4月からTVアニメが放送中の「Re:Monster」は、人間からゴブリンに転生してしまう……というシチュエーションから始まる異世界ファンタジーアクション。主人公のゴブ朗が転生前より手にしていた特殊能力を駆使し、仲間のゴブリンたちとともに成長していく姿が描かれている。また流行りの異世界転生ものか……と思われる方もいるかもしれないが、実はその掲載時期は投稿サイト・小説家になろうで異世界ものが流行り始めた、その草創期にまで遡る。なんと「Re:Monster」の原作小説が掲載され始めたのは、今から13年前。まだ小説家になろうで異世界ファンタジーが最盛ジャンルとなっていない、2011年のことだった。
コミックナタリーでは、原作小説の著者・金斬児孤と、「Re:Monster」を読んだことがきっかけの1つとなり作家になったと語る、4月からTVアニメ第2期第2クールが放送中の「無職転生 ~異世界行ったら本気だす~」の著者・理不尽な孫の手による初対談を実施。2人の会話を通して、2010年代初頭の小説家になろうの雰囲気と「Re:Monster」という作品を掘り下げていく。まだ異世界もののテンプレートも決まっていない中、果たしてどのように「Re:Monster」は生まれてきたのか。また奇しくも同クールでのTVアニメ放送となった「Re:Monster」と「無職転生」について、それぞれのアニメの見どころについても聞いた。
取材・文 / 太田祥暉
「無職転生」があるのは「Re:Monster」のおかげ
──そもそも、金斬さんが小説家になろうで活動を始められたきっかけはなんでしたか?
金斬児孤 専門学校時代なので、2009年のことなんですが……当時、とても遠い場所にある専門学校に通っていたんですよ。電車で片道2時間くらいかかったのかな。その通学時間を使って、小説家になろうを読み始めたのがきっかけです。ヘロー天気さんの「異界の魔術士」が面白くて、ほかの作品も読み漁り始めたんですよ。そうしたら、いつの間にか自分も書きたいなと思うようになって。そこで投稿したのが「Re:Monster」の前作、「Re:Creator -造物主な俺と勇者な彼女-」でした。
──そこから「Re:Monster」につながっていくわけですね。
金斬 はい。「Re:Creator」を1年くらい書いた頃に、新作を書いてみたくなったんですよね。そこで思いついたものが、「食べる」というテーマ。何かを食べることで主人公が強くなっていく展開を描きたかったんですが、流石に人間が人間を食べるのは描写上よろしくない。そこでモンスターにしようと思いつき、ゴブリンが主人公になったんです。個人的にも鬼のビジュアルが好きだったので、それに似た獣ならばゴブリンだろうと。
──今でこそスライムや自動販売機、魔導書と非人間に転生する物語は多いですが、当時としてはまだそんなに例がなかった……?
金斬 あまり詳しく覚えていないですけど、今ほど多くはなかったと思います。なので、異世界もののテンプレートがどうこうというよりも──そもそも当時はテンプレートが存在しなかったのですが、好きなことを書こうとした結果、ゴブリンへの転生になった、というのが正しいですね。
理不尽な孫の手 まだ当時だと、転生ものはあまりライトノベルのメインジャンルではなかったですからね。「Re:Monster」が書籍化された2012年当時でも、ラブコメや現代異能バトルが流行していて、転生ものはいちサブジャンルでもなかったと思います。そもそもファンタジーものすら、そこまで刊行されていなかった。そんな中で「Re:Monster」を見つけて、「これだよ!」と感じたわけです。
金斬 本当に、転生ものがあまり書籍化されていなかった頃ですよね。そんな中で書籍化オファーが来たものだから、最初は出版詐欺だと思いました(笑)。アルファポリスさんともう1社からオファーが来ていましたけど、本当に受けて大丈夫か?と半信半疑でしたよ。
──孫の手さんが小説家になろうで書き始められたきっかけは?
孫の手 私が書き始めたのは2012年で、それこそ「Re:Monster」を書店で手に取ったことが始まりなんです。「Re:Monster」の奥付に小説家になろうへ掲載された作品だと書いてあったことで、その存在を知ったんですね。そこから書籍化されていない「Re:Monster」の続きを小説家になろうで読んだり、ほかのいろんな作品を読んだりして……。その結果、「無職転生」が生まれているんです。だから、「Re:Monster」がなかったら今の私はここにいないんですよね。金斬先生には本当に頭が上がりません。
金斬 いやいや、そんなことはないです! でも、そう言っていただけるととてもありがたいですね。
孫の手 実はその前に一度、ライトノベル作家になろうと思って新人賞に応募していた時期があったんですよ。でも、2009年くらいに諦めちゃって。もう書かないだろうな……と思っていたら、「Re:Monster」に触発されたんです。なので、「無職転生」があるのは本当に「Re:Monster」のおかげなんですよ。
──「Re:Monster」があるから「無職転生」があり、「無職転生」があるから今の小説家になろう人気作品がある……ということですね。
孫の手 まさしくそうです。金斬さんたちが土台を作り、そこに私たちが加わって、今の異世界もの人気ができあがっていると思っています。やっぱり金斬先生や、「ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」の柳内たくみ先生、「魔法科高校の劣等生」の佐島勤先生といった方々がいなかったら、自分の書籍化も、そもそも小説家になろうの流行もなかったと思うので。
小説家になろうとは思っていなかった
──「Re:Monster」を書き始めた時点で、どれくらいその先の物語について構想をお持ちでしたか?
