竹野内豊×山田孝之W主演作「唄う六人の女」、正反対な男2人と謎めいた女6人が織りなすサスペンススリラーをレビューで解剖

竹野内豊と山田孝之がダブル主演を務める映画「唄う六人の女」が、10月27日に全国で公開される。本作は正反対の性格を持つ男2人が美しい森へ迷い込み、本能で動く6人の女たちに監禁・翻弄されていくサスペンススリラー。

竹野内と山田が森に迷い込む男たちを演じ、水川あさみ、アオイヤマダ、服部樹咲、萩原みのり、桃果、武田玲奈が美しく奇妙な6人の女に扮した。監督は「ミロクローゼ」の石橋義正が務める。

映画ナタリーでは見どころコラムと、ライター・細谷美香によるレビューで謎めいた本作を紐解く。明らかになっていく6人の女たちの秘密とは、そして根源的なテーマとは……。

文 / 細谷美香(レビュー)、田尻和花(コラム)

映画「唄う六人の女」予告編公開中

“禁断の森”に隠された秘密を解け!豪華キャストが贈るスリラー

ユニークな世界観を生み出す石橋義正が仕掛けた謎とメッセージ

ドラマ「オー!マイキー」やラブファンタジー「ミロクローゼ」など、独自の世界観を展開してきた監督・石橋義正。新作「唄う六人の女」では2人の男がある土地をめぐり、謎めいた女たちに翻弄されるさまが描かれる。40年以上も会っていない父親の訃報を受け、遺された山を処分するために生家へ向かうフォトグラファー・萱島、山を買うためにやって来た開発業者の下請け・宇和島。“禁断の森”に足を踏み入れた男たちは、6人の奇妙な女によって縛られ、監禁される。異常事態を紐解く鍵は、どうやら変人扱いされていた萱島の父にあるらしい……。萱島らが森を歩き、女と接触するたびに少しずつその秘密が明らかになっていく。そして観客は真相とともに本作に込められたメッセージに近付いていくことになるのだ。

「唄う六人の女」場面写真

「唄う六人の女」場面写真

繊細な竹野内豊、暴虐の限りを尽くす山田孝之のコントラスト

竹野内豊と山田孝之は、正反対の性質を持った萱島と宇和島を演じる。萱島らは一緒に乗った車で図らずも事故に遭い、森へ誘われることに。竹野内は理解の範疇を超えた女たちと素直に向き合う萱島を、繊細かつ強い意志を感じさせる演技で表現。極限下でも人への労わりを忘れないシーンでは萱島の人間性がよく見える。対する山田は、宇和島が持つ攻撃性や人間の欲を存分に爆発させた。怒鳴る、キレる、だます……と、女たちに抵抗し、何もかもを思うがままにしてしまおうという悪役ぶりは見事としか言いようがない。2人が持つ強烈なコントラストにご注目を!

左から山田孝之演じる宇和島、竹野内豊演じる萱島。

左から山田孝之演じる宇和島、竹野内豊演じる萱島。

刺す、濡れる、撒き散らす、牙を剥く…6人の女を演じる多彩な俳優陣

森に住み、言葉を発さぬ女6人を演じるのは多種多様な俳優たち。クールな雰囲気の“刺す女”には、「喜劇 愛妻物語」など数多くの作品に出演する水川あさみが扮した。萱島たちを森へ迷い込ませるきっかけを生んだシーンの妖しさには思わず目を引かれる。妖艶さを放つ“濡れる女”はカンヌ国際映画祭受賞作「PERFECT DAYS」のアオイヤマダが演じており、水中での華麗な身のこなしは必見! 神秘的な“撒き散らす女”役は第44回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞した服部樹咲が担う。彼女の体躯を伸びやかに使った演技をスクリーンでぜひ観てほしい。

水川あさみ演じる“刺す女”。

水川あさみ演じる“刺す女”。

アオイヤマダ演じる“濡れる女”。

アオイヤマダ演じる“濡れる女”。

服部樹咲演じる“撒き散らす女”。

服部樹咲演じる“撒き散らす女”。

攻撃的な“牙を剥く女”には「成れの果て」の萩原みのりが扮し、激しい襲撃シーンは迫力満点だ。控えめな“見つめる女”を演じる、ドラマ「美しい彼」で知られる桃果は、その役名を体現するような美しい瞳が印象深い。そして優しげな“包み込む女”を好演したのは、「真・鮫島事件」の武田玲奈。萱島の恋人役も担っており、1人2役を確かな表現力で演じ分けた。

