「靴ひもを操る能力で敵倒せるのかよ」って

──そのわらしべ長者を目指す主人公が、女子高生の汐ノ宮綾音です。

すごく弱いレベルからのスタートということで、初めに綾音が備えている能力は「靴ひもを操る能力」。弱いということがわかりやすくて、かつしょうもない（笑）。

──ほかに、いかにも弱い能力をたくさん考えたりしました？

いや、とにかくしょぼい能力って考えたときに、最初に靴ひもがパッと浮かんだんですよ。「それで話成り立つの？」「最初の敵倒せるのかよ」って自分でも思ったんですけど、他にいくら考えても靴ひも以上のものが浮かばなかったので、これしかないなと。

──作品の世界では能力がすべてナンバリングされていますよね。その設定についても解説していただけますか。

数字はスコアと呼んでいるのですが、スコアは高ければ高いほど能力が強大であることを示しています。例えば綾音の「靴ひもを操る能力」は7で、綾音が最初に戦う敵は35。彼らの世界では数値が高い奴が絶対勝つとされているので、綾音がそいつに立ち向かうのは無謀なんですけど、ただ綾音はチェスが得意ですごく頭がいいので、戦術に長けているんですね。所有する能力の差を知恵で埋めて、自分より強い敵を倒していくんです。

──どんな能力でも、使い方次第というか。

そうです。でもさすがに、いきなり世界最強には勝てませんと。じゃあどうするかと言うと、「わらしべ長者」なんですね。自分より少し強い敵を倒して能力を交換する。そしたら次はもう少し強い敵と戦って、また交換。そうやって能力を強くしていって、最終的に世界最強の能力者を倒す、というのがこの作品の基本的なコンセプトです。

──そこからどういった経緯で1巻後半のシリアスな展開が作られたのでしょう。

絶望のどん底から這い上がっていく、という形でわらしべ長者的なステップアップを始めたかったんですね。やっぱりどん底に落ちた人のことは応援したくなりますし、単純に見ていて面白い。その中で人間的な成長を描けたらと思っています。なので主人公を1回、ドーンと落とそうと。まあ、わかりやすく言うと「魔法少女まどか☆マギカ」のような。

──ああ、「魔法少女まどか☆マギカ」も途中で突然悲劇的な展開が起こり、観る人の意表を突きますよね。その例えはわかりやすいです。

そのせいもあって本題に入るまでがちょっと遅いんですよ、この話。どん底に落ちたところで1巻が終わっているので。これからわらしべ長者的な展開を起こして、這い上がっていくんです。

──萌え系の作品が好きで入ってきた読者に向けて、こうした重い展開を見せることに抵抗はありませんでしたか？

可愛い女の子が見たい層と、どっしりとしたストーリーが読みたい層は、恐らくそんなに分かれてないんじゃないかなと思ってるんですね。そういう人たちに向けて、女の子の可愛さと重いストーリーみたいなのを並行して入れていけたらなと思って話を作っています。それにものすごく偉そうなことを言うと、ストーリーもちゃんとしてる萌え系の作品は最近少ないので、この作品で両立させたいと思っています。

最初から「人類のために戦う」って、なんか違う

──読んでいて、強気な綾音には危なっかしい印象も受けました。綾音のキャラクター設定にはどんな狙いがあるのでしょう。

綾音はお父さんのことが好きすぎて、そのせいでほかが見えなくなるところがある、というのが大きな欠点なんですよ。僕も自分で台詞書いてて、「お前そんな考えでいると将来大変な目に遭うよ」と心配になるくらい（笑）。そこが1巻後半のドラマに大きく関わるんですが、そういう欠点を抱えた綾音が、成長していく話なんです。能力者としてだけではなく、ひとりの人間として。

──綾音はお父さんさえ無事なら、ほかはどうでもいいという考え方ですよね。悪と戦う主人公としては、描きづらくはなかったですか？

最初から「人類のために戦う」だとか、「困ってる人は放っとけない」だとか言われても、僕は感情移入できないんですよ（笑）。作中でも綾音が「正義のヒーローって気持ち悪い」って言ってると思うんですけど。

──ヒーローはいないと言い切っています。

ただそう言いながらも、綾音は裏では困ってる人を放っておけない。妹の胡桃がさらわれたら危険を顧みずに助けに来るっていう、根っこはものすごくヒーロー中のヒーローみたいな性格なんです。悪い奴は絶対に許さないし、困ってる人は絶対放っておけないっていう。だからどう欠点を克服して、ヒーローとして成長させるかが課題かなと思ってますけど。

──妹の胡桃はどんなキャラクター設定ですか？

綾音の欠点の多さを際立たせる役どころですね。胡桃は容姿端麗、成績優秀、なおかつ能力者で、姉より能力の数値が上という、キラキラした存在。綾音は普段、胡桃と常に比べられて姉として立場がありません。でも綾音は戦いになると強いんですよ、というところで綾音のかっこよさを出せたらなと思うんです。

──綾音の欠点を際立たせることで、綾音が嫌われるんじゃないかという恐れも生まれそうですが。

あんまり欠点が多すぎると最初に感情移入してもらえないので、いかにさり気なく欠点を見せるかっていうのに苦心しました。笑いの中で見せたり、シチュエーションの中で見せたりしています。