音楽ナタリー PowerPush - 荒井岳史(the band apart)
三浦康嗣との対話を通して紐解く 初フルアルバム「beside」
the band apartの荒井がこんなことやっちゃってんの?
──「思い出さない」のほうはポップス然とした仕上がりですよね。
三浦 そうですね。こっちは「ちゃんとアンサンブルしなきゃ」って思ってたので。
荒井 「思い出さない」のアレンジは、個人的にもすごくいいなと思っていて。今回のアルバムにはアレンジャーが3人参加してて(荒井を含めると4人)、どれも素晴らしかったんですけど、自分のイメージをいい意味で裏切ってくれたのがこの曲だったんですよね。その話は、レコーディングの打ち上げで飲んだときにも話したんですけど……。
三浦 歌詞に対する思いを話してくれたんですけど、そのときもグッときましたね。
荒井 詳しく話すとちょっと危ないんですけど(笑)、「言霊がこもっている」という話をしたのかな。この曲の歌詞、なかなか書けなかったんですよ、実は。普段はあまり熟考しないで、パッと書いちゃうほうなんだけど……。
三浦 書けるときは書けるし、書けないときは書けないっていう感じ?
荒井 書けないことって、あんまりないんだけどね。あまり考えないでバッと書いて、辻褄が合ってないところがあっても、別にいいっていう。the band apartの場合はさらに軽い気持ちというか、「音的にOKだったら、アリ」っていうタイプなんですよね。
三浦 意味よりも?
荒井 そうそう。けっこう前の話なんだけど、Mock Orangeっていうアメリカのバンドのボーカルのヤツに「言葉の意味よりも、『そのメロディにどんな言葉が乗ってるか』っていうほうが大事」って言われたことがあって。そのときも「カッコいいこと言ってるな」と思ったけど、確かにその通りなんだよね。「このメロディにこの言葉が乗ってるから、説得力がある」っていう。ただ、今回は制作の段階からいろんな人に聴いてもらって、意見を取り入れてるんですよ。そうすることで磨きがかかった部分もあるし、「あまり右脳に頼りすぎてもいけないな」って思いましたね。
──三浦さんはどう感じました? 歌詞が乗った「思い出さない」を聴いて。
三浦 月並みだけど「あ、こんな感じになるんだ」って思いましたね。メロディは何度も聴いたけど、歌詞がどういうふうに乗るのか想像できなかったんですよ。実際に聴いてみて、「こういう譜割なんだ」って新鮮に感じたし。
荒井 自分の中では無難な感じというか、奇をてらってるわけではないんだけどね。
三浦 あと「恋の歌だな」って思った(笑)。
荒井 それはねえ、年齢のせいだと思うんだよね。ウチのバンドってラブソングの要素が……。
三浦 まったくない?
荒井 うん。ゼロどころか、マイナスなんじゃないか?っていう(笑)。でも、だんだん歳を重ねていくと、そういうところに踏み込んでもあまり恥ずかしくないというか。むしろ楽しいんだよね。歌詞の内容は100%真実ではないけど、100%ウソでもなくて。そうなると、どうしても気負っちゃうところがあったんだけど、自分の中の抵抗感はだいぶ減ったと思う。今回のアルバムで、かなり殻は破れたんじゃないかな。もちろん、もっともっと行けるんだろうけど。
三浦 自意識が緩くなってるんだろうね、たぶん。ラブソングが書けないのは「こういうことを歌うような人間だと思われるのはイヤ」ってことじゃないですか、平たく言えば。今はオッサン化してるから、どう見られてもいいんですよ。「腹巻きとステテコで歩いても大丈夫。だって、オッサンだし」ってことでしょ(笑)。
荒井 うん、その感覚はかなり近い(笑)。
──無駄な自意識がなくなって、表現の幅が広がるのはいいことですよね。
荒井 そうですね。バンドも並行してやってるので、ある程度ソロとの棲み分けができたら面白いと思うし。まあ、最後は「聴き手の方がどう思うか?」ということだから、まだ未知なところもあるんだけど……。あと、今回はとにかくわかりやすいもの、聴きやすいものを作ろうと思ってたんです。これは僕のイメージでしかないんだけど、バンドの人がソロを作る場合、わりとマニアックになりがちだと思うんですよ。
三浦 「バンドでは表現できない、マニアックな要素を出す」みたいな。
