「聖闘士星矢:Knights of the Zodiac バトル・サンクチュアリ」を藤村シシンがギリシャ神話研究家の目線から紐解く

2019年より配信されている3DCGアニメ「聖闘士星矢:Knights of the Zodiac」。1月から配信中のセカンドシーズン「聖闘士星矢:Knights of the Zodiac バトル・サンクチュアリ」では、星矢たち青銅聖闘士と黄金聖闘士の戦いを描いた、原作屈指の人気エピソードである「聖域十二宮編」が映像化された。

コミックナタリーではセカンドシーズンの配信を記念し、「聖闘士星矢」をきっかけに古代ギリシャ・ギリシャ神話研究への道へと進んだ藤村シシンにインタビューを実施。「『聖闘士星矢』はギリシャ神話の神髄に通じる」という藤村に作品やキャラクターの魅力を存分に語ってもらうとともに、キャラクターのモチーフになっている星座やギリシャ神話にまつわるエピソードについても紹介してもらった。

取材・文 / 小林聖撮影 / ヨシダヤスシ

友人の兄が録画したビデオを毎日渡されて……

──藤村さんの「聖闘士星矢」との出会いは高校時代ということですが、2000年前後……もう連載もアニメの放送も終わってだいぶ経った頃ですよね。

はい。リアルタイムで観ていた方より少し下の世代になると思います。アニメが放送されていたのは私が幼い頃で、高校時代には盛り上がりも一段落していたんですが、その頃に友達が「聖闘士星矢」の最初のアニメシリーズのビデオを貸してくれたんです。

藤村シシン

藤村シシン

──当時のTV放送を録画したものですか?

そうそう。友達のお兄さんがすごいハマっていたんだと思います。おそらくそれで「これは観るべきアニメだ」って、妹に観せて、そこから私に、と。ビデオもちゃんとCMをカットして、1本ずつサブタイトルのラベルが貼ってあって。

──まだCMカットとかも手作業の時代ですよね。

マメな方だったんでしょうね。そのビデオを毎日1本ずつ渡されていたんです。私は当時「星矢」のことを全然知らなかったので、10話くらいで終わるのかなと思って観始めたんですけど、どんどん続きを渡されるから「これ、何話あるの!?」って聞いたら「100話くらい」「マジか!」って(笑)。最初は私も義理で観ているようなテンションだったんですけど、観続けていくうちにどんどんのめり込んでいったんです。「十二宮編」が始まる頃には「これ、どうなるの!」ってなっていました。

──藤村さんは「聖闘士星矢」のどのへんにハマっていったんですか?

私はその頃から大人のキャラクターが好きだったんです。星矢たち青銅聖闘士って当時高校生だった自分よりもちょっと年下なので、もうちょっと上の世代がいたらいいのになって思っていたところに、ジャミールのムウってキャラクターが出てきて。星矢たちの世代からしたらすごく大人で雰囲気が違う。だから「私はジャミールのムウを推そうと思う」って伝えたら、先の話を知っていた友人に「これから楽しみにしているといいよ」って言われたんです。何が起きるのかと思っていたんですが「十二宮編」が始まったら、ムウが実は牡羊座(アリエス)の黄金聖闘士で。しかもこのレベルの美形が何人もいるってなって、「マジで!!」って(笑)。で、実際代わる代わるいろんな美形が出てきて、そこでしっかりハマりました。

牡羊座(アリエス)のムウ。現教皇シオンの弟子でダイダロスとは兄弟弟子の黄金聖闘士。老師童虎と親交が深い人格者で、必殺技はクリスタルウォール。

牡羊座(アリエス)のムウ。現教皇シオンの弟子でダイダロスとは兄弟弟子の黄金聖闘士。老師童虎と親交が深い人格者で、必殺技はクリスタルウォール。

脱熱血の時代だからこそ強烈な印象を与えた「星矢」の熱さ

──今回のアニメでも描かれる「十二宮編」は、「聖闘士星矢」という作品を本格的に大ヒット作に押し上げたシリーズですよね。

作品の中でも大きなシリーズだと思いますが、当時の自分の年齢や状況にもちょうど刺さったんです。やっぱり高校時代って将来について悩む時期じゃないですか。しかも私たちの青春時代って、1999年7の月に人類が滅びるっていうノストラダムスの大予言が騒がれて、それが何もなく終わった頃なんです。「私たち、死ななかったね」って感じで、結局そのまま世界は続くし、これからどう生きるんだろうって雰囲気にもなっていて。アニメやマンガでもちょっとダークな雰囲気の作品が多かった気がします。

ペガサス星矢。児童養護施設で暮らしていたが、姉を探すためシャモス島で修行をして天馬星(ペガサス)座を守護星に持つ青銅聖闘士となる。必殺技は己の拳を音速で連打するペガサス流星拳。

ペガサス星矢。児童養護施設で暮らしていたが、姉を探すためシャモス島で修行をして天馬星(ペガサス)座を守護星に持つ青銅聖闘士となる。必殺技は己の拳を音速で連打するペガサス流星拳。

