「だから俺にしなよ」では担当編集と怒涛の打ち合わせ

──連載中にどんどんお話の方向が変わっていくこともあるのでしょうか。

初期の作品、たとえば「だから俺にしなよ」（以下「だか俺」）のときは、最初に想定していたところからかなり変わりました。連載前の予告カットでは、バイオリンも描いていたし……。

──バイオリン!? 「だか俺」は、不良でライバル同士の奏多と秀悟の間でヒロインの陽菜が揺れ動く、というお話ですよね？

はい（笑）。最初は奏多と秀悟が兄弟で、バイオリニストで……というお話だったんです。今のお話になってからも、ヒロインの陽菜が奏多と秀悟のそれぞれとうまくいくパターンのネームを、毎話出していたんですよ。私は奏多とくっつけたかったのですが、担当さんにはいつも「うーん、今回も秀悟のほうが面白い！」って言われてしまい、結局原稿にするのはいつも秀悟のほうで（笑）。毎回「ああー！ また今回も秀悟のほうが選ばれたー！」となっていました。

──毎話、乙女ゲームでいうところのルート分岐点みたいなものを描かれていたんですね！

そうなんです。連載終了まであと3回となったときも、担当さんに「最終確認するけど、水瀬先生は、奏多と秀悟、どっちとくっつけたいの!?」って言われて、「奏多です！」と答えるんですが、やっぱりネームは秀悟のほうが面白い、と言われて。読者さんにもいまだに「なぜ陽菜とくっつくのは奏多じゃなかったんですか!?」と聞かれることもあるんですが、私だって奏多とくっつけたかったので、「私も本当にがんばったんです！」と答えるしかなくて（笑）。最終回まで毎回、担当さんとそんなやり取りをしていたんです。

──だからこそ、最後までどちらとくっつくかわからず、ハラハラしながら読めたのですね。

最後の最後、担当さんに「もう一度全部読み直してみてください。陽菜はどっちとくっつくと思いますか？」と言われて、読み直してみたら、確かに秀悟とくっつくほうが納得できると思ったんです。この頃はまだプロットからネームを起こしていたので、プロットとネームにキャラクターの感情のズレが出てきていたんだと思います。キャラの行動優先で描いていた奏多メインのプロットがまずあって、キャラの心情優先のネームを描いたときには、秀悟のほうが自然な流れになっていったのだと。編集さんには奏多のキャラをすごく褒めていただいたんですが、私は「奏多だったらどうするか」が一番わからなかったから、担当さんに面白いと思ってもらえるネームにならなかったのだと思います。でも、奏多は今でも思い入れのあるすごく大切なキャラですね。

自分の作品が読者の背中を押す力になれてうれしい

──水瀬先生にとって、Sho-Comiのよさとは何でしょうか。

前回のインタビューで佐野愛莉先生もおっしゃっていましたが、「無条件に、絶対的な愛がある」というのは大きいですね。ヒロインを強く愛してくれる男の子がいて、ヒロインも彼を心から愛する。それが醍醐味ですよね。それに、現実の世界で自分だったらこんな人に告白できないとか、うまくいきっこないと思うようなことが、少女マンガの中ではできることも大事です。

──自分では絶対できないようなことをしてくれるヒロインが、夢を叶えてくれるということですね。

そうですね。読者さんからいただくお手紙でも「桃花（「なみだうさぎ」のヒロイン）ががんばったから、私も告白します」というふうに言ってくださることがすごく多くて。私の作品に対して「疲れているときに読んで、元気が出ました」と言ってくださる方も多いです。キャラを応援することが読者の現実の力になるのは、マンガのよさであり、うれしいことですよね。

──素敵なお話です。ほかに、印象に残っているファンレターはありますか？

理由があって学校に行けなくなった子から「作品を読んで元気をもらったので、学校に行くことにしました」というお手紙が来たり、あるいは学校の先生から「学校に来られていない生徒がいるんですが、その子が水瀬先生の作品が好きなんです」といったお手紙をいただいたこともありますね。私は、マンガを描く中で、読者さんには「キュンキュンしてくれたらいいな」とか「楽しんでくれたらいいな」というふうに思っていたのですが、自分の作品が、疲れている人や子どもたちの背中を押す力になれていたことがうれしかったです。ときどき、「マンガ家になってくれてありがとう」と言ってもらえることもあり、感動します。こちらのほうがいつも「読んでくれてありがとう」という気持ちでいっぱいなのに。

