第23回文化庁メディア芸術祭「海獣の子供」渡辺歩 / 五十嵐大介インタビュー|アニメとマンガ、監督と原作者が語る「海獣の子供」たちの関係

トレンドを知るうえで指標となる賞

──原作も、同じくメディア芸術祭で2009年にマンガ部門で優秀賞を受賞しています。そういう点で、ご縁があるように感じました。

先ほど申し上げましたが、「海獣の子供」という物語の種があったとしたら、マンガも映画もそこから生まれたものであると先生がおっしゃっていました。だから、同じ種から分化したものとしては兄弟だと思っていますし、先生もそう思っていただけたらいいな……。どうでしょう、先生?(虚空に話しかける)

──(笑)。全世界から作品が集まるメディア芸術祭ですが、監督はどんな印象をお持ちですか?

アニメーションは世界に向けて開かれているべきものだと思っていますから、こういった取り組みは有意義で、アニメーション文化を豊かにするだろうと思っています。知っている作品が受賞すれば「この作品のこういうところが評価されたんだろうな」と自分なりに分析できるし、もし知らなかった作品が評価されたのであれば、その理由に興味が湧く。僕にとってはアニメーションのトレンドを知るうえで指標となる賞の1つになっていますね。不思議と世の中の潮流や技術の変遷を映しているものが多いと思いますし、新しいトピックや、導入された技術は何かということも学べますから。

渡辺歩

──なるほど。今回のメディア芸術祭は、過去最多の国と地域から応募があったそうです。第22回では、アニメーション部門の大賞はフランスのアーティストでした。最近海外のクリエイターの作品は質も高く、数も増えている印象ですが、監督はこの状況をどう思われますか?

技術力は日本も海外もほぼイーブンだと思いますが、海外の方にはアニメーションの根幹である“描くこと、動かすこと”に対するストイックさを感じます。短編だと1人で描かれている方もけっこういますが、例えばクレイやサンドでも、それぞれが決めた制作条件で最大限のやりたいことをやる姿やフィロソフィーに圧倒されます。アニメーション表現の多様性という観点において、僕ら日本のクリエイターにもアニメーションの本質をしっかり捉え直す潮流が必要だと感じます。

──新たな技術を取り入れて発展させる想像力や、アニメーション表現そのものをクリエイターが改めて認識することが必要、ということでしょうか。

そうですね。あと、海外の作品はテーマも含めて成熟していますよね。政治情勢や生き方という濃厚な題材を選びながら、実写の皮膚感ではなく、あえてアニメーションでデチューンすることでより鋭く伝えることができる。先ほどは技法に着目してお話しましたけど、アニメーションを選んだ理由と物語のテーマは合致してしかるべきだと思います。なので、今作でもやり残したことや、やれてないことはまだあるなと考えますね。

──どのような部分でしょうか?

「ありえないこともアニメーションでは描いていいんだ!」という可能性を見せることです。僕は「アルプスの少女ハイジ」の衝撃が今もあって。アルムおんじがわらのベッドにシーツを広げるとき、はじっこを持ったハイジがふわーっと浮くんです。そんなことあるわけないじゃないですか!(笑)

──アニメーションで描かれる醍醐味だと思います。

「海獣の子供」

現実にはそんなことはないですけど、あれがアニメーションの可能性なんです。僕はこれを、わりと重要なことだと思っています。もう一度ハイジを作れということではないんですけど、その自由さを海外の人に感じていますね。今作ではクジラにまとわりつく水の粘りなどでしょうか。琉花と海、空がジュゴンに頭をはむはむされるシーンがありますが、ここも現実でやられたら血まみれになるでしょうし。

アニメーションが描けることはまだまだたくさんある

──ご自身が今後挑戦したいことや、後進のクリエイターたちに期待することをお聞かせください。

繰り返しになりますが、やはりなぜアニメーションを選ぶのかということは追求すべきで、その理由の答えがしっかり描けたものが今回のような賞に輝くことになると思います。アニメーションの可能性を追求していく中で、技法の問題すら超えるようなあっと驚くものが出てきてくれる瞬間はとてもうれしいですね。

──今回の受賞作品ではそういったものはありましたか?

例えば「ある日本の絵描き少年」で優秀賞を受賞された川尻将由さんが非常に味なことをやられていて。劇中で少年の想像力が徐々に高まっていくんですね、それにシンクロして描き出される絵も上手になっていくのですが、夢が潰れたとたんに実写になるんです。あれは絵で苦しんだことのある人にはグッと来る内容ですね。そういった、ちょっとしたアイデアなんです。実写をアニメーションのように使うという発想の転換に軽い嫉妬を覚えます……!

「ある日本の絵描き少年」ビジュアル ©2018 Nekonigashi Inc.

──同作には、スケッチブックをコマ撮りしたようなシーンや、マンガの原稿用紙の中でキャラクターが動くなどさまざまな表現手法がちりばめられていましたね。

なるほどと勉強になった部分がありました。自分のことをアニメ作家というのは少しおこがましい気持ちはしますが、テレビアニメも手がけて、いろんな意味でアニメの世界を幅広く理解はしているつもりです。だから、アニメーションが描けることはまだまだたくさんあると思います。半分は自分にも言い聞かせるような気持ちですが(笑)。


2020年3月30日更新