数学の楽しさを押し付けるのではなく……
藏丸 僕は「二月の勝者」だと島津くんのお父さんが好きです。塾の方針に業を煮やし、「俺が教えてやる」と言い出して暴走していくお父さん。
高瀬 「Excelお父さん」という言葉があるんですが、張り切って、Excelで子供の成績を管理してグラフ作っちゃったりするタイプ。ああいう人ですね。直接暴力をふるうのではなく、本気で「子どものため」と信じて行動したことが結果、モラハラになる。
藏丸 キャラクターとして強烈で、面白かったですね。
──確かに彼はマンガのキャラクターとしてはインパクト抜群で、強く印象に残ります。ただ、あの狂ったような行動って熱心さの裏返しで、もし自分が当事者になったら「子供のことを思って」とああなる可能性も否定できず、過干渉について考えさせられました。
高瀬 中学受験業界を取材していると、保護者側から「与える」とか「読ませる」、「やる気を出させる」といった、子供をコントロールする言葉がよく聞かれました。私たちが描いているマンガも、そういうコントロールの道具に使われる可能性があり、それには心が痛むこともあります。
藏丸 その可能性は全然ありますし、実際にSNSで見かけます。
高瀬 でも、親がドーンとマンガを買ってきて「さあ読め」とか嫌だと思うんですよね。思春期の子は特に。だから、できれば読みたいマンガは、その子が選んで欲しいですよね、マンガ好きとしては。そのほうが響くだろうから。それだと「二月の勝者」は選んでもらえなそうですけど(笑)。「数学ゴールデン」はマンガ好きの青少年にも選んでもらえるマンガだと自信を持って言えます!(笑)
──誰かに押し付けられるより、自分で見つけたもののほうがハマりやすいですよね。
藏丸 僕は、例えばプロ野球選手が子供に「がんばれ」と言うより、一生懸命プレイした姿を見せるほうが「僕もがんばろう」ってなると思っているんです。それに自分は電車で本を読んでいる人や、カフェで勉強をしている人なんかを見るのが好きで、「俺もがんばらなきゃ」と思うんですが、そのループの中に自分もいたいなと。だから「数学ゴールデン」では数学の楽しさを押し付けるのではなく、数学を楽しくがんばっている人を描いています。
高瀬 結果主義ではなく、その過程を評価することに意味があると思います。私は「二月の勝者」の連載中、「勉強」で得られる「知識」は「武器」だと思っていたんですけど、終わってから考えると「杖」ではないかと思うようになりました。
藏丸 魔法が出る杖ではなく。
高瀬 そうです、転びそうな時に支えになるほうの、「杖」(笑)。中学受験における「勉強」で得た「知識」は、いつか困った時にふと、支えになってくれる時が来る。いつか転びそうになったときに支えになるんですよね。だから、がんばらないと駄目というわけではないけど、がんばりは人それぞれで、その人が「がんばれたかも」と思って得た「もの」は、どんな形であれ、すごく美しいし、支えになると思います。
勉強マンガは尖っているけど、需要がある
──改めて、おふたりは数学や受験といった「勉強」をマンガとして扱うことをどう感じていますか?
高瀬 「中学受験=親のエゴ」と考える方がいらっしゃることも事実です。そこを崩しつつ、肯定も否定もせずにフラットに描きつつ、では社会の構造として何が問題なのか?と思いを巡らせてもらいたくて描いたのが「二月の勝者」でした。「数学ゴールデン」も、数学アレルギーがある人も多い中で、あえてそこに取り組まれ、アツい青春を描いているのはとてもチャレンジングでメタメタカッコイイです! マンガ家として、シビれる!あこがれるゥ!
藏丸 数学が苦手な人が多いからこそ読んでほしいし、そこを解消できると大きいかなと思っています。だから僕の場合は少し打算的というか、「これはうまくやれば売れる」と考えて描き始めたんです。「数学×スポ根」の勉強もののマンガはブルーオーシャンだし、金脈なんじゃないかと(笑)。
高瀬 「二月の勝者」も同じような思いで立ち上げました!
藏丸 高瀬先生は中学受験の経験はあるんですか?
高瀬 私は地方の出身なので、自分自身はやってないんですよ。東京の事情を知って驚きました。取材を進めていくうちに、普段は温厚な方でも、うっかりテキストを破いてしまったり、子供を叱りたくないのに叱ったり。視野が狭窄していくんです、受験が近づくことに比例して。それはなぜかを紐解いて作劇に取り組みました。
──職種は少し違いますが、藏丸先生も高校の数学教師として教育の現場にいただけに理解できる話でしょうか?
