上野監督が「白紙」の手紙に込めた意味
──《キャンドルウッズ》の話になったので、締めとして今後放送される話について伺いたいのですが、その前に2点質問させてください。まず小沼さんは以前、Xで「1話にまつわるエピソードをどこかで話したいが、タイミングが難しい」とポストされていました。これは一体どのようなお話だったのでしょうか。
小沼 これ、監督に今聞いちゃっていいのかな?
上野 なんですか、怖いなあ(笑)。
小沼 そんなに構えるような話じゃないですよ。第1話のアフレコ現場で、監督がキャストの皆さんに手紙を渡したじゃないですか。
上野 渡しましたね。
小沼 各キャラクターの生きる理由が手紙に書かれている中で、幽鬼の手紙だけは白紙だった。それは彼女が「空っぽ」であるという意味でしたが、帰宅してからふと気づいたんですよ。「え、そんなにうまい意味が込められていたの?」って……。
上野 あ、何を言いたいかわかった!
小沼 あれは「白紙」と幽鬼の師匠である「白士(はくし)」をかけていたのかなって。
上野 そんな親父ギャグなわけないでしょう!(笑)
小沼 3話の収録あたりからずっと聞こうか迷っていたんです。「そんなダブルミーニングだったのか」「とんだラッパーだぜ!」と。
──三浦さんも、そう思っているかもしれませんよね。
小沼 そうだよ。
上野 思っていないですよ(笑)。この間会ったときも「いまだにあの手紙は大事にしている」と言っていましたし。
──この作品って少しシュールなところも面白いので、白士とかけているのが公式設定でもいい気がしますが。
小沼 公式にします?
上野 ダメですよ(笑)。あれは映画「華氏451度」のラストシーンのように、人は「何か1つ生きるための理由を抱えて死ぬんだ」という意味を込めたつもりですから。
上野監督の希死念慮に似た感覚と小沼のトラウマが合致した新しいオープニング映像
──もう1点伺いたかったのがオープニングテーマについてです。インストゥルメンタルの曲に道路を映すだけの映像に驚かされましたが、あの発想はどのように生まれたのでしょうか?
上野 初期の打ち合わせで僕がコンセプトやイメージを伝え、コンテも渡したところ、プロデュース側から「インストも候補に入りますか?」という提案がありました。その流れでMADKIDのLINさんの名前が挙がったんです。それで聴いてみると、彼が作られているインストの曲がとても素晴らしくてオファーしました。その時にはもう90秒の映像が先にあって、それに音楽を付けてもらうという珍しい発注となりました。
──映像の内容にはどのような意図があるのでしょう?
上野 第1話のコンテを描こうとしていたときに、もう悩みすぎて何もわからない状態になったんです。それで休みをもらって、一度幽鬼の生活をしてみようと、生活を崩壊させてみました。夕日とともに目を覚まし、日が沈んだらフラフラと出歩く、みたいな。それである日、数時間歩いたあとに高架の上でふと立ち止まったんです。のちになんで立ち止まったのか考えたところ、希死念慮に似た感覚だったことに気づきました。その発想をもとにオープニングテーマからコンテを描けるようになったんです。それで、この話を小沼さんにした時にある夢のエピソードを教えられて……。
小沼 仕事が本当に忙しくて精神的にも追い詰められていた時期に、繰り返し見ていた不思議な夢がありまして。
上野 その夢の内容が、まさにこの作品の“魂の置き所”だと思ったんです。
小沼 ロンドンの街を走るような、屋根のない2階建てバスに乗っている夢です。僕は2階に座っているけど、バスの側面が猛烈に燃えている。熱いし怖いけれど、バスは止まらずに夜の高速道路を猛スピードで走り続けている。すると対向車のヘッドライトが、まるで魂のように僕の横を「ズワンッ!」と抜けていくという。そんな夢の内容をニコニコしながら監督に話しました。
上野 それを聞いた瞬間「これだ!」と。幽鬼が最も死に近づき、同時に「生」に執着した瞬間を描くにあたって、これ以上のイメージはありません。だから第8話の《キャンドルウッズ》が始まるタイミングからそのイメージの映像に更新することにしました。
小沼 まさか自分の社畜時代のトラウマが、こんな形でクリエイティブに昇華されるとは思いませんでした(笑)。
デスゲームの果てに見つけるものは
──では最後に、いよいよクライマックスとなるゲーム《キャンドルウッズ》の物語が始まりますが、見どころや聞きどころを教えてください。
小沼 第11話冒頭のキャラクターが戦うシーンの楽曲の使い方は、僕の中の「死亡遊戯で飯を食う。」極まれりという曲です。「少女たちはこのデスゲームを楽しんで生きて、そして死んでいっただけだ!」という解釈を乗せられた、いい仕事をしたなと思っています(笑)。あとは、ここに至るまでに演出として積み重ねてきた集大成であり、「これが上野監督のフィルムだよね」と感じられるような最終形になっています。
上野 《キャンドルウッズ》のラストに向けてすべてを作ってきましたしね。
小沼 僕が強く覚えているのが、第8話から最終話までの収録で監督と「愛」について考えを交わしたことです。
上野 あの頃は小沼さんがエーリッヒ・フロムの本を読んでいて。僕も読んでみるとそこには「自分を真に愛していない人は、他者を真に愛することができないのだ」みたいなことが書かれていて。僕はそれに対して「そんなわけねえだろう」と思っちゃうんです。幽鬼みたいな自分を愛せない人だって、愛に触れることはできるだろうと。
小沼 アフレコの現場ではニーチェの「永劫回帰」についてまで話が及んでいましたね。
上野 少し話は変わりますが、僕はアニメの初期設計段階で、「何がない世界なんだろう」と世界観に思いを巡らせるんです。「たぶんパチンコがないな」とか「信じるってことがないな」みたいな。で、「死亡遊戯で飯を食う。」の世界にはたぶん愛がないんだろうな、だからこんなデスゲームが生まれて、そこで生きなきゃいけない子がいるんだろうなと最初は思っていたんです。だけど……ということでできあがった最終話です。
小沼 このデスゲームの底の底に行ってみたら……という話ですよね。
上野 「伽羅と萌黄が最後に触れたものは?」「そこから幽鬼が受け取ったものとは?」という。この作品で、その一番深いところにまで至れたのは本当に幸運でしたし、それを成し得たのは関わってくださったスタッフ陣が「彼女たちの生」に何度も、何度も手を伸ばし続けてくれたからでした。
プロフィール
上野壮大(ウエノソウタ)
TVアニメ「佐々木と宮野」、「映画 佐々木と宮野 ―卒業編―」で助監督などを務めたのち、2024年に初監督作品「義妹生活」を手がける。「死亡遊戯で飯を食う。」が監督として2作品目となる。
小沼則義(コヌマノリヨシ)
ビットグルーヴプロモーション所属。音響監督として数多くの作品の制作に携わる。直近の参加作品に「ひみつのアイプリ リング編」「劇場版 僕の心のヤバイやつ」「あかね噺」「猫と竜」などがある。


