「星と翼のパラドクス」特集 菅野よう子×児玉雨子×chelly(EGOIST)座談会|遠い星のパートナーと空を駆ける新たな体感型ゲーム、その主題歌は“聴いてはいけない”!?

イタコ系ボーカリスト・chelly

──chellyさんにはどれくらいの段階で曲を渡されたのでしょうか?

菅野 確か1コーラスできたときくらいにお渡ししたかな? 児玉さんからもらったフレーズから試しに5曲くらい作ったんですけど、chellyさんに歌っていただくのは初めてで、どういう曲が得意でハマるか知りたかったので「まずはいろいろ歌ってくれない?」とお願いしたんです。

chelly いきなりの話だったので、もう「え!?」でした。

菅野 その日のうちにスタジオに来てもらって、その場でメロディを聴いては歌う、聴いては歌うって感じで全部のデモ曲を歌ってもらいました。chellyさんは暗めの曲を歌うことが多い印象があったので、明るいメロディを歌うとどうなるのかなと。実際にいろいろ歌っていただいて、これでいけるとイメージが掴めました。

主題歌「星と翼のパラドクス」アニメーションPVより。

児玉 少し話がずれますが、作詞もchellyさんの歌声には影響を受けていて。私、伊藤計劃さんの小説が大好きなんですが、その小説を元にした3部作アニメ(「屍者の帝国」「ハーモニー」「虐殺器官」)の主題歌をEGOISTが歌っているんですよ。そうとは知らずにずっと「いい曲だな」と思っていたんですけど、今回の作詞で行き詰まっているときに「ハーモニー」を観ていたら、エンドロールで「あ、chellyさん! この声なんだ」とようやく気付いて。それで歌声を想像しながら作詞を試行錯誤していきました。

──まさにchellyさんが歌うために作られた1曲だと。chellyさんはEGOIST以外で歌われることは珍しいですが、難しさや新鮮さはありましたか?

アニメ「ギルティクラウン」内の架空のアーティスト、EGOISTの楪いのり。chellyは彼女の歌を担当するボーカリストとしてデビューした。

chelly 新鮮さしかなかったです。EGOISTには主人公となる女の子がいて、彼女を演じながら歌っている部分もあるので、今回はまた違う気持ちで臨みました。

菅野 chellyさんのすごさは、今初めて聴いた曲や歌詞を、まるで大昔からわかっているかのように歌うんですよ。最初にスタジオに来て歌っていただいたときに、そこにびっくりしました。いきなり渡した曲、歌詞なのに、作り手の届かないところまで理解しているようにしか聞こえない表現で。そのとき「この人、イタコだな。誰かを降ろしてきて歌っているんだな」と。

chelly そんなことは意識していないんですけどね(笑)。自分でも不思議なんですが、メロディーを聴くと何か受信しちゃうんですよ。

菅野 しかもchellyさんは全然歌がブレないんです。「もうちょっと明るく歌ったほうがいいかな?」とか「伸ばしたほうがいいですか?」とか迷いがあるのが普通なんですけど、彼女の場合はそういうレベルじゃない。

chelly 最初に受信したものが絶対的な基準になっちゃって。

菅野 そこが本当にイタコなんです。ほかの歌い手さんがブレるのは歌を表現するだけでなく、「私はこう見られたい」とか「昨日調子が悪かった」とか、そういった個人的な思いがちょくちょく顔を出すのが原因だと思うんですけど、chellyさんはそんなものがないのかそんな思いは表に出てこないのか(笑)。作品という器にスポッと自分の身体ごと入れちゃえる人なんです。

──そうしたスタイルはアニメ「ギルティクラウン」のヒロイン・楪いのりとしてデビューした影響もあるのでしょうか。

chelly そうですね。いつも彼女を演じながら歌っているので、自分を少し引っ込めて、表現したいものを前面に出すのは得意かもしれません。

主題歌「星と翼のパラドクス」アニメーションPVより。

菅野 そのおかげでレコーディングもサクッと終わったよね。ディレクションもあまりしなくて。

chelly 1番サビと2番サビの差とか、重要な部分だけおっしゃっていただきました。

菅野 普段に比べたら、ほぼ何も言ってないに等しいレベルです。

──chellyさんはとても緊張されていたとインタビュー前にスタッフの方から伺いました。

菅野 えっ、緊張していたの? 本当に?

