TVアニメ「死亡遊戯で飯を食う。」上野壮大×小沼則義 “魂の置き所”を共有した2人が語る、とあるいかれた世界の話 (2/3)

「デスゲームもの」にしないという矜持

──上野監督は、原作小説を読んでどのようなコンセプトのアニメにしようと考えられたのでしょうか。ひと言で表すのは難しいかもしれませんが。

上野 デスゲームが題材ではあるもののデスゲームものではない、という感覚です。少女たちの死をいたずらに煽ることもしないし、弄ぶようなこともしない。彼女たちの“限りある生”を、どれだけ真摯に、丁寧に描ききれるか。そこを制作の最初にお話ししました。

《ゴーストハウス》より、絶体絶命のピンチの中で生き残るため大きな決断を下すことになる金子。

《ゴーストハウス》より、絶体絶命のピンチの中で生き残るため大きな決断を下すことになる金子。

小沼 音作りの面でも、例えば人の死に悲劇的な音楽を流して凄惨に演出するのはわかりやすく刺激的ですが、安易でもある。監督の話を聞いて、血みどろのシーンを強調して関心を引くのではなく、あえて感情を抽象化させたりする方向を目指しました。だから、例えば幽鬼の心情を代弁させるような音楽の使い方はしていません。

──「ここで悲しんでください」という、いわゆる泣きの劇伴は使わないと。

小沼 そうです。視聴者に感情を押し付けるのではなく、ただそこに世界の空気だけを構築する。そこから何を感じるかは、観る側に完全に委ねる。その距離感の設計には非常に気を使いました。

──第1話で青井の最期がショッキングに描かれて以降あまり凄惨なシーンはありませんが、そういう意図なんですね。例えば《スクラップビル》の智恵の顛末も詳細は描写されませんでしたし。

上野 第1話の青井のシーンは、この物語の舞台がいかに「狂っているか」という前提条件を提示するためにああいった演出にしました。この世界にはデスゲームがあって、そこでなければ生きていけない人たちがいることを提示する必要があるので。だからそれ以降、同じレベルの演出は繰り返していません。

小沼 青井が死ぬシーンの音楽は、「ある種の讃美歌」という名前で発注した曲です。ただ、それは宗教的な意味ではなくって。第4話の智恵や《ゴールデンバス》における死の見せ方をコンテで読んで、僕が音楽で彼女たちの死に様を汚く見せる必要はないなと思ったんですよ。逝かせてあげるなら美しく、一番きれいな状態で視聴者の印象に残してあげたい。それであの曲で寄り添うような雰囲気にしました。

《ゴーストハウス》より、迫り来るトラップを前に呆然とする青井。

《ゴーストハウス》より、迫り来るトラップを前に呆然とする青井。

《スクラップビル》より、智恵。

《スクラップビル》より、智恵。

──音響面においては非常に静かな作品ですが、意外と音が鳴っているのも非常に印象的です。

小沼 作品を作るうえで監督ともお話しして設計したことですが、人間にとって音や光は刺激であり、情報です。アニメーションは実写と違って、動かないカットはその情報が完全に止まってしまう。本作でもそういう絵が動かないシーンは多いですが、意識しない程度の音を流しています。うっすら「ジジジジ」と鳴っていたり、BGMがふんわり意識される程度に鳴り出したり。かなり音楽は流れているのですが、そうやってすごく細かく情報量をコントロールしています。

音楽担当・松本淳一と生み出した唯一無二の空気感

──そういった特異な作品だと、音楽担当の松本淳一さんへの発注も大変だったのでは。打ち合わせは異例の長さだったとXでも書かれていました。

上野 松本さんとは、最初の打ち合わせだけで3時間以上お話ししました。作品の世界観はもちろん、僕たちがこのフィルムに込めたいものをぶつけました。そうするうちに、松本さんから「このメニューに『祈り』という言葉がありますが、具体的にイメージする楽器や音は何ですか?」と、さらに一歩踏み込んだ質問を返してくださって。

──監督はなんと答えられたのですか。

上野 Akira Uchidaさんの「SILENT PRAYER」という楽曲を挙げました。そういったやり取りをしたうえで、松本さんから40曲ほどの楽曲を上げていただいたんです。

小沼 僕からは、現代音楽的な、調のない、ある種の不協和音のような音楽という頼み方をしました。「劇伴として成立させようと考えなくて大丈夫です。あとは僕がなんとかします」と伝えて。

