コミックナタリー Power Push - 鈴木信也「Mr.FULLSWING」
ジャンプの野球ギャグマンガ、文庫版に前代未聞の大量描き下ろし
キャラはペアやトリプルにして生み出していく
──ジャンプのマンガって、やはりキャラクターを重視する方針があるんでしょうか?
そうですね。キャラクターが魅力的なマンガでないと、まず通らないです。それは別にデザイン的なことを言っているわけではなくて、性格とか、どこが魅力的なのかということで。やっぱりいいキャラクターを見出すことが重要ですね。まわりのマンガ家仲間や新人さんも、みんなそこで詰まります。
──そこが最初の難関なんですね。「ミスフル」のキャラクターたちはどうやって生まれたのでしょうか。
最初に生まれたのは天国なんです。その後は「対」ですね。このキャラにはこのキャラを対にしたら面白い、という感じで、関係性で十二支のキャラクターが広がっていきました。例えば、主人公の天国がバカで怪力だったら、ライバルの犬飼は女にモテるクールキャラ、とか。
──よく喋るタイプの兎丸と、喋らない司馬くん、とかですね。
そうです。ペアとかトリプルとかの構造で考えていきます。その方法でこんなに多い数のキャラクターが、数珠つなぎに出来てきましたね。漫才じゃないですけど、必ず「こいつら同士がやりとりしたら面白くなるか」を考えてました。
子津くんは自分自身を投影しているキャラ
──では最初に天国が生まれてから、これだけたくさんのキャラクターがどんどん出てきたんですね。
そうですね。作家さんによって得意なキャラとそうでないキャラがいると思います。役者さんでも当たり役ってあるじゃないですか。この人に悪役を演らせるとうまい、とか。あれと一緒なんですよね。例えば天才キャラがうまいマンガ家さんがいらっしゃったり。僕の場合は、その当たり役が天国みたいなキャラだったんですかね(笑)。
──先生も天国のようなタイプ、ということはあるんでしょうか。
あそこまで無茶苦茶じゃないですけど(笑)、自分の中に全くないものはうまく描けないですよね。例えば辰羅川のような頭脳派キャラは、作者の頭もよくないとうまく動かせない(笑)。その点子津くんは、苦悩と成長をちゃんと描けたかなと思っています。彼は読者からの人気もとてもありましたし。主人公が悪ふざけをしているマンガの中で、ちゃんと努力家の球児の考え方をしているのが子津くんですよね。……実は子津くんのほうが、自分を投影している部分がかなりあるんです。
──そうだったんですか!
編集さんに散々ダメ出しをされて、やっとできたマンガが「ミスフル」だったもので。「一生懸命がんばらないと、まわりのすごい選手にはなかなか追いつけない」という子津くんの思いともリンクするところがあります。
──子津くんのセリフは、鈴木先生の本音だったんですね。
僕は人一倍努力して、やっとジャンプ連載陣のみなさんと同じレベルにたどり着けると思っていましたから。天国もそうですけど、子津も自分のフォームを改造しますよね。このあたりは自分を投影しているなと思います。僕もマンガスタイルを変更したりもして、「ミスフル」を描きましたから。
ジャンプならではの緊張感があったからこそ
──確かに、デビュー作の「鉄条」は、「ミスフル」とは全く違う雰囲気の、バイオレンスなアクションものでしたね。
ええ。ジャンプって実は比較的デビューしやすいというか、ほかの雑誌と比べて新人にチャンスの多い雑誌だと思うんです。ひとつ真新しい部分があれば、試しに読み切りは載せてもらえる。ただ、そこから人気を得たり連載を獲ったりするのが難しいんです。連載ともなると、確固たる武器を見せないと、ゴーサインは出ないですね。一発ネタとか、キャラが面白いだけじゃなくて、アツいバトルが描けるとか、キャラが魅力的とか、色っぽい絵が描けるとか、何かしらの武器がないと。デビューはしても、連載予備軍で終わってしまう。
──ジャンプを読んでいて、新人さんのマンガの掲載順がどんどん後ろのほうになっていくと、切ない気持ちになります……。
でも、多分みんなそれは承知の上でジャンプに来ていると思います。読者のときに気づいていたはずなんです。この雑誌は、面白いマンガはカラーが付いて、人気のないマンガは後ろのほうに載っていて、いつの間にかいなくなっているって。それを覚悟しているし、自分もそうならないようにって思って努力しているわけなので、その厳しさは、僕はいいと思うんです。人気者が生き残る雑誌に、みなさん憧れて来ているわけですから。
──追いつめられてこそ、ですね。
その緊張感がないと、ここまで密度濃く描けないですよね。最初に「5年好きなもの描いていいよ」って保証されてしまったら、この半分以下の密度とクオリティのマンガになっていたと思います。まず新人につきまとうのは、10週打ち切りの壁です。今の連載陣に割って入れるのかどうか。「ミスフル」を連載していた5年は、その緊張感がずっと続いていてギリギリのところでやっていけたような感じですね。
──そういう厳しいやり方は、自分に合っていたと思いますか?
ええ。「頼もう!」ってジャンプの門を叩く奴らは、みんな向いてると思いますよ。そうじゃない人は、新人のときに他誌を選んだりすると思います。
──鈴木先生は最近ジャンプを離れてVジャンプ(集英社)や別冊コロコロコミック(小学館)でも描かれていましたが、低年齢層向けの雑誌で描かれてみていかがでしたか?
やっぱり少年誌で学んだことを活かせるところもあるんですけど、難しいところもありますね。子供に分かってもらうにはもっと単純明快にしなくてはいけないといった制限や使えない表現もいろいろありますし。今は、限定解除じゃないですけど、一度全部リミットを取っ払って、また中高生にも読んでもらえるマンガを描いてみたいっていう気持ちがむくむくと湧いてきています。前はそんなに湧かなかったんですけど。やっぱり「ミスフル」を描いていた楽しさに再び触れてしまうとね。
作品解説
猿野天国は十二支高校1年生、無茶を繰り返すパワフルバカ。入学早々、野球部のマネージャー・鳥居凪に一目惚れし、野球経験がまったくないのに野球部への入部を決意。しかし、入部するには試験があり……!? 週刊少年ジャンプ2001年23号から2006年23号(集英社)まで、5年にわたり連載された野球ギャグマンガ。
鈴木信也(すずきしんや)
1975年6月11日生まれ。神奈川県出身。1998年赤丸ジャンプWINTERに掲載された「鉄条-TETSUJO-」でデビュー。週刊少年ジャンプにて2001から2006年まで「Mr.FULLSWING」を、2008年に同じく週刊少年ジャンプにて「バリハケン」を連載。その後、低年齢層向け雑誌に活動の場を移し、2009年から2010年までVジャンプ(すべて集英社)にて「クロストレジャーズ」を連載。別冊コロコロコミック2010年12月号(小学館)にて「ドラゴンバット」を発表した。