音楽ナタリー Power Push - 青葉市子×藤田貴大(マームとジプシー主宰)
演劇漬けの3年間で紡いだニューアルバム
自然現象のように生まれる作品
藤田 マームとジプシーはいろんなアーティストとコラボレーションをしてるけど、市子との関係はちょっと特殊で、この3年間毎年違うものを探りながら、しかも明確なテーマを持って出会い直しているよね。最初は「生演奏をしてもらいたい」っていうオファーをして、次はオーディションを受けて出演してもらうっていう感じで、振れ幅がすごく大きくて。演奏してくれってことは「演じてほしくない」ってオーダーでもあるし、演じてほしいってことは「演奏はしないでほしい」っていうオーダーでもあるし。でも、今年の夏に京都で「0123」って作品を作るときには両方をできるようなことをしてみたいねって話をしていて、稽古の初めに持ってきてくれたのが「マホロボシヤ」のデモ音源だったんだよね。「0123」という作品については、「ヘンゼルとグレーテル」をモチーフにして、青柳いづみと青葉市子の2人芝居っていう流れは決めてたんだけど、「マホロボシヤ」を聴いたときに見えたものがあって。アルバムの中に、「ゆなぎ」……。
青葉 「ゆなぎ」じゃなくて、「ゆさぎ」。
藤田 いつも「ゆなぎ」って言っちゃうんだよね(笑)。それで、「『ゆさぎ』は青柳さんに書いた曲だ」とぽろっと言ったのは覚えていて、その意味はわかってないし、その意味を聞こうとも思わないんだけど。「ああ、確かにな」っていう僕なりの想像はあって、このアルバムを舞台でやってみないかってことでお願いした。作品を作ることって一見華やかなんだけど、そのあとに自分のイメージを更新していくのはすごく大変だと思っていて。市子は「0」(青葉が2013年10月に発売したアルバム)っていうアルバムを出したあとに、特殊なやり方で「0」のイメージを塗り替えていこうとしたんだと思うんだよね。それは飴屋(法水)さんとライブで共演したり、維新派の松本(雄吉)さんの舞台に出演したりっていうのもそうだけど、音楽以外のフィールドの人とも直接的に出会ってやりとりをすることで、市子の中に突然降ってくる歌がある。それが詰まってるアルバムだなって。そういうことを改めて、今年の夏の京都でやりたくて、市子と一緒に「0123」を作ったんだと思う。
青葉 京都のときは、「自然現象みたいなものをそのまま作品に組み込もう」っていう話をたくさんしたよね。私と青柳さんの関係とか、普段話している会話とか、それをなるべくそのまま組み込んだり。演奏するときも、「じゃあこの曲聴いてください」といってバーっと弾くわけじゃなくて、ぽつぽつ話しながら弾いていて。それがそのままセリフに変わって「0123」ができていったね。
一番小さいことが、一番大きなこと
藤田 市子の音楽を聴く人って、たぶん部屋で1人で聴くんだろうなって思うんだよね。もしライブに行ったとしても、それぞれ1人で聴いているんだと思う。僕は最小規模がわからないと、いきなり大きなことは語れないような気がしていて。例えば「戦争は酷かった」とか、「この時代は酷い」とかっていう言葉ってすごく雑。そうじゃなくて、1人がどうやって死んだか、1人が何を思っていたか、そういう一番小さいことをやるほうが、一番大きなことでもあるように思う。そういうことを、市子の音楽を聴いていると感じるんだよね。zAkさんの車の中で聴いて嫉妬したときに思ったのはまずそれで。市子は最小規模っていうものを知ってる人だから、体も小さく生まれてきちゃったんだと思う。
青葉 後付け(笑)。今回のアルバムは、マームとジプシーというクッションがなければ絶対に生まれてこなかった空気感をまとっているし、「神様のたくらみ」とか、「cocoon」のときにみんなで砂の上を走らなければ作れなかった歌も入っていて。だから今回藤田くんと話がしたかったんだと思う。それは別に、会って「これはこうだよね」って話をするっていうよりは、この3年間、けっこうな時間を一緒に過ごしてきた藤田くんにはどう見えていたのかっていうことを、彼の言葉で知りたかった。だから、よかった。アルバムが完成して、ミュージックビデオも撮り終えて、自分の中ではもう終わっているんですよね。次は何しようってことで頭がいっぱいで。それはきっと、藤田くんの普段の作業と同じ考えだと思う。だから、新しいアイデアをいっぱい出して、それでまた共鳴できたらうれしいなと思っています。
- ニューアルバム「マホロボシヤ」2016年10月19日発売 / SPEEDSTAR RECORDS
- CD / 2700円 / VICL-64672s
- 生産限定盤 [アナログ] 3024円 / VIJL-60179
収録曲
- the end
- ゆさぎ
- マホロボシヤ
- 氷の鳥
- おめでとうの唄
- ゆめしぐれ
- うみてんぐ
- 太陽さん
- コウノトリ
- 神様のたくらみ
- 鬼ヶ島
青葉市子(アオバイチコ)
17歳からクラシックギターを弾き始め、2010年1月に1stアルバム「剃刀乙女」でデビューする。2011年1月に2ndアルバム「檻髪(おりがみ)」、2012年1月に3rdアルバム「うたびこ」をリリース。2013年8月には、2013年元日に放送されたNHK-FM「坂本龍一 ニューイヤー・スペシャル」でのスタジオセッションをCD化した「ラヂヲ / 青葉市子と妖精たち」を、10月に4thアルバム「0」をSPEEDSTAR RECORDSより発表した。2014年にはマームとジプシーの舞台「小指の思い出」の音楽を担当。これをきっかけに2015年には「cocoon 憧れも、初戀も、爆撃も、死も。」、2016年には「0123」と同劇団による作品をはじめ、さまざまな演目に役者として出演した。10月には約3年ぶりのアルバム「マホロボシヤ」をリリース。
藤田貴大(フジタタカヒロ)
1985年生まれ、北海道伊達市出身の演劇作家。2007年に劇団・マームとジプシーを旗揚げし、以降すべての作品を手がける。2011年、26歳のときに3連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を受賞する。2012年1月には、福島県立いわき総合高等学校で演劇を専攻する生徒と共に「ハロースクール、バイバイ」を発表するなど、演劇経験を問わず、さまざまな年代の人と創作を行う。2014年10、11月に野田秀樹の名作「小指の思い出」を東京・東京芸術劇場 プレイハウスで上演し、初めて中劇場に進出する。2014年2月に横浜文化賞文化・芸術奨励賞を受賞。2015年12月に寺山修司作の「書を捨てよ町へ出よう」を、2016年3月に大友良英や福島の中高生と共にミュージカル「タイムライン」を上演する。また演劇作品以外では、2013年7月に今日マチ子との共作漫画「mina-mo-no-gram」を刊行したり、同年9月には雑誌「新潮」に初の短編小説である「N団地、落下。のち、リフレクション。」が掲載されたりと、その活動は多岐にわたる。