激しい曲か、ゆったりした曲か
──この作品は、クラシック音楽がモチーフになっているところも重要なポイントだと思います。岩井さんはクラシックになじみがあるんですよね?
子供の頃にクラシックピアノを習い始めて、22、3歳頃まで17年間くらいやってましたんで。それこそ作中に出てくる「月光」や「悲愴」も弾いてましたよ。ベートーヴェンを中心にやってましたね。
──ベートーヴェンがお好きなんですか?
いや、ピアノの先生に「ベートーヴェンが合ってる」と言われて。理由は聞いてないからわからないんですけど、僕が男でダイナミックに弾けるからですかね? モーツァルトとかの繊細な感じはあまりなかったのかも(笑)。
──このアニメを観る際に、ピアノ経験者だからこそ楽しめたポイントなどはありますか?
やっぱり指の動きは見ちゃいますね。ピアノを弾くシーンは、たぶん描くのがすごく難しいと思うんですよ。なのに鍵盤や指の動きが描かれるシーンが割と多かったんで、すごいなあと。
──先ほどおっしゃった「月光」や「悲愴」を始め、実在のクラシック曲が多数使われているのも本作の特徴的なところですよね。
皆さん、あのへんのクラシック曲は聴いたことあるんですかね? セリフの中に曲名が出てきたりもしますけど、そういうところを難しく感じてしまう人もいるかもなと。もしピアノをやってなかったら、クラシックなんて「激しい曲か、ゆったりした曲か」の2パターンにしか聞こえないと思うんですよ(笑)。
──なるほど(笑)。
歌詞もないから、「どういう曲なのか」を感じ取る手がかりが少ないんですよね。そのへんが、このアニメを通じて感じ取ってもらえるようになったらいいなと思います。
──クラシック以外にも、第2話では「A列車で行こう」や「シング・シング・シング」などのジャズ・スタンダードがメドレーで演奏されるシーンがありました。
ジャズとクラシックって正反対なところがあるんですけど、タクトもコゼットも両方弾けるのがすごいなと思いました。第2話のシーンはアドリブで弾いているような感じだったし、まさにジャズって感じですよね。既存の曲ではあるけど、ノリで弾いている感じ。「俺もああいうピアノの楽しみ方をしたかったな」と思って観てました(笑)。
──クラシックピアノだけを習っていた人は自由な演奏が苦手だという話をよく聞きますけど、やはり実際そうなんですか?
「ただただ楽譜通りに弾く」という“鍛錬”だったんで、「ピアノを楽しむ」みたいなことではなかったんですよね。ジャズの人たちって、コード進行だけを決めて自由に弾いたりするじゃないですか。僕ら、コードとか言われてもわからないですもん(笑)。「音符にしてくれないとわかんないよ!」って。
──ということは、ジャズはあまり聴かない?
まったく聴かないですね。どういう法則で演奏が成り立っているのかもよくわからないんで、聴き方もわからないというか。2話で出てきたジャズの曲に関しては、「聴いたことあるなあ」くらいの感じはありましたけど。
──このアニメをきっかけに、クラシックやジャズに興味を持つ視聴者も出てくると思います。少しわかった段階でもう一度最初から観直したら、また違った感じ方ができるかもしれないですよね。
それこそ、指の動きとかを見るようになるんじゃないですか? それとか、「このキャラはこういう弾き方をするタイプの人なんだ」みたいなこととか。
──確かに、タクトとコゼットにしても演奏のニュアンスがけっこう違いますもんね。
違いますね。コゼットのほうが楽しんで弾いている感じがするんで、ああいうほうが僕は安心します。タクトの弾くピアノは「うまいなあ」とは思うんですけど、自由度なくクラシックを弾いていた頃をちょっとだけ思い出すんですよ(笑)。
──キャラクター自体の描かれ方についてはどんな印象があります?