上野 そんな話をすごくしてましたよね。

小沼 本来こういった作風のアプローチをしたければ、フィルムスコアリング(編注:できあがった映像に音を付ける手法)で曲を作るんです。そうすると作品の雰囲気にバッチリ合うから。でも日本のTVアニメの作り方でそれはなかなか難しいので、松本さんにはいつも申し訳ないと思いながら、作ってもらった楽曲をバラして再構築したり、ある曲がかかっている裏で別の曲をかけたりして。

上野 松本さんの作った素晴らしい素材を、小沼さんが作品の文脈に合わせて「翻訳」してくれている。この二段構えの工程が、本作の唯一無二の空気感を作っているのは間違いありません。

TVアニメ「死亡遊戯で飯を食う。」《スクラップビル》ゲームビジュアル。

TVアニメ「死亡遊戯で飯を食う。」《スクラップビル》ゲームビジュアル。

──ここまで語ってもらったようなこだわりがあるからこそ、本作は多くの視聴者を惹きつけているんでしょうね。一方で、昨今の風潮では、「原作ものは原作通りにアニメ化してほしい」という声も多いです。本作も多くの原作もののアニメと同様に、原作小説からオミットされている要素はいくつもあります。その点はどう意識されていますか?

上野 根本的な話として、まず僕は原作通りに作っているつもりなんです。構成こそガッと変えてはいますが、それは原作1巻を読み終えた読後感を、アニメ11本を見終わった後に感じられるように設計しているから。その設計の中で見え方が変わっている部分はありますが……原作チームにはシナリオ段階でも音響段階でも参加していただいて、何度もディスカッションしながら作っています。原作から外そうとか難しいことをしようという意図はなく、この作品で辿り着きたい最終地点に向けて淡々と歩いているという感覚です。

TVアニメ「死亡遊戯で飯を食う。」《ゴールデンバス》ゲームビジュアル。

TVアニメ「死亡遊戯で飯を食う。」《ゴールデンバス》ゲームビジュアル。

三浦千幸だからこそ表現できた「そうだね」のニュアンス

──幽鬼役の三浦千幸さんの演技が、作品に与えた影響も大きいのでは?

小沼 我々が想定していた幽鬼像よりずっと人間臭くなりました。淡々と無機質というだけでなく、そこからこぼれてくる迷いが逆によくて。それが監督に与えた影響も大いにあるんじゃないかなと。

上野 そうなんですよ。「幽霊でございます」という役ではあるけど、幽鬼はどうしたって2本足が付いている人間なので。第1話の終盤で金子に対して言う「そうだね」のニュアンスや最後のモノローグは、一般的な解釈だと少し斜に構えた感じになるはずです。しかし三浦さんが別の言い方をしてくれたおかげで別の道を選べました。三浦さんでしか表現できない幽鬼の愛嬌もあるし、だからこそ辿り着けた最終話になっています。

《ゴーストハウス》より、幽鬼と金子が最後に言葉を交わしたシーン。
《ゴーストハウス》より、幽鬼と金子が最後に言葉を交わしたシーン。

《ゴーストハウス》より、幽鬼と金子が最後に言葉を交わしたシーン。

──本作はエピソードごとに時系列がシャッフルされていることで、幽鬼の演技も変わりますよね。

上野 だから《キャンドルウッズ》のときはまだ経験が浅い幽鬼で、少し新人感がある。

小沼 ちょっとかわいい。

上野 あれを出せるのが、三浦さんのよさですよね。

小沼 《キャンドルウッズ》だと、萌黄は阿部(菜摘子)さんがやった時点で勝ちでした。

上野 特に銃を突きつけながら詰めているところがすごかったです。樺子(カバネ)を投げ捨てたあとぐらいからさらによくって。

《キャンドルウッズ》より、萌黄と樺子。

《キャンドルウッズ》より、萌黄と樺子。

小沼 彼女をはじめ、この作品って「まだまだ世間に見つかってはいないけれど、こういう素敵な声優がいるんだよ」と世に示せるようなキャスティングになりましたよね。

上野 はい、その傾向はあります。

小沼 もっと人気の方や、ある程度の実力を計算できるような方を起用してもいいはずだけど、パーソナルなところを探りながらキャスティングしていったおかげで。

上野 その人にしかできない芝居を大事にするところがありました。阿部さんの場合だと、阿部さんにしかできない萌黄を尊重して作っていく、みたいな。

──だからこそ長時間の収録になった?

小沼 それもあります。皆さん、役に這ってでもついていってくれて。型にハマらない芝居をやってほしい、という狙いの通りでした。