音楽ナタリー Power Push - 青葉市子×藤田貴大(マームとジプシー主宰)

演劇漬けの3年間で紡いだニューアルバム

歌が浮かんでくる気配

藤田 それで、2015年には「cocoon」に出てもらうんだけど、僕が微妙にずっと誘ってたんだよね。

青葉 ホントに会うたびに言ってたよね。

藤田 「市子、『cocoon』のオーディション受けないのかな?」って(笑)。

青葉市子

青葉 独り言みたいに(笑)。でも、「cocoon」はずっと印象に残っていたし、「これで終わりじゃない」っていうことは藤田くんがいつも言っていたことだから気になっていて。それに引っ張られるように、オーディションを受けようと決めた。

藤田 オーディションはめちゃめちゃ走るのにジーパンで来て、めっちゃ大変そうだったよね(笑)。

青葉 何もわかっていなくて、「稽古着って何?」ってところからだったから。ほかにズボンを持ってなくて、たまたまあったのがお母さんからもらったやつで。

藤田 「cocoon」は2カ月ぐらい稽古して、2カ月ぐらいツアーしてたので、2015年は合計すると4カ月ぐらい市子と過ごしたよね。しかも“みんなの中の青葉市子”と過ごしてたから、10年後とかに振り返っても変な時間だったと思う気がする。

青葉 私も、すごいぐにゃっとしてる。過ぎ去った過去という感じがしなくて、ずっとそこで流れ続けている時間があるというか。

藤田 あの期間、ライブも極力入れてなかったよね。歌わないっていう日々がずっと続いて、そして毎日走らされるから、途中でおかしくなってきてて(笑)。「こんなにギターを弾く時間がないのは初めて」とか言ってたし。

青葉 言ってた。(吉田)聡子ちゃんが劇中でギターを弾くシーンはあるから、そのチューニングはしていたけど。

藤田貴大

藤田 今思うと、それもめちゃくちゃな話で(笑)。市子にチューニングだけさせるっていう。ツアーの沖縄公演で、みんなですごい安い宿に泊まったときに、2人で車を待ってる時間があったよね。そのときに市子が「歌が浮かんできそう」って言っていて、「曲」とか「音楽」じゃなくて、「歌が浮かんでくる」って話してたのがすごい印象に残ってる。あのとき市子は熱があって、全身冷えピタだらけみたいな状態だったけど(笑)。

青葉 足にも貼ってたんだよね(笑)。

藤田 「cocoon」をやっている間はみんなうなされてるみたいな感じだったから、お互いの話を話半分で聞いてるんだけど、あのときの市子のことはすごく覚えてる。それで、沖縄公演の次に山口に行くと、市子がもうギターをぽろぽろと弾き出していて。

青葉 そう言われるとうっすら思い出せるけど、私は夢の中の記憶みたいな感じで、何を弾いてたとかは覚えてない。あの期間はまともじゃなかった。

藤田 あの舞台は毎回“死ぬってこと”を演じるから。もちろんみんなは生きてるんだけど、毎回それを舞台上で経験するっていうことをやるから、とんでもない演目だなとは思ってる。

「cocoon」の記憶から生まれた「神様のたくらみ」

藤田 「cocoon」が終わった直後、すごいスピードで曲を作ってたよね。2、3週間後には「神様のたくらみ」を送ってくれて。

青葉 「神様のたくらみ」っていう曲は、「cocoon」が終わってすぐに歌詞が書けて、曲もすぐにできたんだよね。

左から青葉市子、藤田貴大。

藤田 市子の「いいな」と思うところは、自分の曲を言葉で説明するんじゃなくて、ただ歌うってことをやっているところで。僕は「cocoon」が終わった途端に体調が崩れてまったくの“無”になっちゃったんだけど、「神様のたくらみ」が送られてきたときに、言葉じゃなくて歌で言ってくれてる感覚にすごく救われた。

青葉 「cocoon」をやっている最中のことはリアルに思い返せないんだけど、私は終わったあとは思ったよりすっきりしていたかな。サナギの期間が終わって、いきなり羽が生えて、どこに飛ぼうかなっていう感じだった。でも、さっきも言ったように「cocoon」で過ごした時間だけは過去じゃなくて、それがお守り袋に包まれて胸のあたりにふよふよ存在している感覚があって。そこには確実に自分が生きて経験したことが混ざっていて、それをたまに摘んでは歌にするっていう関わり方を今もしています。

ニューアルバム「マホロボシヤ」2016年10月19日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
CD / 2700円 / VICL-64672s
生産限定盤 [アナログ] 3024円 / VIJL-60179
収録曲
  1. the end
  2. ゆさぎ
  3. マホロボシヤ
  4. 氷の鳥
  5. おめでとうの唄
  6. ゆめしぐれ
  7. うみてんぐ
  8. 太陽さん
  9. コウノトリ
  10. 神様のたくらみ
  11. 鬼ヶ島
青葉市子(アオバイチコ)
青葉市子

17歳からクラシックギターを弾き始め、2010年1月に1stアルバム「剃刀乙女」でデビューする。2011年1月に2ndアルバム「檻髪(おりがみ)」、2012年1月に3rdアルバム「うたびこ」をリリース。2013年8月には、2013年元日に放送されたNHK-FM「坂本龍一 ニューイヤー・スペシャル」でのスタジオセッションをCD化した「ラヂヲ / 青葉市子と妖精たち」を、10月に4thアルバム「0」をSPEEDSTAR RECORDSより発表した。2014年にはマームとジプシーの舞台「小指の思い出」の音楽を担当。これをきっかけに2015年には「cocoon 憧れも、初戀も、爆撃も、死も。」、2016年には「0123」と同劇団による作品をはじめ、さまざまな演目に役者として出演した。10月には約3年ぶりのアルバム「マホロボシヤ」をリリース。

藤田貴大(フジタタカヒロ)
藤田貴大

1985年生まれ、北海道伊達市出身の演劇作家。2007年に劇団・マームとジプシーを旗揚げし、以降すべての作品を手がける。2011年、26歳のときに3連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を受賞する。2012年1月には、福島県立いわき総合高等学校で演劇を専攻する生徒と共に「ハロースクール、バイバイ」を発表するなど、演劇経験を問わず、さまざまな年代の人と創作を行う。2014年10、11月に野田秀樹の名作「小指の思い出」を東京・東京芸術劇場 プレイハウスで上演し、初めて中劇場に進出する。2014年2月に横浜文化賞文化・芸術奨励賞を受賞。2015年12月に寺山修司作の「書を捨てよ町へ出よう」を、2016年3月に大友良英や福島の中高生と共にミュージカル「タイムライン」を上演する。また演劇作品以外では、2013年7月に今日マチ子との共作漫画「mina-mo-no-gram」を刊行したり、同年9月には雑誌「新潮」に初の短編小説である「N団地、落下。のち、リフレクション。」が掲載されたりと、その活動は多岐にわたる。