荒井 うん。今回はそうじゃなくて、とっつきやすいアルバムにしかったんですよね。実際「え、the band apartの荒井がこんなことやっちゃってんの?」って思われるくらい、キャッチーで聴きやすいものを作ったつもりなので。
せめて曲だけはポップにしよう
──確かにこのアルバムって、歌モノというか、ポップスですよね。
荒井 コード進行もthe band apartとはかなり違いますからね。バンドのときはテンションコードをいっぱい使うんですけど、それをあえて使わないで作ったり。
三浦 その話もしてたよね。「サビで転調させる曲とか、普段はなかなか作らないよね」って。
荒井 「境界線」のことですね。自分の中では、90年代のJ-POPみたいなイメージなんですよ。王道のポップスの感じというか。それもバンドで使わない方法論なので。
三浦 90年代って、ヒップホップ、テクノを含めたクラブミュージック的なものが浸透する前ですからね。その頃は楽譜的な工夫が大きかったというか、すごく意味があったんでしょうね、おそらく。……って、めっちゃマジメなこと言ってますけど(笑)。
荒井 すごいマジメ(笑)。
三浦 クラブミュージック的なものが浸透したあとって、全然違うと思うんですよ。ループとかトラックって、“展開しないほうがクール”とされてるじゃないですか。ワンコード、ツーコード、多くても4コードくらいで、転調もほとんどなくて。
荒井 だから今、90年代みたいな感じで曲を作ることが逆に面白いんですよね。
──“ポップスに近付ける”という意味では、三浦さんをアレンジャーに起用したのは大正解ですよね。□□□もそうですけど、実験的なアプローチもありつつも、ポップに仕上がってる作品が多いので。
三浦 聴きやすくはしたいと思ってますけどね、ヘンなことをやってたとしても。それって“礼儀を守る”みたいなことなんですよ。バイトに行ったら、まず挨拶するのと同じで。
荒井 ハハハハハ(笑)。
三浦 一応「おはようございます」とか「お疲れ様」って言わないと感じ悪いし、自分がつらいじゃないですか。音楽を作るときもそうなんですよね。僕自身はメロディラインとか「キャッチーかどうか」みたいなことには全然興味ないんだけど、それをちゃんとしないと聴いてもらえないし。
荒井 なるほどね。
三浦 実生活はまったく違うんですけどね。仕事のメールすらちゃんと返さないので(笑)。ただ、曲だけはちゃんとやらないとよくないなって。意外とね、自分のことをだらしないと思ってる人のほうが、ちゃんと時間を守ったりするでしょ。いつも「気を抜いたら遅れる」って思ってるから。逆に「自分はきちんとできる」って思ってる人のほうが大遅刻したり。僕は本来カオティックな人間だから、せめて曲だけはポップにしようっていう。
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収録曲
- 次の朝
- 境界線
- メビウスループ
- シャッフルデイズ
- マボロシ
- 街のどこかで
- Blk 1, Silver Cat City
- シオン
- それだけじゃすまない
- 思い出さない
ツアー情報
荒井岳史「1st full album"beside"release TOUR」
- 2014年7月29日(火)大阪府 Shangri-La
- 2014年8月1日(金)東京都 新代田FEVER
- 2014年8月3日(日)愛知県 APOLLO BASE
- 2014年8月8日(金)福岡県 Queblick
- 2014年8月12日(木)北海道 COLONY
- 2014年8月14日(木)宮城県 enn 2nd
スペシャルバンドセットメンバー
荒井岳史(Vo, G) / 三浦康嗣(Key) / 村田シゲ(B) / 一瀬正和(Dr) / 大谷武史(G)
荒井岳史(アライタケシ)
1978年生まれ。1998年よりthe band apartのギターボーカルとして活動。伸びやかで甘いボーカルと、卓越したギタープレイで多くのリスナーを魅了する。バンド活動と並行して、2013年8月に初のソロ作品「sparklers」をリリース。2014年6月に初のソロフルアルバム「beside」を発表した。