音楽ナタリー Power Push - agraph
5年間かけて到達した「リスナーを遠ざけるための音楽」
1曲完成するまでに200バージョン作った
──5年間ずっと1枚のアルバムを作り続けていて、完成を迎えた瞬間というか、これで終わりというジャッジはいつ、どのようにしたんですか?
アルバムに入ってる10曲は、この5年間ずーっとあったんです。「あとから作った曲」っていうのはなくて、全部の曲を一斉に作り始めてビルドしてた。で、1曲目から9曲目ができあがっていくうちに10曲目がどんどんブラッシュアップされていくんですよ。
──ああ、ほかの曲がバージョンアップしたことで、最後の曲にどんどん影響を与えたっていう。作り始めた頃から全10曲だったんですか?
最初はもっと曲数が多かったんだけど、この10曲に入らなかったやつはほかの曲のサンプリングソースになってます。2曲分の質感と世界観が混ざって、より複雑なテクスチャができていく。リュック・フェラーリがいろいろな風景を重ねたみたいに、世界観が遠くから近くまでいっぱい重なってる。レイヤーごとに使ってるシンセも違えば、機材も、作った時期も違うんだけど、ただごちゃ混ぜにするんじゃなくて、世界観を構築するために微調整しながら曲にしていくんです。
──聞いてるだけで気が遠くなるような作業ですね。そういう作り方をしてるアーティストってほかにいるんですかね?
わかんない(笑)。たぶん僕は人よりミュージシャンの制作現場を見てるけど、そういう作り方する人は見かけないですね。
──お話しを伺っていると、最終的にできあがったものは作り始めた頃にイメージしてたものとだいぶ変わったように思うのですがいかがですか。
うん、けっこう二転三転しました。普通、作曲してアレンジしてミックスして最後にマスタリングなんだけど、その工程が今回は果てしなく多かったし。10曲目にいたっては完成までに200バージョン作ったので。
──1曲のために200種類アレンジを作って、結局採用されるのは1つなんですよね。煮詰まっておかしくなっちゃいそうですね。言葉は悪いけど、ほとんど偏執狂的な世界ですね。
うん、もう二度とやりたくないです。
──あははは(笑)。締め切りや納期があればその期間内での最高点を提出しなければいけないけど、今回は期限がない中で5年間かけてアレンジを作り続けていたわけですよね。となると、締め切りではない部分で最終形を決めなきゃというモチベーションがどのように生まれたのかということに僕は興味があるんです。
なんだろう……、なんなんだろうな?
──制作過程を聞く限り、もやもやした思いを抱えながら出したアルバムなのかなと思いきや、仕上がりにはすごく満足感があるわけですよね。その満足感はどこから生まれてきたのかなと。
でも究極的には、やりたいことなので。
──悩みたい?
うん、悩みたいのかもしれない。そういうことだと思う。ミュージシャンになるときにも「僕はどういうミュージシャンになるんだろう」とか、「音楽ってなんだろう」「アートってなんだろう」ってところからものすごく考えたし。
ホントにagraphは面倒くさい人物だと思います
──人の意見を取り入れず自分1人でやったからこそできたことは、何かありましたか?
このアルバムは音悪いと思うんですよ。それは、アルバムの世界観を作るのに音が悪い必要があったからなんです。メロディを意識させないためにメロディやコードをいくつも重ねてるから中域がダマになっちゃってるし、ミキサーのインサートエフェクトでリバーブを10個も20個も挿してるからどんどん音が悪くなってるし。
──リバーブをかけ過ぎるとその分ノイズも乗りますもんね。しかし、そのノイズすら世界観であると。
そう、それが必要だったっていう。例えば1曲目の冒頭はピアノの裏でずっとノイズが鳴ってるんですけど、テープのヒスノイズとか、巨大なワイヤーを叩いた音のサンプルとかすごくいろんな音を使っていて、背景をどんどんぼかしながら重ね塗りしていくように作ってるので。そういうノイズを作るために、今回初めてほんの少しだけですけど、フィールドレコーディングをやってみたんですよ。僕は基本的に人間を描くのがすごく嫌なので、今までずっと作品の中に人間の気配を出さないようにしてきたんだけど、この世界観にどうしても必要だなと思って、フィールドレコーディングで録ったものを使いました。
──最近は「もっとアルバムの本質に触れてもらうために」と言ってハイレゾやDSDで作品を発表するアーティストもいる中で、「音が悪いことが必要だった」というのは面白いですね。
でも、音が悪い音楽だってハイレゾは必要だと思います。音の悪さっていい音質じゃないとわからないんですよ。ちゃんとした解像度できれいな音場を作ってあげないと「音が悪い」とか「音が狭い」とかの判断がちゃんとできない。いい環境で聴いて、ちゃんと音の悪さを確認してほしいなって思ってます。
──今作はかなりの時間と労力をかけて完成したわけですが、例えばこれを聴いて世界観に反応した映画監督から、「同じアプローチで劇伴をまるごと作ってくれ」って言われたらどうします?
全然やりますよ。広がっていって、そう思ってもらうのがagraphをやってて一番大事なことだから。でもagraph名義でやってくれって言われたら、それは断ると思う。そこはやっぱり人に任せちゃうとダメな部分なんです。もし自由にやっていいって言われたとしても、例えば映画の劇伴だったらシーンの長さによって曲の時間は束縛されるし。agraphにほかの人のジャッジが入ってくると、もう牛尾憲輔としての活動もできなくなっちゃうと思う。
──「俺はいいけどagraphはなんて言うかな?」みたいな(笑)。
そうそう(笑)。ホントに恥ずかしいけどそういうことだと思う。
──牛尾憲輔から見てagraphって相当面倒くさい人物なんでしょうね(笑)。
面倒くさいですよねー。ホントに思いますよ。
──次作はいつリリースしましょうか。
いやー、1stの2年後に2nd、その5年後に3rdだったから、次は7年後か10年後になりそうですよね。そうならないようにホントにがんばります。なんか「すごい難産の果てに数年に1度アルバムを出すアーティスト」になってきたのに自分でちょっと飽きてきてて(笑)。だから今度はEPとか出してみたいですね。
──2ndアルバムは1stアルバムをリリースした頃から制作していたと言っていましたし、今回のアルバムも2ndアルバムの発売前に作り始めていたとのことでしたが、もうすでに4枚目の制作はスタートしているんですか?
まだそんなに真面目にやってないですけど、一応フォルダは作ってあって。少し弾いて録音したのとかは入れ始めてます。
収録曲
- reference frame
- poly perspective
- greyscale
- cos^4
- toward the pole
- asymptote
- radial pattern
- trace of nothing
- div
- inversion/91
agraph(アグラフ)
牛尾憲輔のソロユニット。2003年よりテクニカルエンジニアとして石野卓球、電気グルーヴ、RYUKYUDISKO、DISCO TWINSの音源制作やライブをサポートする。2007年に石野卓球主宰レーベル・platikから発表されたコンピレーションアルバム「GATHERING TRAXX VOL.1」にkensuke ushio名義で参加。2008年12月にagraphとしての初のアルバム「a day, phases」、2010年11月に2ndアルバム「equal」をリリースした。その後、中村弘二(iLL)、フルカワミキ、田渕ひさ子(bloodthirsty butchers, toddle)とともに4人組バンド・LAMAを結成し、2011年8月に1stシングル「Spell」を発表。PUFFY、木村カエラ、Charaなどの楽曲制作などでも活躍し、2014年4月から放送されたテレビアニメ「ピンポン」の劇伴なども手がけた。2016年2月にはagraph名義での5年3カ月ぶりのアルバム「the shader」をリリースした。