蟹座の小学生は肩身が狭かったけど……
──黄金聖闘士というと、リアルタイム世代の子供の間では、黄金聖闘士の強さやカッコよさで、いわゆる星座カーストが生まれました。例えば蟹座のデスマスクは特に極悪非道なキャラクターだったので、蟹座の小学生は肩身が狭かったりして。ギリシャ神話という視点から、何か蟹座だった子供の救いになるような話はありませんか?
うーん……デスマスクは「聖闘士星矢」ではあんな感じですが、実はギリシャ神話での蟹座は極悪というわけではないんです。
──そうなんですか?
蟹座って、ヒュドラっていう大きな水蛇の友達がいるんです。そのヒュドラがヘラクレスっていうギリシャ神話で一番の英雄と戦うことになるんですね。明らかにヘラクレスのほうが強くてヒュドラは押されているので、「誰か助けてくれ!」って言うんですが、モンスター仲間はみんなヘラクレスを恐れて加勢してくれない。そんな中、唯一小さい蟹さんが「ヒュドラちゃんをいじめるな!」って突進して、ヘラクレスの太ももをハサミで挟もうとするんです。だけど踏まれてあっけなく死んでしまう。でも、その友情や大きなものに向かっていく勇気が尊いってことで空に上げられたんです。蟹味噌が出たままの姿で。
──めちゃくちゃいい話じゃないですか!
そうなんです。子供の頃はこの神話を聞いても「えー、カッコ悪い」って感じだと思うんですけど、大人になるといぶし銀に感じられるでしょう?
──蟹座の子供も救われる話です(笑)。
ほかにも双子座はギリシャ神話ではすごく強いんですよ。星座占いなんかだとかわいい双子の子供のイラストが添えられることが多いですけど、ギリシャ神話では闘いの神で、2人とも筋骨隆々なボクサーなんです。だから、双子座のサガが強いのも、そのへんを知っていると納得感があります。
──神話からして強いんですね。神話とイメージがリンクするキャラクターってやっぱり多いですか?
例えばペガサスは英雄が乗って空に駆け上がっていく神話があるので、神や強い者に向かっていく星矢の性格や役割にぴったりだなと思っています。
アテナ的に処女宮の仏像はOKなんだ(笑)
──ちょっと神話を知ると「聖闘士星矢」との関連性について「なるほど」と思うことも多いですよね。僕もアンドロメダの神話も知ったときは、「それで瞬はチェーンを使うのか」と思いました。
アンドロメダは生け贄に捧げられる女性で、岩に鎖でがんじがらめにされるんですよね。その鎖を武器として使うっていうのは発想の転換だと思います。
──ネーミングもいいですよね。「ネビュラチェーン」って。
アンドロメダ星雲から「星雲(ネビュラ)」を持ってきて、そこと神話の鎖を合わせるという。ほかにも(ドラゴン)紫龍に西洋風の竜じゃなくて、五老峰と絡めて中華風の龍を持ってきたのは「なるほどな」と思いました。「聖闘士星矢」は黄金聖闘士も含めて、ギリシャ神話をモチーフにしているというのが根底にありつつ、ギリシャ以外の国や地域のモチーフも使われているのが面白いですね。
──確かにギリシャ神話モチーフなのに西洋系だけじゃないですよね。例えば乙女座(バルゴ)のシャカとか。
乙女座って星座的にも単純に言葉としても、乙女チックでふわふわしたイメージが最初に来ると思うんですけど、そこに仏像・仏教系の要素を組み合わせていますからね。シャカが守護している処女宮って、ギリシャ風の神殿なのに仏像が置いてあったりして。宗教的になんでもありなんだというか、アテナ的にそれはOKなんだなって思いますよね(笑)。
──ギリシャ神話の中で、「聖闘士星矢」のシャカのキャラクター性につながりそうなエピソードってあるんでしょうか?
乙女座は引き離されてしまった娘を探す母や、意に沿わないところに嫁がされてしまった娘みたいな神話がメインなので、直接つながる部分はないかもしれません。そこから「いくかね? ポトリと」って言ってくるキャラクターが生まれるわけですから。
──乙女座ってそれまでは強いイメージはなかったから、シャカが出てきたとき乙女座の小学生はうれしかったと思います。
確かに。小学生だと男子で乙女座はちょっとからかわれそうですもんね。それが「最も神に近い男」ですから。
柱が軽々しいと聖域も軽々しくなる
──藤村さんは以前Twitterで各宮のデザインなどについて解説されていましたが、今回の十二宮のデザインはいかがでしたか?
