Amazonビデオ ミニシアター「Man from Reno」特集|町山智浩が日米バイリンガル映画を解説!主演・藤谷文子のコメントも

劇場未公開作品を日本で先行独占配信するAmazonビデオ ミニシアターで、本日12月27日に「Man from Reno」の配信が開始された。ロサンゼルス映画祭でグランプリを受賞した本作は、アメリカ人監督デイヴ・ボイルが藤谷文子と北村一輝をメインキャストに迎え、米サンフランシスコを舞台に撮影したミステリー。この特集では、日本語と英語が飛び交う“バイリンガル映画”である本作について、アメリカ在住の映画評論家・町山智浩に解説してもらった。また日本とアメリカを拠点に活躍する藤谷からのコメントも掲載。さらに本作の注目ポイントを紹介するイラストも!

文 / 町山智浩 イラスト / 松崎りえこ

「Man from Reno」見どころを紹介!

イラスト / 松崎りえこ

「Man from Reno」見どころを紹介!

町山智浩コラム
「アイデンティティにまつわるミステリー」

デイヴ・ボイル (写真提供:DVSIL / iPhotoLive / Newscom / ゼータ イメージ)

 デイヴ・ボイル監督は、日本人についての映画ばかり作ってきた奇妙な映画作家だ。「大きな夢と小さな東京」(2006年)、「ホワイト・オン・ライス」(2009年)、 「Surrogate Valentine(原題)」(2011年)、「Daylight Savings(原題)」(2012年)、そして「Man from Reno(マン・フロム・リノ)」(2014年)と、どれも日本人や日系人が主人公だ。

 しかし、デイヴ・ボイルには日系の血は流れていない。アジア系ですらない。もともとモルモン教徒の家庭に生まれ、ユタ州で育ち、青年期に、モルモン教の布教でオーストラリアに渡り、サーファーの日本人たちのなかで日本語を学んだという。

 ボイルは初長編「大きな夢と小さな東京」で、自ら主役の日本語の先生ボイドをコミカルに演じて、完璧な日本語を話してみせる。

 一方、ボイドの日本語の弟子で、相撲取りを目指す青年ジェロームは日系人だが、ボイルほど流暢な日本語は話せない。ジェロームは日本料理屋でカリフォルニア・ロールを食べる。カニカマとアボカドの海苔巻きだが、海苔は内側で米が外側。黒い海苔はアメリカでは食欲をそそらないからだ。こんなアメリカ生まれの日本食は日本食だろうか? 日本語が話せない日系人ジェロームは首をかしげる。

 その寿司を巻いている板前はメキシコ系。カリフォルニアの日本料理屋では普通の風景だ。ボイドは板前にスペイン語で話しかける。メキシコ系は英語のできない貧しい移民労働者、という思い込みから。だが、板前はきれいな英語で「英語で話せ。俺はアメリカ人だ」と言い返す。アメリカで生まれ育った彼は、昼間は法学院に通っている弁護士志望の優等生だった。

 アメリカでは、人種や民族によって文化的なアイデンティティを決めつけてはいけない。その人が語るアイデンティティも正しいとは限らない。母親から虐待された体験を自伝に書いて有名になった少年が、実は成人の女性で、しかも、その自伝は別の女性作家が書いたフィクションだった事件もあった。デイヴ・ボイル監督が日本語を学んだ経歴も、インタビューで彼が語っているだけで、真実はわからない。「Man from Reno」はアイデンティティについてのミステリーだ。

「Man from Reno」より、ポール(ペペ・セルナ)。

 冒頭、田舎の保安官(ボイル監督作の常連ペペ・セルナ)が謎のアジア人を助けて病院に送る。サン・マルコ郡という架空の地名が出てくるが、サンフランシスコから車で1時間ほど離れたサン・フアン・バウティスタでロケされている。ここにある古いカトリックの修道院の鐘楼から、アルフレッド・ヒッチコックのミステリー「めまい」(1958年)で、謎のヒロイン(キム・ノヴァク)が墜落した。

「めまい」はサンフランシスコから始まるが、「Man from Reno」もサンフランシスコに移る。日本でミステリー作家として成功しているアキ(藤谷文子)が一人旅でサンフランシスコを訪れる。彼女は自分が作家としてこんなに評価されるべきではないと悩んでいた。

 これはインポスター・シンドロームだ。高く評価されたり、早く出世した人が自分はそれに値しない、自分はインポスター(なりすまし)にすぎないと不安に襲われる心理をそう呼ぶ。アキはまるで逃亡中の犯罪者のようだ。ヒッチコックの「サイコ」(1960年)の冒頭で、会社の金を横領して逃げるジャネット・リーが重なる。

 そしてアキは気さくな日本人アキラ(北村一輝)と出会う。

「Man from Reno」より、左からアキラ(北村一輝)、アキ(藤谷文子)。

 田舎の保安官と、日本人作家アキの物語は並行して進む。2人はこのミステリーの探偵として、「リノから来た男」の正体を突き止めようとするが、謎を解けば解くほど迷路は奥深さを増すばかり。その迷路は底なしかもしれない。誰にでも正体、アイデンティティ、つまり人間の「底」があるとは限らない。「リノ」には何もないかもしれない。「Man from Reno」は、そんな闇をのぞき込むようにゾッとさせられる映画だ。

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2017年12月27日(水)~2018年1月23日(火)配信
Amazonビデオ ミニシアター「Man from Reno」
あらすじ

日本の有名ミステリー作家アキは、世間の注目から逃れるため米サンフランシスコへ旅に出る。夜、ホテルのバーにいたアキは、リノからやって来たという謎めいた日本人男性アキラと出会った。不思議な魅力を持つ彼と一夜をともにし、幸せなひとときを過ごすアキ。しかしアキラは自身のスーツケースを残して突然姿を消してしまう。町では別の日本人男性の失踪事件も発生し、保安官ポールが捜査を開始。アキも協力することになり、2人は事件の真相を追求していく。

スタッフ

監督:デイヴ・ボイル

キャスト

アキ:藤谷文子
アキラ:北村一輝
ポール:ペペ・セルナ