藏丸 僕は地元の鹿児島で教師をしていましたが、ゆるゆるな塾やゆるゆるな高校だったので、「二月の勝者」は違う世界の話だと思って読んでいました。もう異世界です。
高瀬 青年週刊誌での連載の打診を頂いた時に、その当時で「中学受験」を家庭個人目線のエッセイとして描かれているものはあっても、塾側の視点や社会構造が教育に及ぼす俯瞰目線の社会派マンガの数が少ないことに気づきました。さらに、お仕事マンガとして「塾講師」が主人公なのも少ない。これは狙い目かもしれない、と閃きました。ただ、いざ描き始めたら誰もやらない理由がわかりました。とにかくマンガとしての落とし込みが難しかった。受験事情や家庭関係のかなり深い部分を描くことで、人の柔らかい部分に手を入れてしまうような感覚もあって。慎重に描く必要も多分にありました。「ちゃんと描かないと誰かから怒られちゃう!」とかビビりながら。
藏丸 (笑)。でも勉強を主題にしたマンガは、一番尖っていると言えるんじゃないでしょうか。マンガは本来娯楽として楽しむものなのに、そこで勉強を扱うなんて、変な例えですが「真面目なヒッピー」みたいなヤバさがあるかもです。サクサク読める作品が増えている今だからこそ、エンタメ性さえ保っていれば勉強マンガは目立つし、需要はあると思います。
解けそうだけど解けないほうが面白い
──「数学ゴールデン」で、今後の楽しみな点は?
高瀬 数学オリンピックをどう展開するのか気になります。私は詳しく知らないけど、(8巻からはじまる)数学オリンピックの予選ってマスに回答を書くだけで、解き筋は見ない審査なんですよね。それをどうマンガに落とし込むんだろうって。
藏丸 決めてないです(笑)。
高瀬 そうなんですか! あと7巻の最後のほうで小野田くんとマミちゃんの恋愛が始まりそうな雰囲気がありましたが、それも……?
藏丸 はい、何も先のことは決めてないです。
──「数学ゴールデン」は、そのマミが小野田以上の天才という点も面白くって。最終的に小野田と恋愛関係になるのか、それともライバルになるのか。どう結論付けるか楽しみです。
藏丸 数学の問題もそうですけど、解けそうだけど解けないほうが僕は面白くって。だからマミの天才性の行方がどうなるかも今はわかりません。僕、あまりミステリーみたいなオチが決まっている物語のよさがあまりわからず、キャラクターが走っていった先でどうなるかを見たいんです。だから今後何がどうなってもいいように準備しながら、いつも描いています。
高瀬 私は準備期間に基本的にガッチリとキャラクターや展開を決めてから描くタイプなので、真逆です。でも、どちらのタイプだとしても、マンガを描いていると、キャラクターが勝手に動き出すことってありますよね!
──最後に、この記事が掲載されるのは1月上旬で受験シーズン突入直前です。そこで受験生の読者にアドバイスをお願いします。
高瀬 これまで脳の中で磨き上げたものを、手という外部出力装置から100%に近い形で出せるよう、みなさんのコンディションや環境が整うことを祈っています。
藏丸 (「二月の勝者」のセリフを引用して)気軽に「がんばれ」って言えないですよね(笑)。同じく、持てるものでベストを尽くせるように願っていますし、できれば楽しんでほしいです。
高瀬 それが一番ですよね!
プロフィール
藏丸竜彦(クラマルタツヒコ)
1986年、鹿児島県生まれ。九州大学理学部数学科卒。マンガ家を目指しながら、鹿児島にて中高生向けの塾や私立高校の数学講師として3年間勤務した後、上京。2019年9月からヤングアニマルZERO(白泉社)で「数学ゴールデン」を連載中。2021年から地元・鹿児島のローカル紙・南日本新聞でエッセイ「蔵出し噺」を連載。
高瀬志帆(タカセシホ)
山梨県甲府市生まれ。1995年デビュー。2011年から2016年まで月刊コミックゼノン(コアミックス)にて「おとりよせ王子 飯田好実」を連載。2013年に実写ドラマ化。2017年から2024年まで週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「二月の勝者 ー絶対合格の教室ー」を連載。単行本は全21巻が刊行され、400万部を突破した。2021年10月に実写ドラマ化。同作は2022年には第67回小学館漫画賞の一般向け部門を受賞。


