「BKBショートショート小説集 電話をしてるふり」が話題を呼び、芸人としてのみならず、小説家としても活躍中のバイク川崎バイク(通称BKB)。小説投稿サイト「monogatary.com」にて行われたリレー小説企画では、BKBが第1章と最終章を手がけ、ほか3人の書き手とともに「運命のナポリタン(仮)」というひとつの物語を作り上げた。
そして「運命のナポリタン(仮)」のコミカライズを、西尾維新原作「めだかボックス」のコミカライズなどで知られる暁月あきらが手がけることが決定した。BKBも大ファンだという暁月は、どのようにこの物語を描いていったのか。本企画が実現に至った裏側をはじめ、とある意外な共通点、それぞれの創作に向き合う思いを心ゆくまで語り合ってもらった。
取材・文 / キツカワトモ
「運命のナポリタン(仮)」とは
ソニー・ミュージックエンタテインメントが運営する小説投稿サイト「monogatary.com」内で2022年2月にスタートしたリレー小説企画「ツナグモノガタリー」にて、全5章からなる物語のうち、第1章をバイク川崎バイク(BKB)が執筆。その続きである第2章から第4章をユーザーから募集、最終章を再びBKBが執筆し、「運命のナポリタン(仮)」という作品が完成した。主人公・柳が参加したオンラインゲームのオフ会が、参加者の“咲希”と名乗る女性の衝撃的な一言から思わぬ方向へと動き出す新感覚ミステリーだ。作品誕生から約2年、BKBがかねてより大ファンであったマンガ家・暁月あきらを作画に迎えたコミカライズが2024年8月10日に配信開始。コミックシーモアで独占先行配信されたのち、各電子書店にて順次配信される。
「優しすぎる世界」に足りなかった刺激
──今回のコミカライズの企画をどのように受け止められましたか?
バイク川崎バイク(以下BKB) むちゃくちゃうれしかったです。コミカライズだけでもうれしかったのに、暁月先生にお願いできたんですからね! 僕は「めだかボックス」をきっかけに、その後の作品もほぼ読ませていただいているくらい大ファンなんですよ。デジタル化も進み、多種多様なマンガがある中でも一線を画しているといいますか、暁月先生の絵はパッと見てすぐわかるくらいパンチ力があります。
暁月あきら ありがとうございます。実は……そこまで言っていただいて大変申し上げづらいのですが、最初はお断りしようと思っていたんです。
BKB えーっ!?
暁月 当時、オリジナルの作品を構想していたこともあって、新規のお話は基本的にお断りしていたんです。ただ、コミカライズって「めだかボックス」のように連載しながら原作が進んでいくことが多いのですが、この企画は「完結したパッケージで」というご依頼で、(同じく西尾維新原作の)「十二大戦」のときのようにオチを知ってから逆算して描けるという強みがありました。形式としては興味があったので、断るにしても、担当の方とお会いして、直接お伝えしようというのが、最初の打ち合わせに向かうまでの気持ちです。
BKB 驚きました。いったい、何がどうなって引き受けていただけたのでしょうか。
暁月 もう1つ、懸念していたことがあったんですね。自分はどちらかというとジャンクな作風で、BKBさんのショートショートにも含まれる要素だと思うのですが、原作にある“きれいで優しい世界”を壊してしまう気がしていたんです。コミカライズする視点で読ませていただいたとき、一番必要だと思ったのが明確な「悪役」の存在でした。ネタバレになってしまうので多くは語れませんが、打ち合わせの中で、オリジナルの要素をオッケーしていただけた瞬間、心がぐっと前向きに傾きました(笑)。
BKB まさか、そこまで原作のことを考えてくださっていたとは……ありがたいです。でも、自分でも自分の書くものが優しい世界すぎて辟易してしまうくらいなんですよ(笑)。原作では「悪いやつがいそうでいない」という叙述トリックのようなものを使って最終章をまとめられたことに満足していたのですが、マンガとなると、それだけでは満足できない読者もいるだろうなと思っていました。むしろ暁月先生のパワーと、いい意味で「イヤな感じ」のエッセンスが足されたことで、新しい刺激的な作品になって本当によかったです。
──原作がリレー小説で書かれていることでの難しさもありましたか?
