ショートアニメ「そばへ」特集 監督・石井俊匡&音楽・牛尾憲輔インタビュー|雨がちょっとだけ好きになる、2分間に込めたこだわり

音と絵は合わせすぎない

──監督が特に気に入っているシーンはありますか?

「そばへ」より。

石井 そうですね……猫のまっちゃが引っ張られる動きが気に入っているのと、朝日が昇るカットは音楽とも合っていて、ガラッと変わることがわかるようできたんじゃないかと思います。あとは最初の傘が地面に落ちているカットや図書館前のシーンは、雨の嫌な感じが出せたかなと。効果的に使えたな、というカットが気に入っているところはありますね。

──ラストの雨上がりのシーンもとても美しいですよね。

石井 このシーンは、長砂賀洋さんが最初に上げてくれたコンセプトアートが「これでこの作品は大丈夫だ」って思えるような仕上がりだったんです。

「そばへ」より。

牛尾 すごくいいですよね。僕も監督もコンセプトアートを基本に置いて制作していたから、イメージがブレなかったというのはあると思います。

石井 最初の雨の嫌な感じとの対比というか、雨が嫌いだった男の子が、最後に雨の見え方が少しだけ変わっている。そこだけでも作品を通して伝わっていればいいなと思います。

──映像と音楽がぴったり合うような場面がいくつかあると思うのですが、おふたりで微調整などはされたんでしょうか?

牛尾 ほとんどなかったですね。コンテ撮である程度起こることは決まっていて、こことこことここに物語のキーがある、というのを踏まえて作ったものをお渡ししたので。

石井 コンテ撮から仕上がりまでの過程で、やることが1秒ズレるってことはあんまりないんですよ。ズレても数コマレベルなので、最終的には絵のほうを合わせる形で調整しました。

牛尾 それに、全部の事柄に音楽をバチっと合わせてしまうと押し付けがましいというか、音楽が前に行き過ぎて厚かましくなっちゃうんです。特に今回のような1分2分の尺であまりにもばっちり音楽を当てると、繰り返し見るのに耐えるものにならないので、それは避けたかったですね。フィルムスコアリング(できあがった映像に対して音楽をつける手法)で制作するときも、むしろ合わせすぎないようにすごく意識します。でも今回、音の鳴り始めは監督が譲ってくれなかったんですよ。

石井 あはは(笑)。

牛尾 もちろんできあがったものを観るとそれでばっちりなんですけど。あとは鍵盤のメロディが増えるタイミングもそうですよね。

石井 妖精の服が看板に引っかかるシーンですね。そこも僕がお願いして合わせてもらいました。

牛尾憲輔

──個人的には、比較的牛尾さんが普段活動されている名義、agraphでの音楽に近い印象を受けました。妖精の踊りに合わせたダンスミュージックとも受け取れるというか。

牛尾 意識していなかったですが、確かに3拍子だしワルツっぽいかもしれませんね。あとソロでも使っているフェージングという手法を取り入れているので、そのせいもあるかもしれない。

モーションキャプチャーならではの難しさ

──牛尾さんはご自身もアニメ好きですが、いち視聴者として本作の感想を言うとしたら?

牛尾 個人的にずいぶん昔は「3DCGか…」っていう、CGに対する否定的な気持ちがあったんですよ(笑)。でも「そばへ」の水の表現とかキャラクターの美しさを観ていると、もう2Dだろうと3Dだろうと、どっちでもいいじゃないですか。映像作品として使われるのに同等な時代になったんだなあと思いました。

──ちなみに手描きアニメとCGアニメの質感の差などが、音楽に影響を与えることはありますか?

「そばへ」より。

牛尾 音色が変わるとかそういった部分での影響はないんですが、特に「そばへ」に関してはワークフローが普段と違ったので、その結果として少し影響を受けていますね。今回はプリビズ(本番のCG映像を制作する前に作るシミュレーション映像)があったので、棒人間だけど動きがある映像に当てて作ることができて。普段は僕のところに来るのは動きがまったくない状態で、想像で補わないといけないんですが、例えばまっすぐ歩くにしても、同じ速度で動くわけではないですよね。最初の数フレームでどう足を上げてどう着地するか、それを想像することがアニメーターではない僕には難しいんです。でもプリビズがあると動きの細部もわかるので、「ここの動きが速いから、ここの音を少しクレッシェンドしよう」とか、そういうことができました。

──動きは観られたほうが作りやすい?

牛尾 いえ、一長一短だと思いますね。動きがあることによって、ある程度規定されるのをどう取るかですね。コンテ撮だけで作る場合でも自由度が高くてよかったりしますし、今回は走っている女の子がもう見えるので、それに対してリズムを当てていける、今回はそっちのほうがよかったです。

──映像自体がリズムやテンポを持っているものだし、セッションみたいですね。

牛尾 そうですね、コラボレーションだと思います。やっぱり劇伴って僕が時間軸を決めるものではないので、主従が違うのは面白いです。特に走るとか歩くとか、反復のある人間の動作と音楽とは、互いに呼吸がつかみやすいと思います。

──監督もモーションキャプチャーを使ってのアニメ制作は初めてだったそうですが、普段のアニメ制作とはやっぱり違いましたか?

石井俊匡

石井 そうですね。普段はコンテを書いてアニメーターさんに発注して、上がってきたものに「こうじゃないとやだ!」って感じでチェックを出していくんですけど(笑)、今回はモーションキャプチャー用に、最初に役者さんに芝居をしてもらっていたので、「あと6コマ溜めて」みたいなことが通用しないんですよね。いつもはコンテの段階で、このタイミングでこのくらいのスピードで立ち上がって……というところまで考えるんですが、役者さんも考えて芝居をしてくれているし、詰め込みすぎるとプログラムされたような動きになっちゃうので、そこまで細かく芝居付けをしても仕方ない。他人の考えやアイデアをいただきつつ、譲れないところはいじらせてもらったりしました。

──譲れなかったところというのは?

石井 例えば動きの大きさでしょうか。やっぱりジャンプの高さが足りなかったりとか、どんなに急いで走ってもらっても、絵にするとそうでもなかったり。ありえないくらい速くしないと、絵では速く走ってるように見えないんですよね。妖精が手前に寄ってくるカットがあるんですが、実際にあの距離をあの歩数では進めない。そういう外連味のあるカットはモーションキャプチャーではできないので、CGのオペレーターさんにお願いして調整していただきました。でもそれはオレンジのスタッフさんにすごくノウハウがあって、うまく対応してくれました。反省点もいろいろあるので、次にモーションキャプチャーで作品を作るなら、もっとコンテ段階から反映できるかもしれないです。

──監督の次作はもちろん、またおふたりでタッグを組んだ作品も観てみたいです。

石井 次に牛尾さんとご一緒する機会がいただけたら、企画立ち上げの段階から参加していただきたいですね。企画書に音楽がついてるとか、絶対楽しいと思います。音楽があるから出てくるアイデアがいろんな箇所であると思うので。

牛尾 発注、受注、納品……みたいな感じじゃなく、やっぱり放課後の勉強部屋の延長線みたいな感じで作るほうが楽しいですよね。車座になってポテトチップス食べながらやりましょう(笑)。