メインの3人(タクト、運命/コゼット、アンナ)に関しては、いい関係性だと思いますよ。アンナがいないと成立しないような感じはしますけどね。あとの2人はどっちも気絶しちゃうし(笑)。
──ボケ2人にツッコミ1人という、コントトリオみたいな人物構成だなと個人的には思ったんですけども。
まあでも、この2人は別にボケてるわけじゃないですからね。アンナにしても、ツッコミというよりは面倒を見ている感じだし。3人の会話がかみ合わないシーンなんかは、場が和んでいる感じはしますけど。
──なるほど。
内山くんの演じているタクトに関して言うと、普段は淡々としてるけどバトルになったら叫びますよね。いつもはもうちょっと淡々としたままの人物を演じることが多い印象があるんで、あんなにしっかり叫ぶ内山くんというのも珍しいのかなと。けっこう注目ポイントなんじゃないかと思いますね。
クラシックの理解が進んだらうれしい
──今後の展開については、どんなことを期待しますか?
「音楽が違うと、戦いにどう影響するのか」みたいなところを知りたいですね。
──確かに、今後、ベートーヴェン「運命」以外の楽曲をモチーフにしたムジカートが登場することでわかってくるのかもしれませんね。
それと、観ている人たちの中でクラシック音楽の理解が進んでいったらいいなと思います。それこそ「激しい曲か、ゆったりした曲か」でしか聴けなかった人の耳がちょっと肥えるような。クラシックって、作曲家のことを知ると面白く聴けるようになったりするんですよ。そういう影響を及ぼすアニメになっていってくれたらうれしいです。
──“ジャズ回”もあるようですし、クラシックのみならずジャズを聴ける人も増えるかもしれないですよね。
そうですね。僕もこの作品きっかけでジャズにハマるかもしれないし。
──ちなみに、そんなふうにアニメきっかけで何かに興味を持った経験って過去にあります?
落語とか山登りとか、いろいろありますよ。特に最近はそういうジャンル特化型のアニメ作品が多いですし。とりあえず観ておけば、知った気にはなれますよね(笑)。
──「もしこのジャンルがアニメになったら観たいな」というものは何か思い付きますか? なんとなく興味はあるけど足を踏み入れられていない世界がある場合、アニメでやってくれたら入りやすいですよね。
なんですかね……。(しばし考えて)通販で買える便利グッズとかを紹介してくれるアニメがあったら、観たいかもしれない。
──「こんなに便利なものがあるんだ」と知れるような?
グッズそのものの紹介というよりは、通販をすごく使っちゃう人の日常を描く話がいいかな。主人公がいろいろ買い物をして、使ってみたうえで「これ買ってよかったー」みたいな体験を見せてくれるアニメ。視聴者はそれを「おー、今回のやつ買ってみようかな」みたいな感じで観るっていう。
──いいかもしれないですね。いやらしい話、通販会社とのタイアップも見えますし。
ですよね(笑)。
──リアルに岩井さん原案で企画を走らせてみてもいいのでは?
原案だったらいいですけどね。原作するとなると、実際にいっぱい通販しないといけなくなるから。
──取材費がかさみそうですね(笑)。
「この買い物は失敗だったな」みたいな話を描いても、通販会社からお金がもらえなさそうだし(笑)。「買ってよかった」エピソードだけで作ろうと思ったら、作中で扱う商品数の10倍ぐらいは買って試さないといけないだろうから……。
──じゃあ、ぜひ原案で。
そうですね(笑)。
- 岩井勇気(イワイユウキ)
- 1986年7月31日生まれ、埼玉県出身。幼なじみの澤部佑とお笑いコンビ・ハライチを結成し、ボケを担当している。現在のレギュラーに、TV番組「おはスタ」「まんが未知」「Doki Doki! NHKワールド JAPAN」(声の出演)や、ラジオ「ハライチのターン!」、ネット配信の「ハライチ岩井勇気のアニ番」など。なお2019年に刊行され10万部を超えのヒットを飛ばしたエッセイ集「僕の人生には事件が起きない」に続き、2021年9月に刊行されたばかりのエッセイ集第2弾「どうやら僕の日常生活はまちがっている」が6万部を突破した。また2021年7月にアイディアファクトリーの女性向けブランド・オトメイトから発売されたNintendo Switch用ゲーム「君は雪間に希う」に原作・プロデューサーとして携わっているほか、ヤングマガジン(講談社)で連載中の「ムムリン」で原作を担当するなどさまざまな分野で活躍している。