Sho-Comiは常に読者にとって理解しやすい雑誌

──これからSho-Comiが50周年を超えて続くうえで、「こんな雑誌であってほしい」など、水瀬さんの“理想のSho-Comi像”をお聞かせください。

いろんな少女マンガ誌を読んでいるのですが、昔からSho-Comiって、読者さんに対してすごくわかりやすいな、と思うんです。キュンとする恋愛にしろ、つらいことにしろ、常に読者に対して理解しやすく、わかりやすいというのはSho-Comiが一番だと思います。だから常に読者さんと近い存在の雑誌であってほしいなと。

──今までもこれからも、読者に寄り添う雑誌でいてほしい、ということですね。

Sho-Comiは隔週発売なんですが、連載作家さんはだいたいみんな、前回までの物語がわかるような描き方をしているんです。私もデビュー当時、「読者は前回のお話を忘れているから、それがわかるように描いて」と、編集さんに口を酸っぱくして言われていました。連載作品のすべてがそういう姿勢というのはSho-Comiのいいところだと思います。

──読者に対して、親切なつくりになっている。

Sho-Comiの作家さんは、みんな「読者にちゃんと届けたい」「いい原稿にしたい」という思いが強くて、それが物語のわかりやすさにも表れているし、だからこそ読者にストレートに届くのだと思います。2週間に1回の発売ペースなのに、どの作家さんも原稿のクオリティを上げようとがんばっています。

担当編集　隔週誌とは思えないほど、トーンや背景の密度が高いですよね。

そうそう。読者も年齢が上がってくると、セリフだけでいろいろと想像してもらうことも多いのですが、Sho-Comiは、マンガのリテラシーがそんなになくても読めるのではないかと思います。トーンや背景でも細かく情報を伝えているので、キャラクターがどこの場所にいて、何をしたか、誰がそのセリフを言ったかも全部、迷いようがないですから。そんなふうに、変わらずわかりやすく面白い雑誌であってほしいなと思います。

──読者への思いが背景やトーンにも表れていると思うと、もう一度そういう視点で作品を読み返したくなります。

例え背景がなかったり、キラキラとした効果トーンだけでも、マンガとしてはわかるのかもしれませんが、キャラの気持ちを描くうえでは、そこで伝わる・伝わらないの差は大きく出ると思うんです。だから、私は特にそうなんですけど、背景にすごくこだわっていて、読者が読んで迷わないように気を付けています。背景とか人物も、「こんな細部にまでいらないんじゃない？」というところにも、全部入れるようにしています。もちろん、計算されたうえで省いている作品のほうが伝わりやすく、いいものだってたくさんありますし、読者としてはそういった作品も大好きです。

──水瀬先生の原稿の細やかさには驚かされます。

「今回こういう展開だったんだ、面白かった！」って思うのでも、背景の密度が違うだけで、読者に届いたものはちょっと違うと思うんですよね。読者さんが感動して泣いてくれた回は、無意識だけどそういうところも伝わっているのかなと思います。それができるのもアシスタントさんのおかげです。デビュー当時からスタッフがほぼ替わらないので心強く、みんなでどうしたら伝わりやすいか相談しながら画面を作っています。

──確かに「恋フル」でも、麻白と青人が出会ったときの海の美しさだとか、初めてデートする街の風景などは、作品を読んでから時間が経っても、記憶の中で鮮やかに蘇ります。

ありがとうございます。よく、締切も迫る中で、編集さんには「水瀬さんのマンガは手を抜けるところがないから困る」と言われるんですが、どんなにギリギリでも、締め切り1分前でもスタッフ全員手を抜かずに、諦めずに、最後まで描くんです。なので読者さんが「あのシーン」と思い出したときに、セリフと絵が一緒に浮かぶといいなと思います。ちょっとの差なのですが、私はこれからもそこにこだわりたいです。