萩原みのり演じる“牙を剥く女”。

萩原みのり演じる“牙を剥く女”。

桃果演じる“見つめる女”。

桃果演じる“見つめる女”。

武田玲奈演じる“包み込む女”。

武田玲奈演じる“包み込む女”。

細谷美香レビュー

極限下のサバイバル、時空を超えて交わされる父と息子の対話とは…

「唄う六人の女」場面写真

「唄う六人の女」場面写真

鳥のさえずり、虫が這う音に羽音、そこに重なるように荒っぽく走る車の音が聞こえてくる。そしてトンネルを抜けると道の真ん中に佇んでいるのは、白い着物に身を包みセミを口にする女。「唄う六人の女」は冒頭から、妖しく強烈な世界観で観る者を異世界の入り口へと引きずりこんでしまう作品だ。
主人公の萱島は東京でフォトグラファーとして活躍しており、しっかり者の年下の恋人、かすみはマネージャーとしてもサポートしている。彼女に子供が欲しくないかと聞かれるが、萱島にはどうやら父親になる自信はないらしい。そんな彼のもとに、幼い頃に両親の離婚によって離れ離れになった父親が亡くなったという連絡が入る。すぐに向かったのは、かつて住んでいた山奥にある古びた生家。近所の人が「山に取り憑かれていた」と語る萱島の父の部屋には、地図や写真、夥しい数のポストイットが貼られており、その様子はさながら執念深く密かに未解決事件と向き合う探偵か刑事を思わせる。
父親が残した土地を売ることを決めていた萱島のもとに契約書を持ってきたのは、地元で不動産業を営む男と東京の開発業者の男、宇和島。捺印しようとしたときに部屋のなかに飛んできたスズメバチは宇和島によってあっさりと新聞紙で叩き潰されるが、まるで怪しいふたりを必死に告発し、妨害しようとする存在にも見える。スズメバチにとっては突然やって来た人間たちこそが、不躾な闖入者なのかもしれない。やがて場面は冒頭へと戻り、村の駅まで向かう萱島を乗せた宇和島の車は、和服の女が立つ道で巨大な落石に激突してしまうのだ。目覚めたふたりはなぜか監禁されていて、言葉を発することのない“六人の女たち”に翻弄されていく。
腕を縛られた萱島が最初に対峙するのは、道で出会った“刺す女”。山を売って得た札束を当たり前のように顔色ひとつ変えずに燃やし、スマホを包丁の柄で破壊し、芋虫入りの汁を思わず吐き出した萱島を鞭のようにしなる棒でぶつ。「これは一体どういうことです?」と丁寧な口調で説明を求める萱島と、彼が持ってきた板チョコを無表情で食べ始める女の対決には、不思議なユーモアが漂っている。
一方、猿ぐつわをされた宇和島は“牙を剥く女”に貪りつくようなキスをされたかと思いきや、ヤモリを口移しで食べさせられる。口の周りを血だらけにして生のウサギをむしゃむしゃと食べる“見つめる女”の後は、水のなかへと誘う“濡れる女”、踊りながら“撒き散らす女”、かすみによく似た“包み込む女”……。次々に物言わぬ女たちがふたりの前に現れる。

わけもわからないまま非日常的な空間に身を置くことになった萱島を演じるのは、竹野内豊。何度脱出を図っても同じ森にループしてしまうという崖っぷちに追い込まれながら、次第に人間にとって決して失ってはいけない大事なものに気づいていく人物だ。あらゆる役柄に自然なリアリティを吹き込んできた竹野内豊が演じたからこそ、混沌としたシチュエーションのなかで戸惑いながらも、新しい視点を得ていく萱島という男の人物像に説得力が生まれている。
萱島とは対照的な人物とも言える宇和島を演じてダブル主演を務めているのは、刺激的な日本映画には欠かせない存在である山田孝之。あくまでも欲望に忠実で即物的、女たちに対する言動も卑劣極まりなく、エゴが服を着ているかのごとき男を思い切り演じてみせた。綺麗事になど興味がないと宣言しているようなヒールだが、現代社会に生きる人間たちが心の奥底に隠しているひとつの本音を体現しているキャラクターと言えるかもしれない。

竹野内豊演じる萱島。

竹野内豊演じる萱島。

山田孝之演じる宇和島。

山田孝之演じる宇和島。

監督はマネキンが主演のドラマ「オー!マイキー」や、山田孝之主演のファンタジー映画「ミロクローゼ」などで知られる石橋義正。異色作を撮り続けてきた監督にとって、約10年ぶりの新作となった。彼が手がけた深夜のテレビ番組「バミリオン・プレジャー・ナイト」(2000年放送)の「唄う六人の女」はアンティーク着物を纏った女たちが歌い、踊り、演奏をするコーナーだったが、今回の映画の女たちはセリフを発することなくスクリーンのなかに存在している。
それぞれが高い身体性によって女のキャラクターを伝えているが、意外な顔を見せてくれるのが“刺す女”を演じた水川あさみだ。オロオロする萱島と容赦のない態度の“刺す女”のやりとりで笑わせながら、指についた蜜を萱島に舐めさせる場面ではどきりとするような妖艶な表情を見せていて、朝ドラ「ブギウギ」での朗らかでエネルギッシュな母親役とのギャップに驚かされる。

「唄う六人の女」場面写真

「唄う六人の女」場面写真

撮影が行われたのは、京都府の原生林、芦生の森。深い森のなかの魅惑的なほの暗さや、そこに差し込む光、そして温度や湿度までを伝える映像は、この映画をスクリーンで体感するべき作品に押し上げている。カメラは、目を凝らせば「もののけ姫」のコダマがどこかに隠れているかのような森のなかの、さらに奥深くへ。観る者を手招きするような森は、もうひとりの主人公と言っていい。幼い頃の思い出や懐かしさを呼び覚ますというよりも、原始の記憶を掘り起こされるような感覚が、この作品にはある。

畑仕事を手伝いながら、この地で最後まで生きようとした父親が見ていたもの、願っていたこととは何だったのか。フクロウが写った写真は何を意味していて、萱島は父親が探していたものに辿り着けるのか。そして女たちの真の姿とは……?
「唄う六人の女」は極限状態のなかでのサバイバルを描く謎に満ちたサスペンススリラーであり、時空を超えて交わされる父と息子の対話の物語でもあるのだ。
物語は予想もつかない方向へと転がり始め、やがて巨大な陰謀までもが顔をのぞかせる。その先に見えてくるのは、人間は自然と共生できるのか?という根源的なテーマであり、やがて命のつながりや営みをめぐる物語へと着地していく。今を生きる人間たちが目を背けてはいけない問題を描いた作品であり、何よりも先読みできない極上のエンターテイメント。まずは萱島と一緒に深い森へと足を踏み入れ、女たちとの奇妙な冒険を楽しんでほしい。

壮大な自然の中で撮影した「唄う六人の女」メイキングカット