらえたらうれしいです。これからもずっと最前線でリスペクトしていきます。

左からヒトリエのイガラシ(B)、シノダ(Vo, G)、ゆーまお(Dr)と須田景凪。

左からヒトリエのイガラシ(B)、シノダ(Vo, G)、ゆーまお(Dr)と須田景凪。

プロフィール

須田景凪(スダケイナ)

2013年より「バルーン」名義でニコニコ動画にてボカロPとしての活動を開始。代表曲「シャルル」はセルフカバーバージョンと合わせ、YouTubeでの再生数が1億回再生を突破。JOYSOUNDの2017年発売曲年間カラオケ総合ランキングで1位、年代別カラオケランキングのうち10代部門で3年連続1位を獲得し、現代の若者にとって時代を象徴するヒットソングとなっている。2017年10月、自身の声で描いた楽曲を歌う「須田景凪」として活動を開始。2019年1月に初の音源集「teeter」、2021年2月にメジャー1stアルバム「Billow」を発表した。2024年11月30日と12月1日に、初の自主企画「MINGLE」を開催。12月11日にヒトリエをフィーチャリングアーティストに迎えたバルーン名義の新曲「WOLF」をリリースした。2025年4月には初の東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)でのワンマンライブ「須田景凪 LIVE 2025 "花霞"」の開催が決定している。

ヒトリエ

wowaka(Vo, G)、シノダ(G, Cho)、イガラシ(B)、ゆーまお(Dr)の4人により結成されたバンド。ボカロPとして高い評価を集めていたwowakaがネットシーンで交流のあったシノダ、イガラシ、ゆーまおに声をかけ、2012年に活動をスタートさせた。2013年11月に開催したワンマンライブ「hitori-escape:11.4 -非日常渋谷篇-」にて、ソニー・ミュージックグループ傘下に自主レーベル「非日常レコーズ」を立ち上げることを宣言。2014年1月にメジャーデビューシングル「センスレス・ワンダー」を発表した。その後も精力的なリリースとライブ活動を展開するが、2019年4月にwowakaが急逝。残るメンバーは3名体制で同年9月より全国ツアーを行った。2021年2月に新体制で初のフルアルバム「REAMP」を発表し、2022年6月には新体制アルバム第2弾「PHARMACY」をリリース。2024年6月にメンバー4人それぞれが作曲を手がけた楽曲を収録したシングル「オン・ザ・フロントライン / センスレス・ワンダー[ReREC]」をリリースし、9月に東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)でワンマンライブを行った。11月にwowakaが作曲した楽曲4曲を収録したシングル「NOTOK」をリリース。2025年1月には東名阪ツアーの開催とニューアルバム「Friend Chord」のリリースを控えている。