私は神殿マニアなので今回の十二宮も観ていて興味深かったです。やっぱり十二宮1つひとつデザインが違うっていうのは、すごく重要なことですよね。同じ神殿を12個建ててマークだけ変えるってこともできるじゃないですか。それでもいいのに、1つひとつイメージに合わせて変えている。次はどんな宮なんだろうって楽しみになりますよね。今回の「バトル・サンクチュアリ」の宮について、“神殿側”から言うと……。
──“神殿側”(笑)。
ギリシャの神殿の柱にはエンタシスっていう、ちょっとした膨らみがあるんです。3DCGでこの膨らみやカーブを付けるのって、すごく手間がかかるらしくて。でもちゃんとエンタシスがあって、溝掘りもしてあって真剣な柱を立てている。まずそれがめちゃくちゃいい。やっぱり柱が軽々しいと聖域も軽々しくなるので。
──細部までこだわっているんですね。
柱の1本1本に魂が入っていて、かつそれがずっと前から立っているという感覚にさせられるのがすごく熱いです。あと、今回の聖域のデカさはいいですね。
──スケール感がありますよね。
旧アニメとはまったく違う形で、バベルの塔のような作りになっていて。そこを周りながら上に登っていくっていうのはアガりますね。それと地味なところですが、各宮の床も注目ポイントです。床のタイルの模様がそれぞれ異なるんですよ。シンプルな石を敷くだけだっていいのに、模様だけじゃなくて石の配置も宮ごとに違って。獅子宮は円形の配置になっていたり、双児宮は黒と白のタイル張りだったり。ほかにも白羊宮の神殿の前に祭壇があるんですよね。ギリシャの神殿って祭壇とセットなので「あ、ちゃんとした神殿だ!」ってシビれました。
──ムウは性格的にちゃんとそういうのを大事にしていそうです。
各宮で雰囲気が全然違うんですよね。天秤宮はチラッと映ったときに石のベンチがあったり。ちょうど十二宮の中間の宮なので、休憩ポイントなのかな、とか。
──「バトル・サンクチュアリ」ではまだしっかり出てきていない宮もありますが、現時点での推し宮はありますか?
あー……どうしよう……悩む……。やっぱりディテールのこだわりを感じる天秤宮ですかね。例えば、それぞれの宮にタペストリーがかかっていたりするんですが、天秤宮だけボロボロなんですよね。これはライブラの聖闘士が宮を開けてて不在だから、長年換えられてないんだろうなと思いました。こういうこだわりがすごいですよね。
──それだけ掘れるくらい、各宮のデザインや小物が作り込まれているわけですね。
そうだと思います。タペストリーのつくりや大きさなんかも1つひとつ違いますから。巨蟹宮なんかはかわいいですよ。人面(デスマスク)がいっぱいあるんですけど(笑)、後ろのタペストリーはすごくキレイで。「あ、デスマスクってけっこう宮の手入れをしているんだ。たぶん壁に浮かんだ人面を見ながら楽しんでいるんだな」って思いました。
──インテリア感覚で人面を?(笑)
そうそう(笑)。タペストリーも手入れして替えていそうだし。インテリアとして総合演出してそう。
語り直されつつ、本質は変わらない「聖闘士星矢」という神話
──それにしても、「聖闘士星矢」がこれだけリメイクも数多く登場するくらい愛され続けるのってなぜなんでしょうね。
やっぱりすごく普遍的な物語だからなんじゃないでしょうか。私はコロナ禍で仕事が減って暇になってしまったとき、改めて最初から「聖闘士星矢」を観直したんです。正直もう大人ですから、高校生の頃と同じように感動することはないだろうと思っていたんですが、やっぱり号泣しちゃって。「ああ、諦めないでやろう」って思えたんですね。大人になってからも高校時代と同じメッセージを受け取って、同じ救いを与えてくれた。1つひとつの闘いはシンプルすぎるくらいの話なんですけど、それを支える信念や絵、キャラクターのリアリティみたいなものが重なることで、時代を超える物語になっているんだなと。
──「聖闘士星矢」には身体的にすべてが空っぽになっても、「こいつなら立ち上がるだろう」と思わせるような強さがありますよね。
ええ。私は「聖闘士星矢」という物語って、すごくギリシャ神話的だと思っていて。でも「『聖闘士星矢』を観てギリシャ神話の研究を始めた」って言うと、ギリシャ神話研究者の方には「ガッカリしたでしょう?」って言われるんです。
──ギリシャ神話が意外と人間くさくて、生臭い部分も多いからですか?
はい。でも、私は「『聖闘士星矢』こそギリシャ神話の神髄に通じるでしょ」って思っているんです。ギリシャ神話の骨子になっている「イリアス」といった叙事詩って、例えば“人類愛”や“友情”、ほかにも“戦いにおいてどう人を守るか”や“愛と憎しみ”といった普遍的なメッセージが中心にあって。それって「聖闘士星矢」の骨子と同じでしょう?
──確かに。
そういう骨子を持ったギリシャ神話は2000年、3000年と語られている物語じゃないですか。「聖闘士星矢」も同じように、時代に合わせてちょっとずつカスタマイズされるけど、骨子の部分は変わることなく何度も語り直されている。私は「聖闘士星矢」も1つの神話として1000年、2000年と語り継がれる物語なんじゃないかって考えています。
──なるほど。今回の「星矢」を観ても、過去作と違う部分もありつつ根幹の部分はこれまでと変わらない「星矢」ですもんね。
語り直されることでまた新しい世代が「『聖闘士星矢』ってこんなに面白いんだ!」となって、次の世代に引き継いでいくなら、メタ的な話になりますが「聖闘士星矢」でアイオロスが若い世代にアテナを託していくという物語にも重なってくる。こういう形で物語が受け継がれていくのは面白いですよね。
プロフィール
藤村シシン(フジムラシシン)
古代ギリシャ・ギリシャ神話研究家。高校時代にアニメ「聖闘士星矢」に出会ったことがきっかけで、古代ギリシャ・ギリシャ神話研究の道へと進む。東京女子大学大学院(西洋史学専攻)修了。著書に「古代ギリシャのリアル」。NHKカルチャー講座講師を2016年から務めており、古代ギリシャのお祭りを再現するグループ・古代ギリシャナイトを主宰している。