金斬 ゴブ朗の一人称による日記形式の小説なので、365日分の物語は書き切ろうとしていました。その後は何も考えず、1年分連載したら終わってもいいかな、くらいの気持ちで。でも、まだ続いているという……(苦笑)。そこから10年以上、ずっと同じ気持ちで書いているので、正直なところまだ作家としての自覚が芽生えてないんですよね。
孫の手 わかります。小説家になろうで書いているときから地続きですからね。そもそもWebで書き続けているし、自分が作家かと言われると……。
金斬 好きなものをWeb上で書き続けているだけですからね。
──孫の手さんは「Re:Monster」など、初期の小説家になろう投稿作品を読んで「無職転生」を書き始めたとのことですが、そこまで書こうと思わせた「Re:Monster」のすごさとはなんだったのでしょうか?
孫の手 「Re:Monster」の原作小説って、会話文があまり存在しないんですよ。一般的な小説だったら、キャラの掛け合いと地の文をバランスよく構成して、物語を進めていくんですが、「Re:Monster」は基本的にゴブ朗の一人称なわけです。さらにゴブ朗はどこか悟っている転生者なので、ほかのキャラクターも半ば記号として認識している。そのうえで、物語が進むにつれてほかのキャラクターの描かれ方が変わっていくんです。彼らの気持ちの断片がちょっとずつ出てくるにしたがって、私の見方も変わっていったというか……。いつの間にかゴブ吉くんのことをとても頼もしいやつだなと思うようになったり、ゴブ美ちゃんや赤髪ショートのことが愛おしく思えるようになったり。「このキャラクターって、もしかしてこういう感じの奴なのかな?」って思う瞬間があって、そこが妙にリアルに感じたんですよね。
──キャラクターの描き方がリアルということですか?
孫の手 小説だとどうしても「これが推しキャラです!」と最初から説得力を持たせて描きがちですよね。でも、現実だと初対面から相手に強烈な印象を抱いているわけじゃなくて、徐々に「こういう感じの方なのかな?」って知っていく。そこが新鮮で、魅力に取りつかれたんです。
──金斬さんはそういった描き方をしようと、意識して臨まれていたのでしょうか。
金斬 前作(「Re:Creator」)は普通に書いていたんですけど、途中でわかりやすく一人称+セリフといった形で書くことを面倒に感じてしまったんです。そこで日記の体にすれば、キャラクターのセリフを書かずに済むなと(笑)。しかも、最初からキャラクターの設定が決まっていたわけではなかったので、ゴブ朗の書いている日記の体を採って描き始めたんです。そうしたら、いつの間にかキャラクターがどんどん動いていって、そんな形に着地したんですよね。たぶん、作家になることを真剣に目指していたら、そんな書き方はしなかったと思います。
──一方、金斬さんも「無職転生」を掲載当初から読まれていたそうですね。
金斬 第10話が更新された頃ですかね。そこから「蛇足編」までずっと読んでいました。とにかく心理描写がすさまじくて、ルーデウスの一生を最初から最後まで描き切ったことが素晴らしかったです。
孫の手 心理描写は賛否両論になるように書いていましたけどね。どうしても人間って、物語になると正義と悪にきっちり二分されがちですけど、人間関係においてはそうもいかないと思うので……。でも、私も金斬先生と同じく自分の好きなものを淡々と書いていただけです。なので、作家になろうと思っていたらそう書かなかったかもしれません。
──ちなみに、おふたりとも未だに作家としての自覚がなく、好きなものを書いているということですが、これまでに何か作家業で手応えを感じた瞬間はありましたか?
金斬 うーん……特にないんですよね。僕は専業作家ではありませんから、生活の軸は別にあるわけで。好きなことを書き続けていたら、紆余曲折あってアニメ化までたどり着いただけなんです。だから、これからも手応えを感じることはないかもなあ……。
孫の手 手応えとは少し違うかもしれませんが、後輩作家から「『無職転生』が好きです」とか自作を読んだことで小説家になろうに投稿し始めたと言われると、何か気が引き締まりませんか?
──先ほど、孫の手さんが金斬さんに述べられたことそのままですが(笑)。
金斬 (笑)。
孫の手 私はそれで気が引き締まって、これからは作家としての立ち振る舞いをしなくちゃな、と考えました。でも、そう声を掛けられたことで、自分の実力が変動するわけではないんですよね。そこが難しいところです。
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「無職転生」の展開は読者の反応で変わった