児玉 緊張している歌声じゃないですよね。

chelly してましたよ(笑)。普段とは違う環境だったというところもあり、「これでいいのかな?」とずっと思っていて……。

菅野 例えば普段はどういうディレクションが入るの?

chelly 伸ばし方の尺とかフェイクの入れ方とか、ですね!

菅野 そうなんだ。でも私にとっては、すっと出てきたまま歌っていただいたテイクがOKでした。chellyさんに歌ってもらったほかの曲のデモもすっごく素敵なんです。私が特に気に入っている暗めの曲があって、この主題歌以上に「星と翼のパラドクス」って連呼しているやつ。もう「うるせえよ!」ってくらい言っていて(笑)。いつか完成させたいです。

──「銀河動力採掘賛歌」と合わせて、いつか配信などで聴いてみたいですね。

これは外に出したらいけない破壊力がある(菅野)

──完成した「星と翼のパラドクス」を聴いての印象は?

児玉 私、歌が入る前は「これでいいのかな?」と少し不安もあったんですけど、chellyさんの歌が入ったら「これでよかったんだ」と安心できました。最後の「あの海が涸れてしまっても きみと笑いあえるよ」という部分なんて、まさに宇宙空間から巡星に降り立った感じがして「chellyさん、すご……」って(笑)。

主題歌「星と翼のパラドクス」アニメーションPVより。

chelly いつも完成したものを聴くときって答え合わせ的な感じで、「もっとこうできたかな」とか思うときもあるんですけど、今回はそれがなくて、うれしかったです。

──自信作というわけですね。菅野さんは?

菅野 ラストのサビに入る前の「触れたら 寂しくなる」がすっっっごくよかった。

児玉 ここ、いいですよね! 私はレコーディングにいなかったんですけど、「このテイクを使ったんだ。菅野さん、やる気だな」と思っちゃいました。

菅野 ここ、いいよね! 「この主人公、いくつなの?」って感じ(笑)。

児玉 年齢がまったくわからない。

菅野 17、8歳だったら、触れたらうれしくなるのが普通でしょう?(笑) こんな歌詞を書く人も精神年齢いくつかと謎だけど、chellyさんが歌ったことでその寂しさが宇宙的になったというか。何光年も離れているのが真に迫るような歌い方で……これは外に出したらいけないやつでした。それくらい破壊力がある。

児玉 ここはうかつに聴いちゃ駄目ですよ。本当に寂しくなりますから。

菅野 制作中は児玉さんとchellyさんという2人の才能がどういう化学反応を起こすかなと思っていたんですけど、寂しさという、人間の本質みたいなところまで突っ込まれた楽曲に仕上がってしまいました。

──外でその部分を聴くときは少し覚悟が必要ですね。ちなみに皆さんは普段からゲームセンターに行かれますか?

chelly 私、家でゲームはするけどゲームセンターにはそんなに行かないんですよ。

菅野 そんなに、ってどれくらい行くの?

chelly 散歩がてらにたまにゲームセンターには行くくらいで、アーケードゲームはやらずにUFOキャッチャーとかしています。でも「星と翼のパラドクス」は今日遊んでみて、慣れれば楽しそうでしたね。

「星と翼のパラドクス」プレイ画面。

児玉 私は割と遊んでいます。アイドルもののアーケードゲームの曲に関わっているので、自分でもやらないとわからないと思いプレイし始めました。あとは学生のときに音ゲーばかりやっていて。

菅野 どういうときに行ってたの?

児玉 学校帰りとか……サボったときとか。

菅野 ああ、うん。これ以上は聞かないでおく(笑)。不良が溜まっている昔のイメージと違って、今のゲームセンターってエンタテインメント施設として洗練されていますよね。この「星と翼のパラドクス」がどんなふうに鳴っているかを聴くためにも、また行ってみようと思います。