暁月 そうですね、僕としても初めてのことでしたから。2話から4話までの原作を書かれた方たちが、それぞれに「ここを書きたくてこうしたんだろうな」と感じた部分は、小ネタも拾いつつ、できるだけ原型を活かそうとしたのですが、削らざるをえなかった箇所もあり歯がゆい思いをしました。
BKB 以前、よしもとの芸人で「クチヅタエ」というリレー小説の企画をやっていて、くじ引きで僕が一番手だったんですが、2番目以降の小説を読んだら、みんな自由な書き方をしていて……。どれだけ「運命のナポリタン(仮)」の書き手の皆さんが優しかったのかということがわかりました。リレーだって言われなければ気づかないくらい、僕の文体を引き継いで続きを書いてくださったじゃないですか。もちろん芸人の場合は自分を出してナンボではあるのですが、それにしても……という(笑)。
暁月 面白いですね(笑)。それから、全体として意識したのは、地の文の温度です。文字では違和感がないのですが、マンガではモノローグばかりだと成立しないので、キャラクターにしゃべらせないといけないんです。誰目線なのかというところを大切に、キャラクターの感情やテンション感が原作の地の文と齟齬のないようにするのが、なかなか難しかったです。
文字では簡単に騙せるけど、絵は情報量が多い状態で騙さないといけない
──ビジュアル化にあたり、特に苦労した点は?
暁月 今にして思うと、ブレーウイメンを仮面アイドルにしたのはけっこう大胆な改変でした。
BKB そうそう! ラフをいただいてビックリしました。
暁月 表情が見えないので、作画殺しなんですけどね(笑)。恵美が失踪したきっかけから逆算して、顔も出せなかった子の本名が呼ばれたくらいのインパクトがあったほうがショックなのではないかと考えたんです。終盤、居所を突き止められたのも、母親経由で素顔の写真が手に入ったという流れが作れると思いました。
BKB 咲希のデザインは、何度かやりとりを重ねて作り込んでいただいた覚えがあります。
暁月 初期案では、探偵っぽい鹿撃ち帽をかぶっていたんですよね。コミカライズでは、キャラクターの属性をわかりやすくするアイコンを持たせることがあります。ただ、今回の場合は、マンガチックにするよりもリアルな女の子のほうがいいのではないかと今のデザインにまとまりました。
BKB 伊吹は、もともと僕が作っていないキャラクターなので、こんなイケメンだったのかと驚きました。
暁月 これもネタバレになるので多くは語れませんが、終盤の展開に耐えうるデザインという方向性で突き詰めた結果ですね。
──ミステリーだからこそ、怪しんだり、嘘をついたりという、暁月先生の描くキャラクターたちの“眼力”の効いた作品になっているように感じられます。
暁月 そういう意味では、第1章(マンガ版では第3話)で咲希が「人を殺したときどんな気持ちだったんですか?」と言う、第2章(マンガ版では第4話)への引きになるコマの表情がなかなか決まらなかったことを思い出します。咲希のような、知的なんだけど、何を考えているかわからない……けれども、腹黒ではないというタイプの女の子を描くのが初めてだったんです。
BKB そうそう、腹黒ではないところがポイントなんですよね。矛盾した女です(笑)。
暁月 柳主観で話が進んでいて「えっ、こいつ人を殺しているの?」と引っかかるという落差が肝になってくるので、読者が咲希に嫌悪感を持たないように、バランスを探っていました。
BKB 文字は読者の想像に委ねる部分が大きいので、意外と簡単に騙せるんです。絵は、キャラクターのビジュアルとか情報量が多い状態で騙さないといけないから難しいですよね。
暁月 そうなんです。実際、原作で使われているトリックを一部諦めなくてはいけなくて、そこをどう換骨奪胎してマンガに落とすかという点で非常に悩みました。
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背景もすべて、スタッフを入れずに自分で描いた