──90年代半ばから後半にかけて「新世紀エヴァンゲリオン」の大ブームもあって、セカイ系の作品も流行り始めて、王道熱血ものがちょっと少なくなっていた時期ですね。

そうそう! そういう作品ばっかり観ていたので、「聖闘士星矢」って新鮮だったんです。真逆というか、王道中の王道じゃないですか。拳で殴り合って諦めないものが勝つっていうシンプルな世界観がすごく染みたんです。

──ちょっとわかるかもしれません。頭脳戦や心理戦が展開される作品も増えている時期に、理屈じゃなくて「小宇宙(コスモ)が高まったら勝つ!」っていう作品に触れたってことですもんね。

小宇宙が何かっていうとやる気とか、魂を燃やすみたいなもので(笑)。精神的なもので勝つという作品にあまり触れていない世代だったので、本当に新鮮でしたね。私の高校時代は話に出たように頭脳戦というか、ちょっとひと工夫、戦略があって勝つっていう作品が多くなっていましたから。そんな中で星矢は「これを食らったらお前は死ぬ!」みたいな技を食らって吹っ飛んで、でも立つっていう。

──「な、なぜだ! なぜ立てる!?」「俺の小宇宙が……!」って(笑)。

小宇宙ですべてが説明されるんですよね。一輝とかフェニックスだから何度でも蘇るっていう(笑)。

フェニックス一輝。デスクイーン島で修行をして鳳凰星座の青銅聖闘士となった。炎の小宇宙を纏い闘う。必殺技は鳳翼天翔(ほうよくてんしょう)。アンドロメダ瞬の兄でもある。

フェニックス一輝。デスクイーン島で修行をして鳳凰星座の青銅聖闘士となった。炎の小宇宙を纏い闘う。必殺技は鳳翼天翔(ほうよくてんしょう)。アンドロメダ瞬の兄でもある。

──でも、そういうパワーみたいなものに飲み込まれてしまう作品ですよね。

物語がすごくシンプルな分、ごまかしが利かないと思うんです。描いている方が本気でこういう信念を信じてないと、たぶん成立しないし、読者も共感できない。だからこれを描く車田正美先生はどんな人なんだろうと思っていたんですが、東京国立博物館で「古代ギリシャ -時空を超えた旅-」という展覧会が行われた際に先生とお話しする機会があって。とても優しくてやっぱり熱い方でした。こういう方だからこの話ができたんだなって、しみじみ納得感がありましたね。

時間と空間と謎が重なり合うバトルマンガの到達点

──藤村さんが本格的に「星矢」にハマるきっかけになった「十二宮編」ですが、改めて魅力を語るとしたらどんなところでしょう?

バトルものとしての1つの到達点だと思いますね。まず、アテナが矢を刺されて、12時間以内に助けなきゃいけないというタイムリミットがあるじゃないですか。で、何をすることになるかというと、12の宮を突破しないといけない。つまり物理的な空間を制覇していくわけです。時間と空間の両方が重なって物語が進むのが作劇としてすごいです。

聖闘士星矢:Knights of the Zodiac バトル・サンクチュアリ」ビジュアル

聖闘士星矢:Knights of the Zodiac バトル・サンクチュアリ」ビジュアル

──しかも、時間は日時計、空間は宮という形で可視化されているんですよね。

それともう1つ、教皇という存在。最初は教皇ってすごく悪い奴っていうイメージで始まるんですけど、黄金聖闘士たちは「教皇は素晴らしい人で、悪いことをするような人じゃない」と語っている。「いったい教皇ってどういう人物なんだ?」って謎が生まれるんです。この謎解きみたいな要素にまた引き込まれます。

──そう考えると「十二宮編」ってすごく複雑な構造ですよね。拳で殴り合うシンプルな物語である一方で、単純な勧善懲悪じゃなく、善とは悪とは何なのかという部分はシンプルには語られない。

そうなんです! 正義が入り乱れていて、青銅聖闘士も黄金聖闘士もお互いが正しいと思って戦っている。黄金聖闘士たちも自分の正義に迷ったりする場面があって、そこが面白いんですよね。今回の「バトル・サンクチュアリ」では、そういう黄金聖闘士たちの迷いや人間性もより見えてくるのが見どころだと思います。ムウの中に迷いがあって、「私たちは本当に正しいのだろうか」って常に問い直している。そういう正義を問い直すことこそが本当の正義を生むというような構造になっていて、物語が一段深まったように感じます。

──確かに「バトル・サンクチュアリ」では、黄金聖闘士たちの動きがより深掘りされています。

右端が牡牛座(タウラス)のアルデバラン。教皇に絶対的な信頼を寄せている高潔な戦士で、必殺技はグレートホーン。

右端が牡牛座(タウラス)のアルデバラン。教皇に絶対的な信頼を寄せている高潔な戦士で、必殺技はグレートホーン。

今作ではムウとアルデバランがコンビで動くシーンがけっこうありますよね。私はそのエピソードが好きなんです。知的で先々のことを考えて動くムウと、猪突猛進なアルデバランがコンビになることで、性格の違いがわかりやすくなって。ほかにも黄金聖闘士同士の関係や教皇観、教皇から見た黄金聖闘士たちみたいなものがより鮮明になっていましたね。